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第十章 ごちそうさまでした、そして——

 天を覆い尽くす赤黒い極大の破滅——人類絶滅の終焉魔法『万物崩壊の終極饗宴(アルマゲドン・ガラ)』が、大気を爆砕させながら地上へと降り注ぐ。その光景は、もはや魔法や兵器の域を超えていた。触れた概念そのものを消滅させ、大陸を数秒で死の荒野に変える絶対的な破壊の泥流。全人類が恐怖で思考を凍りつかせ、世界の終わりを確信したその中心で——。リゼット・アストリアは、空中に展開された純白のテーブルクロスが敷かれたマホガニーの席へと、ゆっくりと優雅に着席していた。「まあ……湯気が立っていて、とっても温かそうですわね」可憐な手元には、光り輝く巨大な銀のナイフとフォーク。 背後には、まるで宮殿の給仕長のごとく、完璧な姿で佇む老執事アルベール・グランシェ。『気でも狂ったか、アストリアの小娘ぇぇぇッ!!』天空の黒幕、滅世の魔導王アルザードが狂乱の悲鳴を上げた。『それは世界中の魔力脈から吸い上げた、純度の高い滅びの概念そのものだぞ!防ぐことすら不可能なそれを喰うなど……!それを喰えば、貴様自身の存在ごと内部から崩壊し、消滅するぞ!!正気ではない、貴様はただのイカれた狂人だ!!』「イカれているとは、失礼な言葉ですわね」リゼットは小さく唇を尖らせ、胸の前でそっと両手を合わせた。目の前に迫る、山をも呑み込む巨光の濁流。その破滅の輝きを、彼女は愛おしい「ごちそう」を見つめる瞳で真っ正面から受け止めた。「どれほど強大な力であろうと、命の源たる魔力から紡がれたもの……。作ってくださった料理人の情熱(怨念)に感謝を込め、残さずいただくことこそが、わたくしのお嬢様としての誇りであり——マナーですの!」

すうっと深呼吸をし、可憐な声が世界中に響き渡る。



「いただきます」



——ズズズズズズズズズズズズズズズズズズッ!!!!!!



 天地を揺るがす地鳴りが轟いた。リゼットが胸元から展開した固有能力『ひとときの食卓』——その真白な領域が、いまや王都を、国を、そして空全体を覆い尽くすほどのハイパー・スケールへと肥大化していく。世界を呑み込むはずだった『万物崩壊の終極饗宴』の濁流が、彼女の手元に浮かぶ巨大な銀のスープチュリン(深皿)へと、まるで竜巻のように吸い込まれていく!『な……なに……!?吸い込まれて……いや、変換されている……!?我が至高の破滅が……我が数千年の怨嗟がぁぁぁッ!?』アルザードの絶叫を余所に、迫り来る破壊のエネルギーは、彼女の領域に触れた瞬間に次々とその性質を変質させていった。焦げつくような破壊の熱は——「芳醇な赤ワインと肉汁をじっくり煮詰めた、濃厚でリッチなデミグラスソース」へ。空間を削り取る死の波動は——「サクサクとした最高の食感を持つ、焼き立ての黄金パイ生地」へ。 そして、世界中から集められた莫大な魔力脈の輝きは——「とろけるような最高級A5ランクの魔獣肉のロースト」へ!それらが一つに合わさり、最高峰の『極上肉のパイ包み焼き・デミグラスソース添え』として、リゼットの目の前の皿の上に輝かしく完成した。「パクッ……モグモグ……モグモグ……ごっくん♪」リゼットは巨大なパイ包み焼きを、優雅かつ圧倒的なスピードで口へと運んでいく。「あぁ……!パイ生地の香ばしさと、溢れ出す肉汁のジューシーさ……!そしてこの濃厚なソースが、口の中で完璧なアンサンブルを奏でていますわ……っ!まさに『世界の終わり』に相応しい、至高のメインディッシュですの……!」『ば、バカな……!我が禁呪が……世界を滅ぼす我が魔法が……「美味い」だと……!?喰われている……!一滴残らず……完食されていくうぅぅぅぅッ!!』



ズズッ、ゴクン。



 ものの数分。空を覆い尽くしていた赤黒い魔法陣、渦巻いていた破滅の雲、そして世界中から吸い上げられていた悪夢のような魔力の濁流——その全てが、たった一人の少女の胃袋の中へと綺麗さっぱり吸い込まれ、姿を消した。



カチャ。



 リゼットが静かに銀のナイフとフォークを皿の上に並べ、膝の上のナプキンで丁寧に唇を拭う。空には、まるで何事もなかったかのような、どこまでもどこまでも澄み切った、快晴の青空が広がっていた。『あ……あぁ……我が……我が世界滅亡の夢が……ただの晩餐(ディナー)に……』魔力を全て喰いつくされ、存在の基盤を失った黒幕アルザードは、脱け殻のようになって空から落下し、地面に這いつくばって泡を吹いて卒倒した。完食。文字通り、世界を滅ぼす災厄は、一粒の残さもなく彼女のお腹へと収まったのである。「……消えた……?」「魔法陣が……世界の終わりが……消えたぞ……!?」静まり返っていた世界中で、一人、また一人と人々が立ち上がった。空を見上げ、自分たちの身体を確かめる。命が助かったのだ。あの絶対的な死の淵から、世界は救われたのだ。「う……うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」「助かった!俺たちは生きているぞ!!」「リゼット様!アストリア家のお嬢様が、世界を救ってくださったんだぁぁぁッ!!」演習場から、王都から、さらには遠くの国家から届くような、地球を揺るがす大歓声。全校生徒も、騎士たちも、各国の要人たちも、涙を流しながら膝をつき、リゼットに向かって拝むように祈りを捧げ始めた。「素晴らしい……!これぞ真の奇跡……!」「讃えよ!世界を救いし可憐なる聖女……伝説の英雄、リゼット・アストリア様を!!」空からは祝福の光が降り注ぎ、どこからともなく世界を救った英雄を讃える荘厳な讃美歌のコーラスが響き渡る。人々は彼女の偉業に涙し、歴史に刻まれる神話の誕生を確信していた。神々しい光の中で、静かに微笑むリゼット。 その可憐で神聖な姿は、まさに降臨した女神そのものであった。



しかし——。



聖なる讃美歌が最高潮に達した、まさにその瞬間。



ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん…………っっっ!!!!



 静寂を切り裂き、王都全体に響き渡るような、信じられないほど重く盛大な「腹の虫の音」が鳴り響いた。讃美歌がピタリと止まる。歓声を上げていた群衆が、全員凍りついたように静まり返った。リゼットは可憐に自分の頬を染め、そっとお腹に手を当てて、困ったように首を傾げた。「まあ……。世界中の魔力をいただいたというのに……消化が早すぎて、もうお腹が空いてしまいましたわ。……どなたか、おかわり用の魔法をお持ちではありませんの?」



静まり返る場内。



 次の瞬間、背後に立っていたアルベールが、顔を真っ赤にして魂の絶叫を上げた。



「もう食べ物として探すものではございません!!!!」



 「まあ、爺ったら。そんなに大きな声を出さなくても聞こえていますわ」「当たり前でございます!お嬢様!世界を救った感動のクライマックスですぞ!?なぜご自分の胃袋の都合で全てを台無しになさるのですか!!人々が聖女として拝んでいるのです、少しは威厳というものを……!」「ですが爺、空腹には勝てませんもの。あ、そちらの講師様、手元から小さな火の玉(ロースト用)を出していただけませんかしら?」「出しません!!講師の方も応じないでください!!」ドッと沸き起こる大爆笑と呆れ声。世界を救った英雄は、やっぱりどこまでも食い意地の張った、愛すべきお嬢様のままであった。大団円。誰もがそう確信し、物語は温かな笑顔とともに幕を閉じる……はずであった。その直後のことである。



——メリメリメリ……ッ!!



 平和を取り戻したはずの清々しい秋空に、突如として耳障りな「亀裂の音」が響き渡った。「……ん?」アルベールがツッコミの手を止め、怪訝そうに空を見上げる。生徒たちも、騎士たちも、息を呑んで視線を上げた。晴れ渡っていた青空の真ん中に、まるでガラスが割れるかのような、巨大な漆黒の亀裂が走り始めていたのだ。その亀裂は、これまでの魔法陣や禁呪の類とは根底から異なっていた。次元そのものが歪み、向こう側に広がっているのは——見たこともない異界の風景。そして何より異常だったのは、その亀裂から溢れ出してきた「気配」であった。



ドクン……! ドクン……!



 禍々しく、おぞましく、世界を狂わせるような異界の闇の波動。世界中の魔法使いたちが、本能的な恐怖に全身の毛髪を逆立て、ガタガタと震え上がった。「な……なんだ……あの亀裂は……!?」「世界が崩壊した影響で……異次元との扉が開いちまったのか……!?」「ひ、ひぃぃっ!あの向こうから、とんでもない化け物どもの気配がするぞ……!!」新たな絶望、新たな恐怖に、再びパニックに陥りかける人々。



だが——。



 その異界の亀裂から漂ってきたのは、単なる恐怖の気配だけではなかった。ふわり……。風に乗って届いたのは、甘く、濃密で、これまでの地上には存在しなかった——「禍々しくも極上に甘い香り」。まるで、数千年の熟成を経た最高級の洋酒と、異界の希少な果実をふんだんに使った、魅惑的な極上スイーツのような香りであった。



「……あ」



 リゼットの手が、ピタリと止まった。彼女のエメラルドグリーンの瞳が、空に走る漆黒の亀裂をじっと見つめる。



スッ……。



 リゼットの手が、無意識のうちに手元の銀のナイフとフォークを力強く握り直していた。その瞳に宿ったのは、恐怖などではない。 これまでに見たこともないほどの、メラメラとした圧倒的な「美食への渇望」と、怪しくも可憐な輝き。「まあ……」うっとりと頬を染め、恍惚の表情で空を見上げるリゼット。「まあ……まあまあ……!あちらに……まだ誰も味わったことのない、至高の『未知のメインディッシュ』が隠れていますわ……!」ゴクリ、と可憐な喉が鳴る。彼女の固有能力『ひとときの食卓』が、異界の香りに反応して、今まで以上の黄金の輝きを放ち始めた。それを見た老執事アルベールは、蒼白な顔で己の頭を抱え、今日一番の悲鳴を上げることとなった。



 「お、お嬢様ァァァァァッ!!??まさか……まさかあの恐ろしい異界の門の向こうまで……召し上がりに行かれるおつもりですかぁぁぁぁぁッ!!??」



 「勿論ですわ、爺!目の前に出された美味しそうなお料理に向かわないなんて、アストリア家のお嬢様の名がすたりますもの!」



 「あれはお料理ではありません!異次元の侵略者です!!お止めください、お嬢様ァァァッ!!」



「待ちなさいな異界のスイーツ様ぁぁぁーッ!!」



 可憐にドレスの裾を翻し、果敢にも空の亀裂(異次元)へと飛び出していくリゼット・アストリア。その後ろを、悲鳴を上げながら追いかけていく老執事アルベール。世界を救った暴虐なる美食のお嬢様。彼女の無限の胃袋と至高の美学は、ついにこの世界の理すらも飛び越え、未知なる異界の領域へと突き進んでいくのだった——。『暴食のお嬢様、異次元フルコース編』へ続く!





【エピソード一 完】

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