第六章 27 『勇猛なる者』
禍々しい鎧を破壊されたブラッド。
かつてセラフィス階級だった男、ゼルグ・エインドハルグ。
鎧の中は、数多の血を浴びたであろう厚手の布切れを腰に巻いた程度の姿だった。そして、その顔、分厚い胸板には、大きな傷痕が刻み込まれていた。
◇◇◇◇◇◇◇
予想もしていなかった展開に、ゼルグ・エインドハルグの存在を知っているものは衝撃を受けた。
「何故あの男がここに……」
「ロゼリアはあの男を知っているのか?」
「忘れるわけがない。ゼルグ・エインドハルグ、かつて私と同じセラフィス階級だった男だ。実力だけは認めるが、それ以外あの男に見るべき点は皆無だ。不快でしかない」
ゼルグを見下ろすロゼリアの眼差しは、軽蔑の色が濃かった。
「正義の形は人それぞれだ。視点が違えば見方も変わるものだ」
「騎士団長がそれを言うか……」
「ははは、私は異端だからな。自分の騎士団員に首を狙われることもあるくらいだ」
「おい……」
ミシェルは高笑うが、全然笑えない話だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「アーティファクトをこれ程までに完全に消滅させるとはな。流石だレナ・アステル。この時代に魔剣を従える者がいるとはなぁ。いよいよ誤魔化せねぇな?」
ゼルグは不気味な笑顔で語りかける。アーティファクトと言い、魔剣を従えるだの、全く理解が追いつかない。
「だから、オレはただのレナだ。ああ……もう良い。お前は話を聞いてくれそうにないから、これで終わりにする」
「つれないこと言うなって。俺達は古い付き合いだったはずだ。それになぁ……もう勝った気になっているのか? もう少しあそんでいけよ」
「──来い。ダインスレイフ」
武装を失ったはずのゼルグは、"ダインスレイフ"の名と共に、深紅の大剣を顕現する。
その光景を見た時、レナは理解する。かつて二度、見たことがあったからだ。
覚醒状態のリアが顕現した神器、アスカロン。
エリュシオンが顕現した神器、モルデュール。
ダインスレイフがそれらと同等の神器だとすれば、神の御業とも呼べる異次元の能力を備えることになる。
◇◇◇◇◇◇◇
ロゼリアは血の気が引いた様子でゼルグの様子を見ていた。
「おい……ミシェル。アレはな──」
発せられたロゼリアの言葉は、剣聖の言葉によって遮られる。言葉でもわかるプレッシャーに、ロゼリアは萎縮する。
「ロゼリア・イシュタル。ゼルグ・エインドハルグはいつからアレを使っている」
「あ、アレとはなんだ……私には意味がわからな──」
「奴が顕現した神器の話だ!! 答えろっ!!」
「……神器? 私は、し、知らない!! いきなりどうしたと言うのだっ!!」
ロゼリアは剣聖の迫力におされ、涙目で答える。その様子に、はっとしたように、ミシェルは冷静さを取り戻す。
「……すまない。取り乱した。きちんと説明したいところだが、私も混乱している」
ミシェルが考え耽る中、アルゼンはいつも通りに何かを記入していた。
「──アルゼン。神器のことは記録するな」
「──ッっ」
アルゼンの口から息が漏れるような、小さな音がした。そして、小さく首を縦に振る。何か言おうとしたのだろうが、ミシェルの圧に気圧されたのだろう。
「ミシェル、神器とはどういう存在なんだ? 君がそこまで取り乱す程のものなのか?」
「一言では説明できないが、神器とは文字通り、神から与えられる武器のことを言う。そして、その影響力は、世界の均衡を崩す程のものだ。フェルズガレアに神器を顕現できる者がいる。これが大きな"問題"になる。だが、私にとってはある意味朗報でもある」
「神からから与えられる武器……? 私には分からんことばかりだよ。全く、混乱するのはこっちだ」
「それもそうだ」
ミシェルは少し呆れたようにため息を漏らす。状況整理をつけるために、一旦落ち着いたのだ。どう転んでも、今は彼らの試合を見届けるしかない。
◇◇◇◇◇◇◇
レナはダインスレイフの一撃を魔剣オルナで受け止める。空気まで振動させる轟音は、とても見た目通りの質量同士が衝突した音ではない。
「ダインスレイフの攻撃に耐えるか。──最も、"今のダインスレイフの攻撃に"だがな」
「本当に良く喋る男だ」
レナは少し距離をとると、魔剣オルナに魔力を込める。
先程まで行っていたことと原理は同じ。だが、オルナは剣でない。どれほど純度が高いオリハルコンで加工された剣とも違う。
オルナは『魔剣』だ。
魔力を解放するように、剣を振るう。
そして、紫紺の斬撃は放たれる。
──それは、時空が歪むほど歪に見える斬撃。
刹那、ゼルグの瞳が一瞬紅く煌めく。
同時に、ダインスレイフは不気味にも赤黒い瘴気のようなものを発すると、瞬く間に剣身に収束する。
まるで、迫り来る紫紺の斬撃を上から叩き落とすように。
振り下ろされた大剣は、斬撃を力ずくで地面へと捻じ曲げた。
地面へ叩きつけられた紫紺の斬撃は、巨大なクレーターを発生させると共に、闘技場の観客席付近まで、数多の亀裂を走らせた。
そして、二人を覆っていた闘技場固有の結界は消失したのだ。
破れるはずのない結界が。否、結界を破ったと言うと少し語弊があるかもしれない。結界を構築するための魔法陣がその効力を失うほどに、完全に崩壊してしまったのだ。
いずれにしても、通常であれば、ありえない話だった。
「──ハッハッハッ!! これはたまらねぇ。まさかオレの血を使う羽目になるとはなぁ。やはり決定だ、レナ・アステル。お前には協力してもらう」
「だから、お前は何をっ──」
ゼルグは、レナの言葉に耳を傾けることは無かった。
「──レゾナンス」
数多の鎖が地面を突き破る。結界を失った闘技場で、ゼルグの異能を封じる枷はもうない。
パニックに陥った観客はどよめき、逃げ惑った。
巨大な鎖から派生するように、小さな鎖が生成される。
──そして、その鎖は、一人の少女の元へ向かったのだ。