守神
「初めて"軍神"にお目にかかりましたが、私が想像していた外見と、随分と違っておりました。」
「ほう。エリーゼは、どのような"軍神"を想像していたのだ?不本意ながら、俺の肖像画は、結構な数が街に出回っておるのだぞ?」
「肖像画などは当てになりません。偉人や英雄は、自分を正当化し、美化する生き物ですから。本当は、鬼の形相をした、いかつい大男に違いないと思っておりました。実際には、肖像画の通り、中肉中背の優男だった為、少々、拍子抜けしております。」
「お前、物言いが失礼過ぎやしないか?こう見えても団長はな…。」
「まあ待て、キースリング。エリーゼは、中々、面白い考え方をする。流石は宰相閣下のお子様、と言ったところか。」
「私は、あの人の子供ではありません!母と私を養ってくれると言うので、厄介になっているだけです。勘違いしないで下さい。」
宰相閣下の秘蔵っ子、エリーゼという女性は、中々、癖の強い性格のようだ。
ただ、様々な角度から、物を見る目を持っている。
まだ20歳そこそこの女性が、この見方を会得しているのは、大したものである。
「女に生まれたのが残念でならない」という宰相閣下の評は、同意せざるを得ないだろう。
エリーゼが男であれば、是非、近衛兵団に欲しい人材である。
大公に言わせれば、我が妻フェリスも、「女に生まれたのが残念でならない」そうだが、フェリスの場合は、そういう考えになった事がない。
それは、俺にとってのフェリスが、守るべき対象であり、愛しい存在だからであろうか?
「キースリングには、念を押してあるが、エリーゼにも念を押して置く。万が一の時は、自分だけでも生き残れ。命を無駄にするなよ。」
「私は大丈夫です。万が一の時は、フランツ公の隣に立っている木偶の坊を囮にして、私と王太子殿下だけで逃げますから。」
「貴様、いい加減に…。」
「落ち着け、キースリング!彼女の考え方にも一理ある。強い部隊を囮に残し、その間に主力が撤退するのは、退却戦における定石だろ?エリーゼも、キースリングをあまりからかうな。この男は、短慮だが、いざという時は、非常に役に立つ。並みの男十人程度なら、まとめて相手が出来る男だ。それに、キースリングの協力無くして、囮に使う事も出来ないであろう?仲良くしろとは言わないが、協力はしろ。」
「私ごときの挑発には、全く動じない辺り、流石は王国最強と謳われるフランツ公ですね。中身の方は、私が想像していた以上のようです。失礼な物言いの数々、キースリング様にもお詫び申し上げます。」
全く、宰相閣下は、どこまでも食えない男だ。
こんなに癖が強い者を、寄越して来るとは…。
彼女の言葉は、彼女なりの、キースリングへの叱咤激励といったところか。
その方法が、宰相閣下譲りなところは、彼女にとっては皮肉と言うべきか。
しかし、このエリーゼと、キースリングなら、王太子殿下を巧くお守り出来るだろう。
それには、反発し合っている軸を糾合する器が必要だが、王太子殿下に、その器は備わっているだろうか?
6歳の子供に、そこまで期待するのは、酷というものか…。
* * *
「王国随一の軍人フランツ公と、王国随一の頭脳ブラウミッツ侯の推薦なら、間違いないですね。キースリングとエリーゼ、王子を厳しく育てて下さい。私は、少々、甘やかせて育ててしまったかもしれません。ですが、貴方達は、王子を泣かせてしまっても構いませんので、遠慮無く叱って下さい。」
穏やかな笑みで、守役二人に語り掛ける王妃陛下は、10年前と、あまり変わりが無い。
ただ、少し、やつれているようには見える。
「では、私はこれにて失礼致します。」
「お待ち下さい、ランド…フランツ公!少々、話があるのですが…。」
「何か、不足がございましたでしょうか?」
守役達が、王太子殿下の元へ向かったのを見た俺は、王妃陛下の前を辞そうと踵を返したが、彼女に呼び止められた。
必要以上に彼女と話したくないという事でもないが、何となく気まずいものはある。
出来るだけ早く、彼女の前から、逃げ出したい気分ではあった。
「今回の国王陛下弑逆犯は、本当にミュラー殿下なのでしょうか?」
「さあ?私には分かり兼ねます。私には、殿下が投獄されたという事実を、受け止める事しか出来ません。ただ、殿下とは長い付き合いでしたから、多少、思うところはございますが。」
俺も大人になったものだ。
思っている事と正反対の言葉が、すらすらと言えるようになってしまった。
「そういえば、初めて貴方にお会いした時も、貴方は殿下とご一緒でしたね。殿下が、あまりにもご立派な体格ですので、貴方が、殊更、小柄に見えたものです。」
「こう見えても、体格の事は、多少、気にしておりますので、あまりいい気分はしません。」
冗談めかして言ったつもりだったが…。
「い、いえ、違うのです!そういうつもりではなくて!」
真意は、上手く伝わらなかったようだ。
「王妃陛下を責めている訳ではございません。その様に慌てられるのは、恐れ多い事でございます。」
どうにも、話しにくくて適わない。
10年前は、もう少し上手く話せていたはずだが…。
「今の貴方が、とてつもなく大きく見えるので、昔を思い出しただけなのです。」
「以前とは、背負っている物の重さが違いますので、その様に見えるのでしょう。シャルロ…王妃陛下も、それは同じではございませんか?」
「確かに、若かりし頃に比べれば、私も強くなってはいるでしょう。当時の私に、今の強さがあれば、違った未来もあったかも知れませんね…。」
「いいえ、違う未来など存在しません。違う未来があると、私は、少々、困りますので。」
「それは、貴方の奥方様との事を仰っているのですか?フランツ公爵夫妻は、とても仲睦まじいと伺っていますよ。奥方様にも、よく惚気話を聞かされております。先日は、貴方から、初めて贈り物を貰った時の話を聞かされました。」
フェリスの奴め、余計な事まで話しているのか?
俺の体裁を考え、余計な惚気話は慎んで貰いたい。
「自分自身に自覚はあまり無いのですが、人にはよく、愛妻家だと言われております。妻は、私にとって大切な人間ですので、ただ単純に、守りたいと思っているだけなのですが。」
守りたいと言うより、失いたくないから守ると言う方が正しいだろう。
「ご結婚なされて以来、貴方は、"守り神"だと、奥方様も仰っておりましたよ。」
「"守り神"とは、とても言えないでしょう…。妻には、心配ばかり掛けており、辛い思いをさせる事も多いので…。私は、災いを振りまく"厄神"といったところでしょう…。」
「それは、自分を卑下し過ぎですよ。我が王国にとっても、貴方は"守り神"ですから。」
「本物の"守り神"とは、少なくとも、軍人ではない者を指すはずです。人々を救うのが、"神"なのですから。犠牲を厭わず、国を守る者を"神"とするのは、好ましい風潮とは言えません。」
「"軍神"様は、"守り神"と呼ばれるのが、お気に召さないようですね。そんな"軍神"様を、これ以上、お引き止めする訳にはいかないでしょう。今回は、お忙しい合間を縫って、色々とご尽力頂き、お礼申し上げます。今後も、王国の為に尽くして下さい。」
「国王陛下に忠誠を誓う者として、又、王国を守る為に、この身を捧げて行く覚悟です。」
「どうか、ご無事で…。」
「王妃陛下も。」
『ご無事で』という言葉は、10年前、彼女から直接聞いた最後の言葉と、同じだった。
返した俺の言葉も、呼称こそ違え、同じだった。
しかし、その言葉に込められた意味は、まるで違うものであろう。
彼女にとって俺は、友人の夫であり、彼女の夫の臣下である。
俺にとっての彼女も、妻の友人であり、忠誠を誓う人物の夫人である。
そこに、わだかまりなどは存在しない。
全ては過去の事で、今の二人には、何ら影響を与える物ではない。
10年前、違う道を歩き始めた俺達が、巡り巡って、今の形で向き合うことになっただけである。
* * *
「ランドルフ様、少々、話をする時間はございますか?大事な話があるのですが。」
「あまり、時間があるとは言えないが、多少なら大丈夫だ。大事な話とは何だ?」
王妃陛下の元を辞した後、近衛兵団駐屯所に向かう前に、一旦、着替えの為に家に戻ると、何やら、思い詰めた表情のフェリスが待っていた。
「先程、アミルが、私の指をその小さな手で握ってくれました。可愛らしい笑顔と共に。その笑顔は、まるで、天使のようでした。」
「大事な話とは、それか?」
「いいえ、違います。その時に、私が決意した事です。」
「決意?」
「ランドルフ様は、ぼやかしてお話しになりましたが、アミルは、ミュラー殿下のご落胤でしょう?」
「気付いていたのか。」
「薄々、感付いていましたが、今の言葉で確信を得られました。そもそも、貴方に子供を託す程の人物は、貴方の部下以外では、ミュラー殿下ぐらいしか存じませんから。ヘッセンリンク等が健在である以上、ミュラー殿下以外に有り得ません。」
「確かにそれは事実だが、フェリスの決意と、どういう関係があるのだ?」
「殿下の無罪放免が成った暁においても、アミルの存在は、殿下の立場上、由々しき事態となりますし、アミルの実母も居ないのでは、アミルの成長の妨げにもなります。そこで、アミルは、フランツ公爵家の娘として育てる決意を致しました。私が、アミルの母親になり、ランドルフ様には、アミルの父親になって頂きます。」
「ちょっと待て。アミルには、真実を隠して置くという事か?」
「いいえ、アミルが成長した時、彼女が望めば、真実を話します。しかし、私達に命がある限り、公爵家の息女である事を変えるつもりはありません。これが、私の決意です。」
「義父上には、どう話したら良いか…。」
「その点も、問題有りません。父には今まで通り、アミルは戦争孤児、として置けば良いのです。養子とする件も、私が話せば分かってくれるでしょうから、お任せ下さい。」
「もう少し、考えてからでも良いのではないか?」
「アミルが、我が家に来た時から考えていた事です。決意をしたのが、先程だったまでの事です。」
「そこまで言うのなら、お前の決意とやらを尊重すべきかな…。」
「私の我儘を聞き入れて頂き、ありがとうございます。私もこれで、念願の我が子を、この手に抱く事が出来ます。」
「聞き入れるも何も、俺に断る余地が有ったようには思えないが…。ジェニーの時も、そうだったような気もするな…。」
「ジェニーの面倒を見る事を決めたのは、ランドルフ様ですよ?私は、『一緒に面倒を見ます』と、言っただけです。それとも、ランドルフ様は、私と結婚した事を後悔していると、仰りたいのですか?」
「そんな事は、言っていない。お前と結婚した事は、俺の人生の上で、最大の戦果だ。唯一と言ってもいい程、他人に誇れる戦功だ。」
多少、事実が曲げられて、フェリスには記憶されているようだが、それは、大した問題ではない。
今や、フェリスが灯す光無しに、俺は、歩く事すら儘ならなくなってしまったのだから。
「今のそのお言葉は、是非、公式の記録に残して置きたいものです。『"軍神"ランドルフ・フランツ最大の戦果は、フェリス・フランツを射止めた事である』と。この件は、明日にでも、シャルロット様に報告しに行かなければ。」
「『この件』とは、どの件の事だ?」
「…?勿論、アミルを養子に迎える事ですよ。」
「あ、ああ、そうだったな…。」
「何か不明な点でも、お有りですか?」
「いや、そうではない…。」
その報告は、アミルを養子に迎えるという事実だけにして欲しいものだ。
余計な惚気話は、俺の体裁を考え、避けて欲しいものである。
『俺が健在である限り、お前に迷惑は掛けん』
という殿下の言葉に、偽りが有ったとまでは思わないが、殿下は、フェリスの性格まで見透して、俺に託されたのかも知れない。
しかし、それならそれで、一向に構わない。
我が家に、更なる光を灯す手助けになってくれるのであれば、災いも福と変わるというものだ。
思えば、俺も、アミルに負けず、数奇な人生である。
物心が付いた時、既に、実の両親は居なかった。
養父に引き取られると、軍人への道は、規定路線であった。
何時、尽きるとも知れないこの命は、新たな不幸を生み出すだけだと、意固地になっていた俺の心に、妻フェリスは、光を灯してくれた。
俺は、彼女の光となれているか自信がないが、今は、その光を消さない為に、俺は死ねない。
そして、新たに灯ろうとしている光を消さない為にも、俺は死ねない。
アミルの花嫁姿を見る事は、何があっても生き残った俺に対する、最上の褒美となるはずだ。
その褒美を受け取る為に、俺は傲慢にも、他者の犠牲の上に生きる。
それを罪だとするのならば、その罪は、俺の死後、俺自身が被れば良いだけだ。
今まで、俺の為に、又は俺の所為で死んで行った者達への償いは、全てが終わった後にすれば良いだけだ。
他者にとって俺は、災禍の調べを奏でる"厄神"なのかも知れないが、俺は、フェリスとアミルの"守神"に、必ずなってみせる。
「んぎゃー!」
「あっ!アミルが目を覚ましたのでしょうか?」
「奥方様ー!大変でございます!」
赤子の泣き声に、フェリスが反応すると、ジェニーの大声が聞こえた。
「どうしたのですか、ジェニー!」
「アミル様が、おもらしをしてしまったようです!」
フェリスが様子を見に行こうとした時、ジェニーがバタバタと、部屋に駆け込んで来た。
「それは大変!」
ジェニーに続いて、フェリスもバタバタと駆け出して行く。
我が家の人間は、どうして皆、こうも騒々しいのだろうか?
新たな家族も加わると、更に騒がしく、そして賑やかになりそうだ。




