第34話 おやすみ…
最近、父の家に来る機会が増えている。
URの団地を選んだのは、転居の可能性が高いからだという。
継母の麻衣さんの父親は不動産業を営んでいるらしい。
麻衣さんが26歳の時、ミュージシャンと恋をして陽菜ちゃんを妊娠したが、彼氏は認知も拒否。
それ以来、彼氏とは音信不通で、父親とも絶縁状態になった。
さすがに住む所はそのまま住めたが、出産後はクラブで働き、人気はあったそうだ。
だが、母親は孫の面倒を見るような性格では無かった。
代わりに家政婦が送り込まれて来た。
裕福な家庭で育ち、音楽を教養として嗜む程度に習得した。
それが、クラブでの生演奏に生かされ、父が関心を示すきっかけだったそうだ。
確かに、父も口下手だからね。
そして現在、2度目の相手が官僚だと知ると絶縁を解かれ、近所に越して来いと言われたらしい。
陽菜は2008年生まれの5歳。
家政婦が2~3人交代で世話をして、4歳で義父を得た。
まるで、俺と似たような境遇だ。
今日は、その陽菜の5歳の誕生日だったのだ。
総菜のお赤飯とインスタント味噌汁、それにスーパーの人気ブランドのサラダ。
他にも中華や和食もあるが、いま勤めている弁当屋のものだろう。
俺も、山寺に預けられるまではそうだったから、何も言わないけど。
陽菜は、表情が乏しい。
相手の顔色を見ながら反応する癖が付いているみたいだ。
俺の近況を父に話した。
同じクラスの1位、斉藤くんが医者を目指していること。
そして3位の山里くんは、屋敷に家庭教師を呼ぶ、わがままな子であること。
「山里興産さんね。わたしも知ってるわ。昔のお店にたま~に来てたから」
「子供の方は、ずんぐりむっくりの奴だけど…」
「あはは。お父様も同じ体形ですよ…ケチなので、あまり歓迎されてなかったですね」
麻衣さんが、ニコニコしているので、陽菜も俺には安心しているようだ。
以前と同様に、中学3年用の参考書と問題集を父にお願いした。
また、父のアドバイス通り、英検2級を目指す事になったと報告して、その夜は帰った。
中学生の英語は、蘭にとって全く問題にはならないが、高校レベルだと単語も増えて勉強は必要になるだろう。
個別指導の塾を信頼しているのだろう。
蘭は俺にもこの塾に変わらないかと言ってくるが、今の塾は父との関係も良く、費用も父が出してくれているので、変えるつもりはない。
もし、英語塾を変えれば、道場へ通っている事が誤魔化せなくなる。
道場の稽古着を近くのコインランドリーで洗い、持ち帰らないようにしている。
家庭の洗濯機では皮脂汚れが落ちないし、乾燥機の威力が違う。
だが、最も大きな理由は、道着が見つからないようにしているからだ。
4-6月期の目標は、高校受験の過去問と中学3年用の参考書と問題集をやる事だが、基礎重視には変わりはない。
蘭の祖父、英二さんは
「身体は鍛えないのか?」
と聞いてくる。
道場の事は知っているはずだから、別の思惑があるのだろう。
つまり、『蘭と一緒に道場へ通え』という意味か?
スポーツブラとTシャツ、その上から道着という蘭を想像してみる…。
ま~ だけど、俺と組むという事はないだろう。
女性は女性同士。
「え~と…」
英二さんは、ニヤニヤしている。やはりそういう事か…。
「実は、合気道道場に通ってまして…」
「ええ?そうなの?」
「そうそう。蘭も良かったら、一度、体験入門してみる?」
「うん!やってみる!」
やっぱり、こうなるのか…英二さんとしては、ここらで内緒はやめにしておけという事なのだろう。
見学は予約不要でいつでもOK。
体験コースは予約が必要で、俺は一般コースだが、体験は基本コースで行われる。
俺が行っている時間帯で予約した。
どうせ俺と同じ時間帯に稽古するだろうからね。
当然、英二さんは見学、蘭は基本コースの体験をした。
結構、道場には外国人もいる。
早速、稽古終わりに女子トークが始まった。
その間、英二さんが正式に入門手続きをしていた。
山寺の住職、健一さんが送ってくれた解説本によれば、元々は三蔵法師の玄奘がインドから原典を持ち帰って、それを漢訳したものが般若心経の元になったそうだ。
三蔵とは、経蔵、律蔵、論蔵の3種類の仏典を指し、それに精通した僧侶を、三蔵法師というらしい。
西遊記は小説だが、玄奘は実在の人物だったそうだ。
仏教は、出家者の修行のために使われる小乗仏教と、すべての人は救われて、仏になれるとした大乗仏教に分類できるらしい。
般若心経は、その大乗仏教の濃縮版だそうだ。
短いお経なので、初心者にぴったりと書いてあるが、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗では般若心経の読経はしないとの事。
お経はどれも、ドラマのような劇になっているらしい。
手を洗い、口をすすいでから読経せよ、とある。
(そうでしたか…以降、気をつけます)
具体的な解説部分になって、眠くなって来た。
おやすみなさい。




