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現の責任  作者: 面沢銀
学園不協和音編 ~少女に見せたかった風景~
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ガッコウ その六


 とりあえず何か、何か言おうとした僕は強く背中を打ちつけて声をあげられない。


 背中に走る鈍い衝撃と同時に、砕けた天井の断熱材の粉を吸いこんでしまう。

 前後左右上下不覚のままで、今度は咳をするまもなく顔から床に落下した。


 顔からつま先まで、骨をつたってミミズが高速で移動するような感覚が襲ってくるも、偶然手で受身をとれていなかったらもっと酷い目にあっていただろう。


 脳が正常に機能していない今、もはや状況を把握とか冷静な思考はできるはずもなく、僕はもてあそばれるように再び宙に持ち上げられると、今度は教室の壁か何かに叩きつけられ、かろうじてまだ浮かされていると理解できる、半ば昏倒した状態でゆっくりとサリーの方へと引き寄せられた。


 コフッ。

 やっと咳をする事ができた僕の目に映ったのは涼しげで、笑っているにもかかわらず無表情と思える無気味な笑みをしたサリーだった。


 感じるのは危機感ではなく、絶望感。

 サリーの目は、躊躇する事なく僕を殺しえる迫力に満ちていた。

 そんな中で、僕は恐怖よりも自分の情けなさを感じるばかりだった。

 そう、日常に非日常が入り込んできて、それと向き合うためにここに来たはずなのに。おかしな事が起きたら何であれ警戒するべきだったのに、どこか日常のままでいてほしいっていう気持が僕の判断を鈍らせてしまっていた。


 こうならないために、それをずっと教えてくれていたニーズや不死子さんに申し訳無くて、僕にはただただそれが悔しかった。

 サリーが言っていた色々っていうのはこういう事を言いたかったのだろう、ならば僕はサリーほど現実がみれてなかったって事だ。


 本当に悔しい、僕と同じような目にあっていたこの子となら、もしかすれば他にやり方はあったのかもしれない。

 と、僕の体が糸がきれたように無造作に地面に落ちた。

 ドサリと力無く横たわりながら、サリーを見上げるようになんとか上半身を起こす。


 サリーは変わらず微笑んだまま、僕を冷たい目で睨みつけてくる。

 そこには明らかな敵意があると同時に、どこか寂しそうな目。

 なんて事だろう、僕はまたこの目を見る事になるなんて。


「君は馬鹿だ……」


 自分でも聞きとれないような消え入りそうな声で僕は呟いた。


「……馬鹿とは聞き捨てならないかしら、負け惜しみにしてももっとちゃんと言って欲しいかな?」


 僕の言葉の意味するところが、負け惜しみとかそんな意味で言ったわけじゃないと感じ取ったのかサリーは僕の言葉を否定するように、つと唇を噛み締めて言った。


 それで僕は確信する。

 サリーも半年前の、あの戦うって事だけにしか自分を見出せなかった頃の正宗にそっくりだ。

 だから馬鹿としか言えない。

 だって、そんなの悲しすぎるのだから。


「辛いのを誤魔化したって、結局は辛いままなんだよ?」


 僕が一言そういうと、サリーから一際殺気が溢れ出す。

 その気概だけでサリーの長い髪がぞわっと浮きあがってしまうような強烈な存在感は、そのまま形になるように僕を再び壁へと吹き飛ばした。

 再び背中を打ちつけるも、サリーの目を見た瞬間に僕の思考はクリアになっていた。


 体を宙に浮かされているから完全に受身はとれないものの、背中を丸めてなんとか衝撃を分散させる。

 呼吸はまだ整わないけど、それでも視界がとろけていたさっきよりはよっぽどマシ。


 時間にしてはほんの十秒程度の事だけど、不死子さんに口酸っぱく言われたその十秒の大切さを今身に締みて感じていた。


 次にニーズに言われていた言葉。

 どんな相手にも相性やタイミング、状況で勝てたり負けたりする。劣勢を打破するのは個人の持つ能力ではなく、観察眼と判断力だと。


「睨まれても容赦しないよ、一応長瀬君と私は敵同士なわけだし」


「君は何者だ?」


「漫画とかじゃここでベラベラ喋るんだろうけど、私はそんな優しくはないよ」


「そうかい、期待はしてなかったけどね」


 考える。

 サリーの正体なんて今はどうでもいい事じゃなくて、サリーの能力の正体。

 サリーの指先から伸びる白い紐みたいなのがネクタイにも繋がっていて、その白いヒモみたいなのが僕の胸にも繋がっている。

 ならばこの白い紐が僕の体を浮かせている正体か、少なくてもこの現象を起こしている一因には違いないはずだ。


 なら、この紐をどうにかすればいいのだけど引っ張って切れるものでもなさそうだ。

 切れないなら胴元をどうにかするしかないのだろうけど、この紐につながってる以上は僕も自由に動けるわけではない。

 考えた途中で再び僕は床に叩きつけられるものの、今回はしっかりと受身を取った。


 強烈な衝撃で骨が軋みこそすれ、一撃の重さは今まで戦っていた連中の比ではない。

 それならばなぜ、僕は最初の一撃であそこまでグロッキーになってしまったのか。


「そんなに睨んだって助けはこないよ。ここは音楽室だから防音はしっかりしてるし上は屋上で壁はもう外、下は空き部屋みたいなもんだからね」


 言って僕を再び宙に持ち上げる。

 聞かされて、僕は用意周到にサリーの罠にはめられていたんだと思い知らされた。

 きっと校舎を案内するなんて詭弁で、僕を自然にここまでつれてくるための一芝居なんだろう。こんな雨が降りそうな屋上には誰もいないだろうし、説明によればこの下はたしか観葉植物栽培同好会っていうわけのわからない部活の部屋に使われてたはずだ。

 ならば暴れるには絶好の場所という事、つまるところ物音を立てないとサリーは攻撃できない。

 いや、ここまで壁や床に叩きつけてくるあたり、サリーの力は持ち上げて自由に振りまわすって事なのだろう、他に何かあるなら他の攻撃を挟んでくるはずだ。 

 現状、それならば何の問題ない。

 いつまでもサリーの攻撃に付き合わずに僕の持ち味をいかすだけだ。


「話しに聞いてたけど、タフだね。それなら大丈夫かな。安心して、命まではとらないから」


「それを聞いて安心したよ」


 命まではとらない。

 それならば、何かこの襲撃には意図があるって事なんだろうけど、サリー自身はその意図を告げるつもりはないようだった。

 それが何を意味するかといえば、僕には警告にしか思えない。


 つまり私、ないし私達に探りをいれるな(・・・・・・・・・・)


 だからこういった派手な、力を誇示するような戦いかたをするのだろう。

 ならば、いくらサリーとの相性が悪いからといっても僕にだって付け入る隙はある。

 再び宙に浮かばされてしまう前に僕は長机に手をかけて持ち上げた。


「上手いこと考えたわね……」


 長机が幸いして、サリーは僕を持ち上げ様ににも机を引き摺るばかりで勢いを完全に殺す事ができた。

 サリーの顔色が変わる、サリーにとっては予想外の展開だったのだろう。

 僕にとってはそれで十分だった。

 持ち上げるのさえ封じてしまえば攻撃に転じる事だってできる、僕は半分体を宙に浮かせたまま椅子をてにしては当たらないように注意しながらサリーへと投げつけた。


「のほっ、乱暴な!」


 ガランと音を立てて椅子が壁にぶつかる。

 と、ガクンと身体が重くなる。


「しめた!」


「あ、しまった!」


 僕とサリーを結ぶ糸は消え、僕の身体は自由を取り戻すと、サリーは僕の投げた椅子に白い糸を伸ばしてその椅子で殴りかかってくる。

 四つか五つか、蝿のように素早く無茶苦茶な旋回をしながら椅子が僕の身体を驟雨のごとく打ちつけるものの、どんあに激しかろうがそんな攻撃では僕を止める事なんてできやしない。


「これなら最初から本気で戦ってればよかった!」


 舌打ちと同時にサリーが言うけれどもう遅い。

 倒しにかかるなら最初からMAXの力でぶつかるべきだっていうのはニーズの言葉か不死子さんの言葉だったか、ともかく形勢は逆転した。

 とにかくサリーを掴んでしまえば僕の勝ち。

 そのまま僕はサリーを押し倒すように飛びかかり、僕が上、サリーは下という理想的な形で押さえつける事に成功した。


「……これはもう私の負けかな。残念、勝てない勝負じゃなかったのに」


 サリーは変わらない笑顔で僕を見る。

 そう、変わらない物悲しい瞳のままで。

 これ以上、僕はどうしろっていうんだろう。

 何も考えないままで、僕はサリーを解放するように立ちあがるとため息をついて、そのまま教室を後にしようとした。

 そんな僕をサリーが呼びとめる。


「何シカトこいてるのよ、何か私に聞きたい事やいいたい事があるんでしょ?」


 僕の背中越しに聞こえてくるその声。

 酷く自虐的な聞いていて耳に痛い声、その声を耳にしただけでサリーの潔さが感じて取れる。


 それは聞きたい事はやまほどあるけれど、でもそんな自分を押し殺したような声をあげる悲しい少女に何を聞けばいいっていうのか。

 自分を今日ほど馬鹿だと思った事はない。

 無理して笑顔を作り、ひた隠しにして現実を生きているサリーに、僕は正宗を重ねて見てしまい、それ以上の事は聞けるはずもなかった。


 不死子さんの言ってた正宗の変化。

 敬一郎が死んでから、そして今までの、正宗の自分を無理矢理に表に出そうとしていたその変化に気づけてしまったから。

 それに今になって気がつくなんて、なんて情けない。

 僕はもう一度ため息をついて、サリーを見ずに答えた。


「いろいろあるけど、別にいいよ。だってサリーにだっていろいろあるんでしょ?」


 そう言って僕は音楽室を後にした。

 この話しを皆にして、どんな小言を言われるかなんて事を心配しながら廊下をふらふらと戻る。ふと、窓の外を見れば、いつの間にか外は雨が降っていた。


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