伊集院圭司 結 ☆
それから三日間、静流は学園に来なかった。
彼女が登校してきたら連絡するように頼んでおいた清水は、「喧嘩でもしたのか?」と首を捻っていたけれど、その日の朝、きちんと連絡してくれた。
……怖かった。
静流に会いに行くのは、本当に、心底怖かった。
それでも、どれだけ嫌悪されていようと、憎まれていたとしても、このまま自分の存在そのものを忘れられてしまう恐怖に比べればずっとマシだ。
静流はもしかしたら、自分の顔など二度と見たくないかもしれない。なのにこうして会いにいこうとしている自分はきっと、どうしようもなく愚かで傲慢な男なのだろう。
ますます、嫌われてしまうかもしれないな――
自嘲しながら、放課後、静流の教室の前で彼女が出てくるのを待つ。
心臓がうるさいほどに騒いで、手のひらにじっとりと汗が滲む。
(……あ)
静流は相変わらず男子生徒の格好をしていたけれど、圭司の目にはもう、ほかの誰よりきれいな少女にしか見えない。こちらに気づいて、驚いたような顔をする。
「……よう」
震えそうになる声でどうにか呼びかけると、静流は少し困った顔をしたけれど、すぐに口を開いた。
「こんにちは」
その落ち着いた声を聞いた途端、圭司はその場にへたりこみたくなった。もし無視されていたら、うっかりその辺の窓から飛んでいたかもしれない。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、強いてゆっくりとした口調で話しかける。
「今……少し、いいか? 話が、したい。……おまえと」
また静流が、少し驚いた顔をする。何かおかしなことを言ってしまったろうかと慌てたけれど、彼女はうなずいた。
「はい。構いませんが……。ここではなんですし、談話室にでも移動しますか?」
ちらりと静流が視線を周囲に向けて、ようやく自分たちが周り中の視線に晒されていることに気づく。
どうしてこの学園の面々は、こんなに他人の噂話が好きなんだろうか。ほかにもっと有意義な時間の使い方などいくらでもあるだろう、とあきれたけれど、圭司にはこれ以上おかしな噂の餌食になって喜ぶようなシュミはない。
……あの『夜の帝王』なんぞというふざけた噂を流した人物を見つけたら、その喉仏をぐりぐりと踏みにじるくらいのことはやっても許されると思う。
ため息をつきつつ談話室に移動して、ふたりきりになった途端にまた心臓が暴れ出した。
何度か胸のうちで深呼吸を繰り返し、こちらが何か言うのをただ静かに待っている静流に向き直る。
「……静流」
「はい」
今までとまるで変わらない、穏やかな声。それが、静流にとって自分が特に気にかけるべき存在ではないのだと言われているようで、胸が軋む。ぐっと、拳を握りしめる。
「今まで、ごめん。……謝って済むことじゃないのは、わかってる。許してほしい、なんて言えるようなことじゃ、ないのも」
自分は静流の人生を、丸ごと全部歪ませてしまった。
そんな自分に何ができるのか。
一晩かけて、考えた。
「オレのことを、嫌いでいい。憎んでくれて、構わない。でもオレは、これからずっと、一生、何があっても静流を守るから。……それだけ、覚えてて」
「……え?」
「静流がオレなんかより、ずっと強いことは知ってる。わかってるけど」
それだけで生きていけるほど、こちらの世界は優しくないから。
「オレは……絶対、静流を守るから。静流は、自由に生きて。オレが生きてる限り、絶対、誰にも静流を傷つけさせたりしないから」
戸惑ったように、静流が瞬く。
「圭司……さん……?」
「今まで、ありがとう。……こんなこと、オレに言われたくないかもしれないけど。静流は、幸せになって」
静流のそばにいられない自分は、もう幸せになんてなれないけれど、どうか。
もう二度と、静流にあんなふうに泣いてほしくないから。
「時間、邪魔してごめん。……これで、最後だから」
自分が静流と言葉を交わすのも、これで最後だ。
どこか呆然とした顔の静流に、どうにか笑いかける。
「じゃあ……さよなら。――元気で」
これ以上そばにいたら、離れがたくなってしまう。逃げるようでつくづく情けないとは思ったけれど、言うべきことは全部言った。
しかし、談話室の扉に手を掛けたとき、ぐっと腕を掴まれた――と思ったときには、圭司はなぜか静流の顔を見上げていた。
(……へ?)
一体全体、何が起こった。
背中には固い床の感触。
何やらひどく混乱しているような静流の向こうには、高い天井。
これはもしかしなくても、床にすっ転がされた上に完全にマウントを取られている状態なのではないだろうか。
なんとか状況は理解したものの、どうして静流がそんなことをするのかがわからない。
「あの……静流さん?」
おそるおそる呼びかけると、静流は素っ頓狂な声を上げる。
「え!? あぁあああぅはい!? ちょ、何やってんですかー!?」
「……いや、それは心の底からこっちが聞きたいところなんですが」
「敬語なんて使わないでください、気持ち悪い!」
(あ、ひどい)
好きな女の子になんの抵抗もできずに抑えこまれた挙げ句、正面から気持ち悪いと言われた圭司は、とてもとても悲しくなった。
これもずっと静流を傷つけてきた罰と思えば、甘んじて受けるべきなのかもしれない。
けれど、どうして静流はまた泣きそうな顔をしているんだろう。
静流が、ぐっと圭司の襟元を掴む。
「あなたは……いつもいつも、勝手なことばかり言う……っ」
「……うん。ごめん」
「ごめんじゃないです! どうしてあなたがそんな顔してんですか、なんのためにおれがずっとあなたを守ってきたと思ってんですか。あなたは……っ、いつもみたいに、ばかみたいに幸せそうに笑っていればいいんです!」
まるで、癇癪を起こした子どものように。
「静流……?」
「あなたのことなんか大っ嫌いですよ! 当たり前でしょう、いつだってひとの気も知らないで、へらへら笑って……!」
今にも泣きそうな顔で。
「なのに、なんで……っ」
泣きそうな、声で。
「なんで……あなたがそんな顔をしている方が、ずっといやなんですか……?」
「……オレ……今、どんだけひどい顔してんの?」
圭司の素朴な疑問に、静流はわめいた。
「情けないっ」
実にわかりやすかった。圭司は、思わず苦笑する。
(結構、がんばったつもりだったんだけどなぁ……)
やっぱりまだまだ、自分は情けない子どものままらしい。
けれど――
「静流」
「なんですか!?」
こうして怒っている姿を隠さずに見せてもらえるのが、嬉しい。
だから……少しだけ、欲が出てしまった。
いつか、と。
「いつか――オレがちゃんと、静流を守れるようになったら」
今は、とてもそんなことを願うなんてできないけれど。
「ちゃんと、静流の前で笑えるようになったら」
――ああ。
やっぱり、静流はきれいだ。
「……少しでいいから、静流もちゃんと――オレに、笑ってくれる……?」
本当に――子どもの頃から、本当にそれだけが自分の望みだったから。
今までずっと与えられていた、つくりものの穏やかな笑顔ではなく。
心からの笑顔を浮かべた静流はきっと、とてもきれいだから。
……たとえその隣に、自分がいることはできなくても。
そう言うと、静流は少しの間ぽかんとして、それからなぜか顔を赤くしてふるふると震えだす。
「し……静流? 具合でも――」
悪いのか、と言いかけた圭司を、静流はきっと睨みつける。
「そ……っそういう、こっ恥ずかしいセリフはですね! 好きな女性にだけ言うようになさい!」
「大丈夫。オレ、静流のこと好きだから」
「……は?」
(あ、しまった)
告白するつもりなんてなかったのに、つい口が滑ってしまった。
……とはいっても、どうせ最初からフラれるのが当たり前なのだから、いっそここで引導を渡してもらった方が踏ん切りがついていいかもしれない。
ひっそりと嘆息しつつ、さあお願いします静流さん、と思っていたのだが――見上げた先で、静流はひどく唖然とした顔をしている。
それから、おそるおそるといったふうに口を開いた。
「あの……圭司さんは、その……ゲイだったんですか?」
「……そういうことは、自分の性別をきちんと考えてから言ってほしいと思います」
思わず半目になった圭司の腹に、ふにっと柔らかな重みがかかる。
(ちょ……っ)
そのとき、女の子が男の腹に座りこむもんじゃありませんー!! と絶叫したくなった自分は、決して間違っていないと思う。
圭司が真っ赤になってそう叫ぼうとした寸前、がらりと談話室の扉が開く。
「おい、おまえら! 学内で喧嘩は御法度だ……ぞ……?」
……この気のいい友人はもしかしたら、圭司の背負っていた重たい空気を読んで、自分たちが喧嘩でもするのではないかと心配してくれていたのかもしれない。
だが、こうして乗りこんでくるならせめて、廊下に誰もいないことを確認してからにしてほしかった。
多分まだまだ赤いに違いない顔をした自分の上に、ほのかに顔を赤くしたままの静流が馬乗りになっている姿を見た生徒たちが、完全に目を丸くして固まっている。
彼らと同じく、しばしの間固まっていた清水が、やがてぼそっと口を開く。
「……不純同性交遊も、校則には書いてなくても、やっぱり御法度だと思うぞ?」
「……おかしな単語を作るな。つーか、オレがばかやって静流にいろいろ叱られて、恥ずかしくなってただけだから」
思いきり事情は端折ったが、決して嘘ではない圭司の言い分を聞いた清水が、真面目な顔をしてうなずく。
「そうか。スマンスマン。ちなみに今二回謝ったのは、明日からおまえらに関する愉快な噂が学園中に広がることになるだろうと、オレの明晰な頭脳が予測したからです」
キリッと挙手して言った清水に、圭司は大きく息を吸って、叫んだ。
「そんなもん、オレにでも予測できるわこのアホンダラーっっ!!」
静流「………(シズルハ・コンラン・シテイル)」
圭司「なんでこーなる……。つうか、また静流に迷惑かけてるし……っ(落ちこみ)」
花音「圭司さん……以前からもしかしたらとは思っていましたけれど、まさか本当に……(好奇心旺盛なお嬢さま方から、彼らの情報提供を求められて困惑中)」
志郎「イケメン同士でくっついてくれれば、花音に近づいてくる厄介な虫が減るので、大変結構なことだと思います(真剣)」
美春「お茶漬けウマー(幸)」
伊集院圭司
ゲーム設定:
『夜の帝王』(笑)。遊び人。静流の性別と気持ちは知っているが、軽く遊べる相手ではないので手を出すつもりはない。静流との出会いエピソードは特に設定されていない。ゲームヒロインが伊集院ルートを選択した場合、「女性は自分に好意を持って当たり前の遊び人が、派手な外見に惑わされずに『本当は孤独な自分』に気づいて共感してくれた、素朴でピュアな天然ヒロインとフォーリンラブ☆」というべったべたな王道ラブストーリーが展開される。当然、非○貞。
現在:
初等部五年のときに静流と出会ったのは、花音が友人の病室の窓を開けた際に抜けた風が、静流の病室のカーテンを揺らしたから(イッツ・バタフライ♪)。甘やかされたお坊ちゃんで少々考えなしなところはあるが、頭は悪くないので(だって攻略キャラだもの)反省はできる。はじめて会ったときから『きれいな静流』が大好きで、静流至上主義の思考回路が形成されている。このわんこモードにシフトした圭司の大好きオーラ全開笑顔がなければ、一層追い詰められた精神状態に陥った静流が、DV被害者のように歪んだ依存から派生した恋心を抱いていたと思われる。派手系の目立つ容貌のため、今まで周囲の女子生徒たちからピンク色の視線を集めまくっていたが、今後は静流とセットで紫色の視線が集中する。薄い本が作成されるか否かは、学園のお嬢さま方の情熱次第。当然、童○。




