ガッコウ その五
サリーが席につくと同時に、そのタイミングを見計らうかのように江橋がニヤニヤと話けてきた。
「ま、サリーに捕まった時点で強制イベントだから行かないとな、ちなみにサリーはああ見えて怒らせるとメッチャ恐いから、無理にフラグとか立てようとしないほうがいいぜ」
「江橋、たぶん長瀬君はフラグとか言ってもわからない気がするよ」
佐渡君の言うように江橋君の使う単語はたまにわからないものがある。
「あ、そうなの。そっちでも長瀬はいけると思うんだけどな?あ、そうだ今日……はサリーイベントか、明日は……俺が部活だな……んじゃ明後日さ空いてたら帰りにゲーセンでもよらない?」
「ああ、いいね対戦しよう。どうだい長瀬君?」
えっと、と言葉に詰まって正宗やニーズや不死子さん達の事が頭をよぎる。
こんな普通の生活をしに僕は学校にきたわけじゃないのだから、ここは誘いを断るべきなのだろう。
学校が違えど学区は一緒なんだから、僕の事を知らない人にずっと会わないなんて確率は高くもない、そんな界隈をこの学校の制服を着て歩っていたら変な噂にだってなりかねないだろう。
時間があれば、なんて適当な事を言ってその場を切り抜け、それから何て事のない会話を江橋君と佐山君として昼休みは終わりをむかえた。
―――――。
放課後。
僕はサリーに言われた通り、教室で待っていた。
窓の外は黒く厚い雲が空を覆っていて今にも雨がふってきそうで、普段はどうなのか知らないけれど、クラスには僕だけが一人取り残されていた。
時刻は午後四時時をまわったところ。
厚い雲が日照を遮って、九月頭とは思えないほど教室は暗かった。
サリーがちゃんと来るのか不安になりながら、電気でもつけようと思って椅子から立つと同時に、ガラリと教室後ろのドアが開いた。
「あれ、電気くらいつければいいのに?」
「あ、今つけようと思ってさ」
「のほほ。本当に午後から崩れちゃったね、降られると面倒だからちゃちゃっと終わらせよう」
サリーは廊下の窓から僕と同じように空を見上げると僕を手招きする。
「遅れてごめんね、私にも所用があってさ」
サリーの言葉に「気にしないで」と返事をして、誰もいない廊下を歩く。
遠くからは体育館でやっている運動部の声がかすかに聞こえてくるだけで、本当に静かなものだった。
朝から通して、教室を出たのはトイレくらいだから、こうやって学校を見て歩くのは何か懐かしい。
サリーの背は月島さんと同じくらいか、正宗より少し低いくらいで丁度僕の顎くらいに頭が並んでいる。
サリーから事務的に特殊教室の説明や、行き方を説明してもらいながら薄暗い廊下を歩く。
電灯のついてない廊下は適度な暗さで青白い印象をうけて少し不気味だけど、サリーは気にもしない様子で昼間からみせている微笑のまま。
笑っているのがサリーの基本の表情なのか。
「サリーって昼間もだけどいつもニコニコしてるよね」
思わずそう言うと、サリーは僕の顔を覗きこむように顔をあげると、微笑ではなく確かに微笑んで言った。
「のほほ、人生ロクなもんじゃないからね、少しでも笑っていたほうが楽しく感じるでしょ?」
「ま、まぁ、そうかもね」
笑顔で達観した事を言うサリーに僕は少したじろぐと、サリーは僕から目をそらすように前を向いて続けた。
「ま、私もこれで色々あったのよ。長瀬君だってこんな時期で転校してくるあたり色々あったクチでしょ。私ってね、な~んかそんな人と良くあうのよ。のほほ、これって類共?」
あくまで明るく言うサリー。
サリーの言う色々ってものが何だかわからないけど、きっと家庭の事情か何かなんだろう。
こんな時期に転校してきた僕を、きっと似たようなものだと感じてシンパシーを感じているのかもしれない。
「そういえばC組にも長瀬君と同じ時期に転校してきた子がいるみたいね、なんか金髪って話で。ハーフか何かなのかな? その子も大変そうよね」
「え、ああ、うん。そうだね」
ふと話題に正宗が出てきて少し取り乱してしまう。
そういえば正宗は今ごろどうしているのだろう、とりあえず騒ぎにはなってないようで安心してるけど、刃物を持ってるあたり問題になったらニーズとかもみ消すのが大変なんんだろうな。
現場に出てみてやっと僕をお目付け役として付いて来させた意味がわかったような気がする。
「で、ここが第三音楽室。基本的に授業は第一音楽室でやって、吹奏学部とかはさっき言った第二音楽室にいるから、ここは実質音楽準備室ってところかな? そういうのはやらなそうだけど、軽音部は別棟の現代文化棟でやってるよ」
「そうなんだ」
僕が軽くそういうと、サリーはそのまま第三音楽室に入ってしまった。
あれ、鍵は? なんて僕が思うまもなくサリーは僕の手を引いた。
サリーはドアを閉めると、そのまま微笑みながら僕の手を引いて教室の中央まで僕を引っ張る。
サリーは音楽準備室なんていってたけど、大きなピアノに大学のような長机でし切られた教室は準備どころか立派な音楽室そのもので、前の高校の音楽室よりもよっぽど立派なもんだ。
「長瀬君、ここなら誰もこないよ」
これまでの朗らかな口調とは一変、急にサリーの言葉が重い物になる。
そしてサリーはおもむろにネクタイをほどいた。
急な展開に僕は思考が追いつかなかった、今僕に何がおきているのか、それを把握するだけで精一杯だった。
ただ、サリーは口調も印象も変わったがその笑顔だけは崩さない。
瞬間、外が光った。
その光が逆光になってサリーから一瞬だけ目を離す、視覚で確認できないからか反射的に僕は声をあげた。
「サリー?」
何が、何で、どうして、そういった質問の意味を全部内包した僕の呼びかけにサリーは答えない。
窓が光った一瞬なんて一秒にだって程遠い、文字通りの一瞬の出来事。
その瞬き一つの間をおいただけで、サリーは笑顔のままで、ぞっとするほど冷たい視線で僕をみていた。
サリーの横にたゆたうネクタイ。
ネクタイはまるで蝶のようにヒラリヒラリとサリーの周りを漂う。
灰色に染まった教室の中で宙を舞う赤いネクタイ、そのネクタイから伸びるほのかに輝く一本の白い糸。
「さっきも言ったけど、やっぱり人生はロクなもんじゃないよね。長瀬敦也君」
その一言が決定的だった。
僕はこの学校では長瀬篤と名乗っているのに、本名の敦也と呼ばれた。
その一言で僕はやっとこの事体を理解する事ができた。
でも、遅い。
僕がハッとした次の瞬間、先程サリーがほどいたネクタイが布とは思えないほど直線的に凄い勢いで飛んできて僕の目をかくすようにまとわりついていた。
「うわっ!?」
目隠しされた事に対して驚きの声をあげると同時に、僕の体は何かにひっぱりあげられるように僕の体が軽くなった。
慌ててネクタイを取ると、胸の部分を支点にして釣られた魚のように僕は宙に浮かされている。
なんとも間抜けな離しだこの理解できない状況で、僕は慌てて落ちつく場所のない手足をどうしたらいいかわからずにバタバタさせるだけだった。




