002 孤児院
「あなたは……ロイさん?」
「お久しぶりです」
その女司祭とは、何度か顔を合わせたことがあった。
名前は確か、ヴァレリーといったはずだ。
俺は一室に通される。
壁の一角には、主神である女神レナスの像が飾られていた。
「このあたりも被害にあいましてね。幸いうちは、施設も子供たちも全員無事でしたけれど」
「そうでしたか」
しばらくは、よもやま話が続く。
とはいえ、ぐだぐだ思い悩んでいても仕方ない。
それにヴァレリーも、俺がここに来た用件には、薄々気づいているだろう。
俺は懐からペンダントを取り出し、机の上に置いた。
「これは……まさか」
ヴァレリーの声がかすれる。
「イザベルの形見です」
彼女は黙って、銀色の鎖に魔術文字が刻まれたそのペンダントを手に取る。
しばらくは無言の時間が過ぎた。
「あの子はここの誇りでした。とっても優秀な子で。魔術学校を首席で卒業して。王宮魔術師にだってなれたでしょうけど、冒険者の方が稼ぎがいいからって。この施設にも随分寄付してくれました。それで……」
ヴァレリーは涙をぬぐった。
あふれ出す感情のままに、言葉を続けなければいられなかったのだろう。
イザベルは大陸一の魔法使いと言われていた。
純粋な魔術師としての実力なら、魔族より劣るとされる人間族。
それを術式の改良や合成魔術、多人数連携で補ってきた。
だがイザベルは数少ない、個人の力で上位の魔族を圧倒できる魔術師だった。
魔王との戦いの前には、魔術師ギルドから大魔導師の称号も贈られていた。
「何といって言いかわかりませんが……魔国との戦いでは大きな戦功をあげ……そして苦しまず、安らかな最期でした」
「それもまた、レナス神の思し召しなのでしょう。取り乱してごめんなさいね。ロイさんの方が、お辛いでしょうに」
「いえ、とんでもありません」
イザベルたちの葬儀は、アステリア王国の主催で行われる。
だがそれとは別に、イザベルの霊を慰める儀式を行うと、ヴァレリーは言った。
「ロイさんは、これからどうなさるのですか?」
「ずっと王都にいます。ウミネコ亭という親友の酒場を継ぐつもりです……何かあったら、いつでも訪ねてください」
俺はそう言って、孤児院を辞去する。
次に向かうのは、そのレオンの実家の酒場、「ウミネコ亭」だ。
港にも近い十一番通り沿いにある。
ウミネコ亭までは孤児院から一時間もかからない。
だが目的の場所に近づくにつれ、遠目にウミネコ亭の酷い有様が目に入る。
屋根には穴が開き、壁は崩れ、敷地を囲む石垣も破損している。
道すがら、王都のあちこちで見た破損や火災の痕は生々しかった。
だが目についた限り、この周辺で、ここまで破壊されている建物はなかったはずだ。
まさかこの建物が、魔族の狙い撃ちにあったのか……
その時ふと、レオンの言葉を思い出す。
『父さんに、おふくろの実家に疎開してくれって言ってるんだけどね。店を離れるわけにはいかないってさ』
レオンが手紙を握りつぶしながら言った姿が目に浮かんだ。
「おやじさん、おふくろさん、ティータ!」
自分でも気づかぬうちに、俺は叫びながら馬を駆る。
その時――
「だから売らないって言ってんだろ!」
怒鳴り声が聞こえた。
俺は急いで馬を止め、慌ただしく街路樹に繋いだ後、敷地の中に入る。
店の庭では、二人の女性と数人の男が言い争っていた。
一人はもちろんレオンの妹のティータであり、もう一人の中年女性も顔に見覚えがあった。
「まぁまぁ。そんなに大声をあげなくても」
「あんたたちがしつこいからだろ。さっさと帰っとくれ。二度と顔見せるんじゃないよ」
「おい、ババア。黙って聞いてりゃ」
主に話しているのは男たちと中年女性であり、ティータは怯えたように立ちすくんでいる。
そして一番大柄な男がその女性に詰め寄り、手をあげようとする。
だがその手が振り下ろされることはなかった。
「暴力はあまり感心しないな」
「なんだてめぇ」
男は俺の手を振りほどこうとする。
俺は相手の手を軽くつかみ、男の動きに先回りして、微妙に相手の力をいなし、重心をコントロールする。
つかんだ手を外すことも、俺を突き飛ばすこともできず、圧倒的な力量の差をさとったのだろう。
男は黙りこくって大人しくなる。
「もうすぐ日が暮れる。とりあえず、出直しちゃどうかね」
俺は男たちに視線を送る。
俺の迫力に気おされたように、それぞれ顔を見合わせていた。
腰の剣も効果があったかもしれない。
俺は彼らの力量を瞬時に見抜いていた。
つかえる奴はいない。
武器も持っていないようだった。
「わかりました。今日のところは退散します。また考えておいてくださいよ、デボラさん」
「何度来ようと同じだよ!」
というやりとりの後、男たちは去っていった。
「奥さん、ティータ、大丈夫かい?」
「……まさか……ロイさん?」
ティータの目にみるみる涙がうかぶと、俺に抱きついてきた。
「よかった……ロイさんが生きてて……よかった」
「お前が無事でよかったよ、ティータ……その」
俺は後の言葉を飲み込み、優しくティータの背をなでる。
「知ってるよ……兄さん死んだんだよね。シェンさんもイザベルさんも。でもロイさんだけでも生きててよかった」
「あぁ。安らかな、レオンらしい最期だったよ。これを」
俺は腰の物入れから指輪を取り出し、ティータに渡した。
ティータはしばらくそれを握りしめる。
やがて一筋の涙が頬を伝った。
「可哀そうにねぇ、ティータも。ご両親とお兄さんをいっぺんに亡くして。あたしゃ赤ん坊の頃からレオンを知ってるんだよ!それで……」
ティータの横にいた中年女性も、泣きじゃくる。
「ティータ、おやじさんとおふくろさんはやっぱり……」
「うん。死んじゃった」
涙も枯れ果てたのか、ティータは寂しそうにぽつりと呟いた。
ティータが学校に行っている時、実家が火事にあったらしい。
魔族の襲撃の可能性もあるが、原因は不明だそうだ。
ティータの父のニコラと母のタマラだけでなく、従業員たちも亡くなったという。
「そうか……」
俺は何とも言いようがなく、もたれかかってくるティータを抱きしめる事しかできなかった。
やがてティータは身体を離すと、笑顔を見せる。
「元気出さなくちゃね。せっかく生き残ったんだし」
明らかに無理をしているが、今は他に話すべきことがあった。
「ティータ、この人は」
「うちが取引してる酒屋のおかみのデボラさんだよ」
「何回か会ったことあるねぇ、ロイ。あんただけでも生きててよかったよ」
デボラは顔をくしゃくしゃにして、俺の背をたたく。
「デボラさん、お久しぶり。デボラさんこそお元気そうで」
「なんのなんの。最近うるさい奴らがうろついててさぁ」
「その事だが」
「あぁ。こんなところで立ち話も何だから、うちへ来なよ」
俺は酒屋の中庭に馬を移動させると、ティータと一緒にデボラの家へ招かれる。
客間に通され、俺には麦酒、ティータはリンゴ水が出された。
「ふぅ。久しぶりのデボラさんとこの麦酒は最高だね」
「当り前さぁ」
「それで、さっきの奴らは何なんだ?」
「それがさ」
デボラとティータは事情を説明する。
デボラが主に話し、ティータが補足する形だった。
今回の戦争は、王都のあちこちに被害を及ぼした。
この機会に、再開発の動きがあるという。
あちこちの店や土地を買いとって、市場や劇場を含む大規模な施設を建てる計画らしい。
「あたしんとこは、じいさんのそのまたじいさんの頃からここにいるからさ。今更よそへ行けと言われてもね」
「奴らはよく来てるのか?どこの商会だ?」
「最近ちょくちょくね。さっきのはバルビエ商会の奴らさ。どうせどっかの貴族が後ろ盾に
ついてんだろうけどね」
俺がずっと戦場にいたせいもあるが、こういった話を耳にした事は無い。
『ウミネコ亭』が無くなってしまうのは困る。
「お店が無くなって、家も半分壊れて。魔術学校の授業もあって……わたし、どうしていいか……」
ティータは語り出した。
やって来るのは、あの地上げまがいのバルビエ商会の奴らだけではない。
元の客や地元の人間が来て、色々な事を言うらしい。
こういう状況でも営業した方がいいとか、落ち着くまで店をしめろとか、少女一人ではどうにもならないから廃業を検討しろ……等々。
魔術学校に通う、まだ十五の少女には荷が重すぎる状況だった。
「こんな時にする話じゃないかもしれんが、ティータ。レオンから、ウミネコ亭を手伝ってくれと言われててな。俺としても、できたら奴の望みをかなえてやりたいのさ」
「ええ。聞いてます。お父さんがレオンとロイに店を譲るって。確かそんな証文も」
「なんだって?」
それは初耳だった。
「わたしも学校があるし、一人でお店なんてできないし……お父さんのお店をロイさんが継いでくれるなら、わたしも安心できます」
店を譲るという証文は、冒険者ギルド『黄金の牙』に預けているという。
「わかった。確認してみる。それと今日から家で寝ない方がいい」
「はい」
ティータは何か言いたげだったが、そう返事をした。
今までは半壊した自宅の一室で寝泊まりしていたという。
俺はデボラにティータを泊めてくれるよう頼む。
デボラは快く了承してくれた。
俺自身は今日は、近くの宿屋にとまることにする。
「これ、少ないけど」
別れ際、俺はデボラにこっそり銀貨を数枚渡す。
「あらあら、こんな。いいのに」
「ほんの気持さ。頼むよ」
色々と驚く事があった一日だった。
明日は、どうあってもギルドに顔を出さなければならないだろう。




