012 討伐依頼
「赤猪と何の関係があるんだ?」
話が若干デニスのペースになっているのが気に入らなかった。
「ここから丸一日かかるところにサスピナって村がある。赤猪の産地だ。理由はわからんが、赤猪を見なくなって、今まで見た事無い魔物があらわれてるんだ」
俺は考え込む。
魔物にはテリトリーがある。
そうそう生活圏から外れて行動しないはずだ。
何かが起こらなければ。
「わかった。協力しよう」
「ありがてぇ」
出発は五日後にしてもらった。
その間にやることがある。
何日か店を閉めなければいけないだろう。
だがレッドボアの串焼きは、ウミネコ亭の名物だ。
これが手に入るチャンスを逃すわけにはいかない。
その夜、俺はティータに何日か店をあける事を告げる。
「いいですよ!もうすぐ夏休みだから、わたしやります!」
元気よく答える。
「大丈夫かなぁ」
「今までも手伝ったじゃないですか」
確かに小さい頃から店の手伝いはしていたろう。
だがそれと店の運営はまた別だった。
幸いなことに、酒屋のおかみの知り合いや、以前ウミネコ亭で働いていた人達も協力してくれることになり、なんとかやっていけそうな目途はついた。
「解せぬ。なぜわらわに頼ろうとせぬのじゃ」
カーミラは何故か不満そうに言う。
「そもそもお前は料理できるのか?」
「うむ。それを言われるとの……料理はわらわの苦手なものの一つじゃ」
カーミラは吸血鬼の中の真祖と言われる種族だ。
もはや血を吸う必要もなく、物を食べる必要もない。
基本的に空気中に漂う魔力や、植物や動物の魔力を吸って生活できる。
ただ物を食べるのは嫌いではないようで、お菓子や果物を食べているのを見た事はある。
「まぁいつも通りにしてくれりゃいいよ」
「そうもいかぬ。この家に世話になっておるでの」
カーミラは普段、いつ起きていつ寝ているのかよくわからない。
たまにティータと話しているのは見る。
古代魔術や古代文明の研究が趣味らしい。
正直、俺が知っているのはそれくらいだ。
人間以上の寿命や力を持つが、別に人間を襲ったりはしないのでその点は心配していない。
カーミラなりに、何らかの形で恩を返さなければと思っているのかもしれない。
「試しに手伝ってもらってもいいが……服はこちらで用意するとして、喋り方は何とかならんか」
「うむ。努力しよう」
「それにその、銀髪に紫の瞳は目立ちすぎる」
「外見なら変えられるぞ」
彼女は見る間に姿を変えた。
そこにいるのは、茶色の髪に茶色の瞳の、平凡な町娘だった。
かすかにカーミラの面影がある。
「へぇ。そんなこと出来たのか」
「うむ。古代魔術の一つじゃ」
相手に幻覚を見せる術はあるものの、身体自体を変えたりすることは現代の魔法ではできない。
それは俺も知っていた。
そういえば、古代種族の中には、竜や動物から人間に姿を変えられるものもいるらしい。
ということで、翌日早速店に出てもらう。
正直、ただの気まぐれの冷やかしだろうと思っていた。
何かあったら、すぐひっこめてやるつもりだったのだが……
「1番テーブルさん、麦酒と蜂蜜酒で」
「羊の串焼きですか?もう少々お待ちください」
「わたしですか?ロイの親戚です。本人はしばらく休みますので手伝いに」
受け答えもそつなく、言葉遣いも町娘のものだった。
「接客なんて、いつ覚えたんだ?」
店が終わった後、俺はカーミラにきいた。
「ほほほ。長い生の間にの。言うたであろう。わらわの不得意は料理だけじゃ」
「カーミラさんすごいです。いてくれて助かりました!」
「そうであろう。大船に乗ったつもりでいるがよい、ティータ」
ティータまでそう言うのなら、認めざるを得ない。
手伝う人間は多くて困ることはないだろう。
気まぐれなカーミラの気がいつ変わるか知れたものではないが。
「まぁ、よろしく頼む。カーミラ」
「うむ。意外と楽しいぞ」
カーミラは、いつになく、ににこにしている。
どうも吸血鬼の喜びのツボはよくわからない。
そして出発の日になった。
ティータたちの見送りをうけ、俺はまずは冒険者ギルドに向かう。
「おう、来てくれたか、ロイ」
「約束だからな。ところで、新米冒険者とやらは……」
「はじめまして、ロイさんですね。マルコと申します」
「パメラっす」
「ジーナです」
三人の声を聞き終わる前に、俺はここに来たことを後悔していた。
そこにいたのは、ようやく十代半ばに達するかどうかという、少年少女たちだった。
「なぁ、デニス。聞いてねぇぞ」
「うん?なんだ。全員立派なC級冒険者だぞ」
「まだ子供じゃないか」
「C級の実力はあるさ。それに言ったろ。この間の戦争で上位ランクの奴らがやられたって」
冒険者のランクは上から順にS、A、B、C、D、Eとなっている。
ちなみにSSランクというのはこの国では俺たち幸運団だけだった。
S級ですらめったにいない。
「いくらなんでも、こんな子供の引率はごめんこうむるね」
相手の事を詳しく聞かなかった俺も悪いが、この場合は仕方ない。
「待ってください!」
マルコと名乗った少年が一歩前に進み出て言った。
「そういうことだから、悪いけど」
「そうおっしゃられるのはもっともです。でもせめて、僕らの力を試してください」
「お願いします」
「お願いします」
少女二人も続ける。
彼らの瞳は真剣だった。
デニスが言うからには、腕はあるのだろう。
でなければ十代半ばでCランク冒険者になれるわけがない。
「なぁ、ロイ。腕試しくらいだったらいいじゃねぇか」
デニスが言う。
俺は唐突に昔の事を思い出していた。
あれは今から五年以上前。
漂泊の果てに、俺がこのアステリア王国にたどり着いてまもなくだったと思う。
『はじめまして、ロイさん。レオンと申します』
三人組のパーティーに声をかけられた。
まだ十代だったろう。
それぞれ、レオン、イザベル、シェンと名乗った。
『なんだ?』
『一人で飛竜を討伐なさったの、感動しました。僕たちとパーティーを組んでくれませんか?』
『あんたたちと組む理由はないと思うがね』
『僕たちはもっと強くなりたい。ロイさんに戦い方を教えて欲しいんです』
その素直で率直な物言いが気に入った。
俺を仲間に引き込もうとする奴は、やたらもって回った言い方をするのが常だった。
金や地位や名誉で釣ったり、時には強圧的に脅してきたりした。
そんなものにうんざりしていたこともある。
『いいぜ』
飽きたら抜ければいい。
最初はそんな単なる気まぐれだった。




