ガッコウ その四
高校を卒業してから半年。
どういうけかまた高校に通っている僕は、以前のように学校を楽しめていなかった。
それもそのはず、僕にとって学校ってのは友達と何気ない会話を楽しんだり、授業の一つ一つに頭を悩ませたり、体育の時間に何も考えずに体を動かしたり、そういった何気ない日常を楽しんでいたのだ。
正宗達と一緒に行動するようになってから、そういった何気ない、変わらない日常の大切さをひしひしと感じるようになった。
そういう意味で僕の学校生活、学校という場所は、僕の日常の象徴として色濃く僕の心に根付いていたんだと思う。
それが非日常的な理由で学校生活をおくれと言われても、そんな環境で楽しめるはずが無い。
それでも、日常としての学校は以前と変わらぬ様相で僕を迎え入れてくれた。
変わったのは僕の心情で、一般的な学校生活が変わらないのだからそれも当然なのだろうけど。
僕が改めて通わされる事になった学校は私立で、県下では有名な進学校で名高い坂比良高校。
学区が以前通っていた高校と近い事もあって、駅前やバイトしていたコンビニでもここの生徒達はよく目にしていて、僕の持っていた印象としては流麗な立ち振る舞いで、いかにもいい所の出の生徒達が集っているのだろうなんて思っていたのだけど、実際にクラスに溶け込んでみると、本当に一般的な学校と何ら変わり無かった。
男子はズボンからシャツをはみ出させていたり、下着が柄シャツだったり、染髪してたりする人もいる。
女子だってスカートをたくしあげているし、薄く化粧してる人もいるし、明らかに指定のバッグじゃなかったりしてる。
男女共につけてる人はアクセサリーをつけてるし、ネクタイをキチンと締めている人は6割程度といったとこか、そんなルーズな生徒のバランスも前の学校と同じなのだ。
ここまで同じなんだから楽しもうとは思うのだけど、やっぱり話しかけてくる人を疑ってかからないといけない以上は楽しめないし、僕でこうなのだから正宗なんて話しかけてくる人全員に斬りかかるんじゃなかろうかって不安になってしまう。
さすがに日本刀はもってこれないので、今朝ニーズが正宗にバタフライナイフを渡してるのを見たけど、思えばそれもおかしな話だ。
そんなうわの空な気持で、授業の合間に物珍しさから話をかけてくるクラスメートをあしらっていると何時の間にやら昼休みになっていた。
「よっ、長瀬。飯でも食おうぜ」
教科書を片付けているとシャツをだらしなく着こなす、茶パツが映える繊細な顔立ちに、眼鏡をかけクラスメートがパンとバナナオレを片手に親しげにやってきた。
「いいけど、えっと?」
誰か、と聞く前にクラスメートは残念そうに目をそらして、こっちの聞きたい事を察して答えてくれる。
「なんだよ、二時間前にカントリーソルジャーの話をしただろ。まぁ、転校初日で一気には覚えられないか。江橋だよ、江橋幻」
そう言われてふと思い出す。
ゲンなんて最近は変わった名前に、どこから来たとか、前の学校はといった、僕のプロフィールを聞いてくる中で、この江橋君だけはなぜかゲームやらアニメのやらの話題を振ってきた変わり者だった。
「あ、大丈夫ちゃんと覚えてる」
「それならよかった、あとコイツは隣のクラスの俺のゲーム仲間の佐渡」
言って江橋君は後ろにいた、今度こそ初見の生徒を紹介してくれる。
細身の体格と整った顔立ち、そこに眼鏡をかけてるあたり江橋君と似たようなシルエットなのに印象がずいぶん真面目に見えるのは黒髪でシャツもキチンとズボンにいれてるからだろうか。
「佐渡です、よろしく」
そういって江橋君も佐渡君も僕の近くに腰掛けるとパンを食べながら、とりあえず僕とからむことなく話しを始める。
「そういえば心へ終わった、今度返すよ」
「お、美紗緒のシナリオはよかったろ?」
「うん、泣けた。一途でいいよね、でも、ヒカリが俺はよかったかなやっぱヒロインはああじゃないと」
「王道だよな、そのくせフラグ立てがメンドイんだよなヒカリは」
嬉々として話す二人だけど、僕は何の事かサッパリわからずただ聞き入るしかない。
「フラグ立てっていったらエミリーのルートへの行き方は攻略サイト見ないとわかんないよあれ」
「ふふふ、最初はエミリー狙いだったから、俺は愛でエミリールートにいったぜ」
「は~っ、やっぱり江橋は凄いな」
「ふふふ、任せてくれ」
江橋がそう自身ありげに言うと、その江橋の後ろに女子がスッと立った。
「それくらいしか任せられないけどね~」
「おっ、サリー!」
「ゲンちゃん相変わらずエロゲーの話、長瀬君おいてけぼりもいいとこだよ?」
「エロゲーとは何だよ、俺のライフワークだぜ。それに話だって感動するぜ」
「のほほ、偉そうに言っても所詮エロゲーでしょ。同じ内容でもドラマとかじゃ見ないくせに」
「二次と三次じゃ得るものが違うんだよ」
「のほっ、馬鹿は死んでも治らないってね。長瀬君、こんなのと絡んでると病気がうつるよ?」
「委員長は厳しいねぇ」
常に微笑をした様子で女子は言う、会話は江橋を馬鹿にしてるようだったけど、江橋もそう不快な様子で話をしているわけでもなかった。
江橋が委員長と呼んだ子は腰まで伸びた癖なのかウェーブがかった髪と、特徴的な笑い声、それに極端に細い目がとても印象的だった。
「のほほほ、、いや~話かけるチャンスを狙ってたんだけどさ、私が話しかける前に誰かが話しかけちゃうから今まで遠慮してたのよ。私は岩殿、エバちゃんが言ってたけど、このクラスの委員長してるのよ。皆からはサリーって呼ばれてるから君もサリーって呼ぶように。ちなみにコレ、命令ね」
また、のほほと笑いはながら彼女はキッパリと言い放つ。
こういった声をあげた笑いをしない間も彼女はここに来てからずっと微笑んでいて、その笑みに僕はすいこまれるように僕は彼女の顔をながめていた。
「あの、岩殿さん」
「ノンノンノン、サリーよ。敬称は略でどぞー」
ほがらかな口調で勢いよくいわれても思わず僕も釣られてしまう。
「あ、サリー」
言ってサリーは変わらないニコニコ顔で聞いてくる。
「何か? 何だろう?」
そんな子供のように無邪気に僕の言葉を待つサリーをみて、何だか僕まで笑みがこぼれてくる。
「それで、僕に何か用なんだよね?」
「のほほ、そうそう。ホントはこの時間にやっときたかったんだけどね、先生に長瀬君の学校案内を頼まれてたのよ。長瀬君ってば急な転校だから事前見学できなかったんでしょ?」
「あ、んじゃ俺が変わろうか?」
「のほほほほ! ゲンちゃんに任せてもいいんだけね、こういうのは私の仕事でしょ?」
「そっか、まぁ俺も意識はしとくよ」
「のほほほ、よろしくね~。それじゃ長瀬君は放課後ちょっと帰らないで待っててね~」
そう言い残してサリーは教室の隅に行って別の子とお弁当を広げたようだった。




