墓碑 〜One hundred years after〜
主人公達が、亡くなった後の話です。
僕の祖国、エールランド王国に於いて、ランドルフ・フランツという男は、災禍の調べを奏でる"厄神"とされている。
亡国である、ブランデル王国の宰相だったこの男は、エールランド王国の王都周辺では忌み嫌われている。
しかし、僕は、その風潮に疑問を持っている。
僕の故郷周辺では、比較的、彼に好意的だったし、小さい頃、近所に住んで居た遠縁の婆さんに借りた本には、『国の守り神である』と書かれていたからだ。
勿論、その本を、全面的に信用している訳ではないが、我が国の伝承の方も、今一、信用度が薄いと言わざるを得ない。
歴史研究家として歩み始めた僕は、その生涯を賭けて、双方の矛盾点を説き明かして行く決意をした。
ランドルフ・フランツは、"厄神"なのか、それとも、"守神"なのか?
国を破滅させる悪魔なのか、国を救う英雄なのか?
* * *
まず、ランドルフ・フランツという男の生涯を整理してみる。
彼の出自は、実に怪しい。
婆さんに譲り受けた『ブランデル王国近衛兵団戦史第三巻』という本には、殆んど、ランドルフ・フランツについて書かれているが、其処には、「傭兵の子息として生まれ」という一文があるだけである。
一説には、王族のご落胤という説から、商売女の息子という説まである。
真実を知る者は、恐らく、もうこの世に存在しないだろう。
その後、軍人としての道を歩み始め、18歳の時、その当時の近衛兵団長の副官に任官したとなっている。
その本には、当時の近衛兵団長が、彼の才能を見抜き、将来の兵団長候補として、手塩にかけて育てたとされているが、これは出来過ぎで、眉唾物である。
しかし、軍人としての才能があったのは事実のようで、23歳にして兵団連隊長に昇進する。
直前に、ブランデル王国とエールランド王国の間で、大きな会戦があり、エールランドは、大敗を喫しているが、彼は、この会戦で、余程、大きな手柄を立てたのだろう。
昇進だけに留まらず、最高級の勲章までも授与されている。
そして、フランツ公爵家の婿養子になり、ランドルフ・フランツと名乗るようになったのは、この頃である。
一体、どんな手を使ったら、単なる傭兵が、貴族の婿養子になれるのか聞いてみたいものだが。
しかも、相手の貴族令嬢は、女神のような美女だったというから、羨ましい限りである。
その後、規定路線であるかのように、近衛兵団長に上り詰めると、その四年程の在任中、ブランデル王国は、一度も負けていない。
というより、彼が任官してから死ぬまでの間、敗戦らしい敗戦は、一度だけである。
しかもそれは、彼が10代の頃の話だ。
長い間、我が国エールランドは、ブランデル王国に勝利していないのだ。
それは、エールランドの記録にも、『煮え湯を飲まされた』等の記述が、幾つもある為、確かな事である。
彼の台頭に合わせるように、勿論、彼だけの力ではないが、ブランデル王国は最盛期を迎える事になる。
その後も、彼の野心は留まるところを知らず、王国軍総司令官兼軍務大臣を経て、35歳の若さにして、ブランデル王国宰相にまで到達した。
その在任中は、大した功績や実績もない為、政治家としての才能は無かったと思われる。
しかし、長年、覇を競い合って来た、エールランド王国とブランデル王国の間に、友好関係を築き、婚姻関係を結んだ事は、彼の功績と言えば功績か?
兎に角、両国間の諍いは消え、平和な時代を迎える事になる。
そして、彼は54歳の時、病死する。
これまた一説には、謀殺されたとも言われているが、妻と娘夫婦に看取られながら、その生涯を閉じたようだ。
* * *
ランドルフ・フランツが、宰相時代に犯した最も大きな失策は、後継者を育てなかった事だと、僕は思っている。
英雄や偉人は、他人も、自分と同じ考え方が出来ると思っている節がある。
それが、後継者の育成を怠る事に繋がり、後々、混乱を来す要因となる。
彼の死後、後継者を巡る争いが起き、その後も政争が相次いだ事は、彼の失策に他ならない。
政争は、やがて内乱に発展し、各地で反乱も相次ぐようになる。
20年に渡る平和な時代は、それが恒久的なものであるという錯覚を人々に植え付け、自分の利権を守る為だけに生きる者を、次々と生み出した。
その間に、ブランデル王国の国力は急速に衰え、エールランド王国に獅子王フィリッポス2世が登場すると、その命運は決定的となる。
獅子王は、玉座に就くと、二国間の平和を破り、ブランデル王国に侵攻を開始する。
内乱が起きており、獅子王側に寝返る者が相次いだブランデル王国は、緒戦を持ち堪えられず、勢いに乗る獅子王率いるエールランド王国との差は、広がるばかりであった。
決定的だったのは、両軍主力が激突した会戦で、獅子王が勝利を治めるた事である。
これにより、両国の国力差は、挽回不可能な差となった。
その後、僅かばかりの抵抗を排除しつつ、ブランデル王国の王都ブランデルポリスに兵を進める獅子王。
しかし、順調な歩みも、一度だけ止まる。
王都の近郊で、ブランデル王国軍による、最後の抵抗にあったからである。
抵抗軍の兵士は、その名声が他国にまで響き渡っていたブランデル王国の近衛兵団が中心で、時の近衛兵団長の呼び掛けに賛同した残存兵力を加えての、文字通り『最後の決戦』だった。
その兵力差は、五対一だったとも、十対一だったとも、それ以上だったとも言われている。
その決戦で、獅子王自らが負傷したエールランド王国側は、五対一説を採用しているが、これは正確な数字とは言えない。
当時のブランデル王国側は、十分の一程度の兵力を集めるのがやっとであり、エールランド王国側も、補給線の問題から、十倍以上の兵力を集めるのが難しいはずであるから、十対一程度の差が正解だと思われる。
死人に口無しとは、よく言ったもので、歴史を描くのは、勝者に許された権利である。
真実を伝えるのも、都合の良いように書き替えるのも、勝者に許された権利である。
それを、真実に近い形で結論付けるのが、僕のような歴史研究家の役目である。
この最後の抵抗により、獅子王の足は、一時的に止まった。
ブランデル王国側も、形勢逆転を狙ったものではなく、王都の民衆を避難させる為の、時間稼ぎに過ぎなかったようだ。
時間稼ぎとしては、充分だったが、ほぼ全滅に近い損害だったと言われている。
生き残りも皆、負傷すると言う、凄まじい抵抗だったそうだ。
例の婆さんの夫と息子は、この時に戦死しているらしい。
婆さんは、この時、単身、王都を脱出し、遠縁だった僕の曾祖父に匿われた。
「『上官は部下の盾となり、部下は上官の盾となれ』と、常々、私の父は言っておりました。その抵抗戦は、正しく、それを具現化した物だったと聞いています。又、父は、『軍隊は民衆の盾となる物で、決して、民衆を軍隊の盾にしてはいけない』とも言っておりました。その二つの教えを忠実に守った夫と息子を、誇りに思っています。又、その教えを残した父の事も、誇りに思っています。」
残存兵力の無くなったブランデル王国の王都は、態勢を立て直した獅子王に包囲されると、無血開城され、国王一家は囚われの身となる。
ブランデル王国最後の国王の妃は、獅子王の叔母であった為、獅子王は、国王一家の処刑までは、流石にしなかったが、一つの王国が、地図上から姿を消す事になった。
* * *
昨今、エールランド王国の都で流行っている劇がある。
獅子の生まれ変わりと言われる主人公が、災禍を振りまく"厄神"を退治するという、英雄劇である。
主人公は、暗に、獅子王を指し、"厄神"は、暗に、ランドルフ・フランツを指している。
ランドルフ・フランツが死去した時、獅子王はまだ4歳で、二人が同じ時代に生きた事はない。
しかし、創作劇の登場人物としては、この上ない人物達なのだろう。
ランドルフ・フランツを研究している者としては、面白くも何とも無いが、常に、英雄を求める民衆には、非常に受けが良い事は理解出来る。
勝者によって歴史は造られ、敗者は、草葉の陰で歯ぎしりしながら、その歴史を受け入れる事しか出来ない。
しかし、今、最盛期を迎えているエールランド王国も、何時かは、他の国に取って代わられる日が来るはずである。
主人公が"厄神"に代わり、敵役は獅子の生まれ変わりの男になる可能性は、多いにあるのだ。
『盛者必衰』という言葉に気付いている者が、我が祖国にどれくらい居るだろう。
居ても居なくても、僕には関係無い事なのだが、生きている内に、祖国の滅亡は、出来れば見たくない。
そんな王都の風潮にうんざりし始めた頃、僕は旅に出る事にした。
ランドルフ・フランツの史跡を巡りつつ、旧ブランデル王国領を巡り、その地に住む者達の話を聞いてみたいという好奇心からだ。
文献のみの研究に、限界を感じ始めていたからでもある。
最終目的地は、ブランデルポリス。
ブランデル王国最盛期には、大陸一の都と言われたその街に辿り着けば、僕の研究にも、一定の答えが出るはずである。
* * *
旧ブランデル王国領内に於けるランドルフ・フランツの評判は、エールランドの都とは真逆の物が多かった。
勿論、"厄神"以外の何者でもないという声もあったが、大多数は好意と尊敬の念を抱いている物ばかりであった。
ある者は、"軍神"であると言い、又、ある者は、"守神"であると言う。
本当に、神として奉っている村さえ有った。
僕の故郷は、旧国境付近のブランデル王国側だった事もあり、比較的、ランドルフ・フランツに好意的だったが、ここまであからさまではない。
今は、同じ国となっているにも関わらず、地域によって、これ程の格差がある事も珍しい。
この格差は、一定の答えが出るどころか、僕を混乱させるだけであった。
そんな中、ある村で一枚の肖像画を見せられた。
其処には、中肉中背の優男と、栗色の髪をした美しい女性、椅子に腰掛けた10代半ばと思われる可愛らしい少女が描かれていた。
その絵の持ち主は、「"軍神"の家族の絵だ」と言っていた。
「他の人々には、尊敬され畏怖されていた父でしたが、私には甘く、非常に可愛がられました。母は、父とは逆で非常に厳しく、お転婆だった私は、よく怒られました。しかし、二人とも、深い愛情を持って接してくれたと思っています。」
椅子に腰掛けている女の子が、アミル婆さんの子供の頃という事になるのであろうか?
そうすると、その両親は、40歳前後のはずなのだが、20代にしか見えない。
しかし、多少、美化されているとはいえ、絵の中の優男は、とても災禍の調べなど奏でられる人物には見えなかった。
そして、その絵は俺に、ある結論を導き出させた。
彼は、"厄神"でもなく、"守神"でもない、一人の人間であるという結論だ。
一人の夫であり、一人の父親であるという事だ。
彼の評判など、実はどうでも良いという事だ。
つまらない事に拘っていると、本質を見間違う事に成り兼ねない。
旧ブランデル王国に於いて彼は、類い稀なる軍人であり、宰相時代、20年に渡るに平和を生み出したという事は、名宰相と言っても良いのではないだろうか?
その功績は、悪名や汚名で色褪せる物ではない。
しかし、恒久的な平和を築くところまでは、残念ながら、いかなかった。
エールランド王国に於いて彼が、殊更、貶められているのは、彼が打ち建てた功績が、美化されないように、手を加えられている物に相違ない。
"厄神"は、平和を打ち破った獅子王の方かも知れないという事だ。
しかし、平和を打ち破った"厄神"が、新たな平和を生み出したのも事実である。
祖国の英雄が、実は悪魔であったなどと発表出来る訳が無いので、僕の結論は、日の目を見る事は無いだろう。
しかし、今までの研究を無駄にするつもりも無い。
まずは、この旅の日記をまとめ、何時の日か、ランドルフ・フランツの生涯を、一冊の本にまとめてみる事としよう。
ランドルフ・フランツ、54年の生涯だけで終わらせれば、興味を持つ者もいるかも知れない。
僕の子孫が、暇潰しにでも読んでくれれば幸いだ。
もっとも、独り身の僕に、子孫が居るのか怪しいものだが、兄貴の子孫にでも読んで貰うとしよう。
結論が出たところで、僕の足を、最終目的地に向ける。
其処で、二度と故郷の地を踏めなかったアミル婆さんの為に、婆さんの家族の墓参りに行ってみるつもりだ。
それが、形見分けまでして貰った僕に出来る事だ。
* * *
「王都は、それはそれは賑やかな街でしたよ。今は、見る影も無いでしょうが…。その街外れの墓地に、私の両親の墓が有ります。死ぬ前に、もう一度、その墓に行ってみたいのですが、この歳では、もう叶わないてしょう。祖父の墓や、産声をあげる事なく亡くなった兄の墓も、其処に有りますが、私の夫と息子の墓は、其処には無いでしょう…。」
ブランデルポリスは、最盛期の面影が、少しも無かった。
幾人か住んではいるようだったが、年老いた婆さんが来るような街ではない。
街外れの小高い丘に、その墓地は有った。
草木が生い茂り、墓荒らしされた跡なども有る。
しかし、フランツ夫妻の墓は、比較的、綺麗な状態で存在していた。
やはり、旧ブランデル王国の民からすれば、尊い人物なのであろう。
今も、墓参りに来る人々がいるのではないだろうか?
『"軍神"ランドルフ・フランツ此処に眠る』
彼の墓碑銘には、そう記されていた。
『"女神"フェリス・フランツ、"軍神"の傍らに眠る』
彼の妻の墓碑銘には、そう記されていた。
やはり、幾ら探しても、アミル婆さんの夫と息子の墓らしき物は、見当たらなかった。
戦死者として、共同墓地に埋葬されている事を願わずにはいられない。
アミル婆さんの形見は、両親の墓の所に埋めるとしよう。
「その本が気に入ったのならば、貴方に差し上げますよ。ついでに、これも貴方に差し上げましょう。女性物の古びた髪飾りですが、貴方の妻になる女性にでも差し上げなさい。私の父から母への贈り物らしいのですが、私が結婚する時に、母から頂きました。息子の妻となる女性に譲り渡そうと思っておりましたが、それが叶う事はありませんので…。」
『アミル・フランツ、"軍神"と"女神"に守られ、此処に眠る』
アミル婆さんから貰った髪飾りを、彼女の両親の墓の間に埋め、墓碑を建てた。
僕が持ったまま死ぬより、元の持ち主と贈り主に返す方が、余程いいだろう。
『ブランデル王国近衛兵団戦史全三巻』は、僕の研究資料なので、死ぬまで預からせて貰う。
「洒落た墓碑銘が思い浮かばなかったが、それは勘弁してくれよな、婆さん。」
そう呟きながら苦笑いすると、一塵の風が吹いた。
その風に運ばれて来たのは、不思議な光景だった。
笑いながら、元気に走り回る子供の頃のアミル婆さんを、笑顔で追い掛けるのは、栗色の髪をした母親らしき美しい女性。
彼女達を見守る優男の顔も又、優しい笑顔だった。
完
この章で、本編は完結です。
沢山の方にご愛読頂き、ありがとうございます。
本編の登場人物が多くなった為、次章でまとめてみます。
当初に設定していた人物像を始め、本編に入れなかった設定などもまとめてみるので、参考までに読んでみて下さい。




