第六章 26 『男の正体』
ルミナが目を覚ますと、アルテミシア達は休憩所でくつろいでいた。何やら腰に手をあて、瓶に入った茶色の液体を飲んでいる。牛乳と珈琲を混ぜたコーヒー牛乳という飲み物で、アストルディアでは、温泉を出た後に飲むらしい。
「冷たくて甘いし、美味しー!!」
リゼは頬を緩ませる。
ヨシュアは眉間に皺を寄せていることから、お気に召さなかったようだ。
ごくり、ルミナは唾を飲む。
甘い、紅茶、ミルク。
甘い、珈琲、ミルク。
──絶対に美味しいに決まっている。
そんなルミナの様子に気づいたリアは、ルミナの分を持ってきてくれた。
「はい、ルミナの分。私にはちょっと甘い気がしたけれど、多分ルミナは好きだと思うよ」
「ありがとう!!」
少しの間倒れていた事など忘れたかのように、バッと受け取ると腰に手を当てて一気に飲む。
なるほど、これは不思議と手を当ててしまう。
「──っぷファー!! 美味しい!!」
「ご機嫌で何よりだけれど、大丈夫? 倒れたルミナをアルテミシアが抱えて出てきたんだ」
リアは心配そうに尋ねる。
そう言えば、さほど時間が経ち目が覚めてから随分とラフな服装を身につけていた。これもアストルディアの温泉から伝わった風習なのだろうか。下着はつけているようだが、一体誰が服を着せてくれたのだろう。
リアだと思いたいが……気を失う少し前、アルテミシアに接吻された記憶が蘇る。当然ながら、アルテミシアの事が嫌いな訳では無いが雰囲気で分かってしまったのだ。
"あれは冗談では無い"と。
変な汗が滲み出る。
「ルミナ、様子が変だけれど、本当に大丈夫?」
「アルテミシアになんか変なことされたんじゃないの?」
ルナはいたずらにそんなことを口走る。
すると、ルミナの顔はみるみる紅潮し、アルテミシアも少し頬を赤らめていた。
軽口のつもりだったが、このような結果は想像していなかったようで、ルナは間の抜けた表情をしていた。
「アルテミシア……もしやとは思ってたけれど、そっちなんだ……いや、否定するつもりは無いよ。個人の自由だ。いくら欲求不満だからって、時と場所は考えよう」
ルナは呆れたように煽りはじめる。最も、本人に煽るという意識があったかは定かではない。性格上の性である。
「──なっ!! 黙って聞いていれば言いたい放題だな!! ルナ。お前だってアストルムで隣の部屋が私だと言うことを忘れるなよ。 誰が一番欲求不満か、ここで暴露されたくなければその口を閉じるんだな」
「はっ?! なんでそれ……っつ?! ちがっ!! てきとうなことを言うな!!」
「そんなに不満なら今度私が相手してやっても良いんだぞ? 隣人の好だ」
「ヤメテヤメテ!! 謝るから!! ごめんなさい結構です!!!!」
冗談半分にルナに襲いかかろうとするアルテミシアに逃げ惑うルナ。
レナとヨシュアは二人でどんな話をしていたかと言うと、剣術の話をしていたらしい。温泉に来てまで剣の話とは相変わらずである。
◇◇◇◇◇◇◇
雲行き怪しい空模様の下、おそらく今回の武闘大会一番の猛者同士の試合が始まろうとしていた。
アストルディアからの参加で、肩書上一番強いのはレナが倒した神徒権限のメルト・ローティシエだ。今対峙しているブラッド、ゼルグ・エインドハルグの可能性がある大男に勝利すれば、事実上の優勝と言っても過言ではない。
強者同士の試合はゆっくりと開始した。
相手の意表を突く必要が無い。否、意表など存在しないのである。お互いに構えもせずに、相手の様子を窺っていた。
「──レナ・アステル」
ブラッドは、不気味な声色でその単語を発声した。
「それ、たまに言われるんだけれど、人違いだと思うよ」
「イヤ。オマエハ、レナ・アステルだ」
「って言われてもな……話に聞きかじった程度だけれど、物語に出てくるような神話の時代の話だろ」
「──ソウデアルベキダ」
「はぁ……話が通じそうに無いな。怪しいお前の外面、壊しちゃうけれど、文句はないな?」
「──ホウ。ヤッテミロ」
その言葉を聞き終えたレナは、高速で接近する。
ブラッドは新調したであろう凡庸の特大剣で受け止める。轟く重低音。たったの一撃で、特大剣にはヒビが入った。
凡庸な特大剣で、非凡なレナの非凡な剣を受け止めること自体、異常と言わざるを得ない。
すかさずレナの二撃目が繰り出される。ブラッドはヒビの入った特大剣で受け流す様に体をそらす。その攻撃で特大剣は粉砕した。体勢をそらしたブラッドの鎧にはレナの剣先が僅かに触れる。僅かに触れた鎧は抉れるように。
ブラッドは距離をとった。
「……スバラシイ」
武器を失ったブラッドは、なお余裕の様子を見せていた。
「──モルドレッド・レゾナンス」
リアを蹂躙した異次元の異能。
大地を突き破るように巨大な鎖は召喚される。
レナは剣に魔力を込めると、巨大な斬撃として放つ。直後、複数の鎖は正面に立ちはだかるように移動し、斬撃を完全に防ぎきった。
「ムダダ。コレハッ──」
ブラッドの言葉は遮られる。
この時、既にレナはブラッドの後ろまで回り込んでいたのだ。
ブラッドの身体性能がいくら高くとも、背後からのこの攻撃はおそらく回避不能だ。そして、レナが今握っている剣は、オルナだった。
──すまない、アルテミシア。
ブラッド相手に通常武器では通用しなそうだ。この男は紛れもなく、"あちら側"の存在だ。
刹那、レナとオルナによる神速の剣技は繰り出される。
ブラッドの鎧は跡形もなく粉砕された。
鎧の破壊と同時に数多の光子は拡散し、大男は真の姿を現した。
隆起した筋肉に数多の傷痕を刻んだ大男。
赤黒い髪に、血に染ったかのような瞳。
「……ゼルグ・エインドハルグ」
アルテミシアはただ一言、そう語った。




