クラウディア_9
クラウディアの11歳の誕生日、母・シャルリーヌは29歳という若さでこの世を去った。
シャルリーヌは崖から落ちた直後、海に落ちそのまま奇跡的に海岸沿いの岩に体が引っ掛かったことで、海に流されず遺体をすぐに発見することができた。
レオナードはシャルリーヌの訃報を聞き、すぐに屋敷に出向いた。その隣にはマリサとまだ幼い二コラがいた。
ベッドに横たわるシャルリーヌの遺体を見て、レオナードは膝から崩れ落ちた。マリサも震えながら顔を青くし、周りを気にせず声を出して泣いた。
そんな両親の姿に、何が起きているのか理解できない二コラは初めて来た侯爵家の屋敷に感激していた。
「ねぇねぇお母様!ここお城みたいね!」
悲しみに暮れる侯爵家に無邪気な幼い声が響いた。
執事のそばで父と愛人の姿をじっと見ていたクラウディアに、レオナードが気づく。
「君は…クラウディアかい…?」
クラウディアは小さい声で「はい、お父様」と表情を変えることなく返事した。
約10年ぶりに娘に会えた喜びと、愛してはいなかったが妻を亡くした悲しみに、レオナードは複雑な気持ちのまま姿勢を正した。
「クラウディア、せっかくの君の誕生日だったのにこんなことになってしまって…。葬儀が終わったら改めてお祝いしよう。」
レオナードがそう言うと、クラウディアはレオナードをじっと見た。
「それはできません。ローラピュアでは誕生日より命日を重んじるので、わたしの誕生日はずっとお祝いされることはありません。」
クラウディアがそう言うと、レオナードは悲しそうに表情を歪めた。
まだ幼い自分の娘にこんなことを言わせてしまった。
そもそも、自分が我儘を押し殺してシャルリーヌを妻とし、侯爵家に従っていれば、シャルリーヌは精神を病むこともなくクラウディアも子どもらしく伸び伸びと育ったのではないか。
今になって、様々な後悔が押し寄せる。
「ねぇ、お父様!お母様!二コラ、もっとこのお城を探検したい!!」
二コラが初めての侯爵家に興奮し騒ぎ始めると、レオナードは思わず二コラを睨みつけ「静かにしなさい!」と怒鳴った。
初めて父親に怒鳴られ、二コラは驚きと悲しさのあまり泣き出してしまった。大きな声でわんわん泣きわめく二コラにマリサは自身も泣きながら二コラをなだめ、抱きしめた。
その様子にクラウディアは動じず、ただじっとその場でベッドに横たわる母を見つめた。
見かねた執事がレオナードとマリサ、二コラを一度部屋の外へ出るよう促し、クラウディアは母と部屋に二人っきりになった。
以前に比べて痛んだ髪と骨骨しくなった手を見ても、クラウディアは不思議と悲しくはなかった。
これでもう、王妃王妃と口うるさく叱る人はいない。鞭を打つ人もいない。酒に溺れて狂っていく母を見ることもない。
きっとこの出来事は、神様が自分にくれた誕生日プレゼントだ。そう言い聞かせた。
窓の外を見ると、重たい灰色の雲から大粒の雨が降り始めた。
「空は悲しいのね、わたくしは悲しくないのに。」
クラウディアの小さい小さいつぶやきは、雨音に交じって消えていった。
その日の午後、ロータス伯爵の意向もあり親族だけの葬儀が行われた。
変わり果てたシャルリーヌの姿を見た他の貴族がいらぬ噂を立てないためだ。
埋葬の際には雨が一時的に止み、ロータス伯爵と父・レオナードの手で母は土の中に埋められた。
レオナードはシャルリーヌとの思い出を思い出していた。
初めて出会った舞踏会でシャルリーヌからダンスを申し込まれたこと。
ダンスの後にテラスに呼ばれて根掘り葉掘り質問をされたこと。
とても美しいのに、笑うときは白い歯を見せて豪快に笑うこと。
次の日から毎日のようにお茶会に誘われ、自分の魅力について思う存分語られたこと。
結婚が決まったときの、これ以上幸せなことはないと涙ながらに笑った彼女。
結婚式に着るドレスに悩み、どれも素敵だと伝えたらほほを膨らまして怒られたこと。
結婚式の日に、聖堂で見た白いドレスに包まれた美しい本物の妖精のような彼女。
クラウディアが産まれた日、嬉しそうに「あなたと同じガラス色の瞳よ」と笑った彼女。
あぁ、なんだ。自分はシャルリーヌを愛していたじゃないか。
最後の土を被せたとき、レオナードは声を押し殺して泣き崩れた。