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朱に交われば赤く鳴る。【短編小説】  作者: 金森 亮


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後章

 翌日、私は学校をあえて遅刻した。体育の時間に合わせて登校し、無人の教室に侵入しては彼女のスマホに手を伸ばした。十年来の付き合いにもなると、彼女のパスワードが誕生日の前日なことぐらい知らないわけがなかった。


 私は黙ってロックを解除し、黙ってトークアプリを開くと、自分のスマホとアカウントを連動させた。このときの私にとって、法などというものは無用の長物だった。


 その日の晩になって、遂に私は実力行使にでることにした。彼女の周囲にいる女子五人にこんなメッセージを送りつける。無論、変わり果てた彼女の言葉遣いを以て。


「私、○○ガチで嫌い」


 この○○とは彼女の在籍するグループで中核にいる女子だ。誰も○○を嫌っていない。そんなことは端から見ていても容易に察しがついていた。


「○○と関わると私の価値が下がるから」

「もう仲良しごっこはうんざりなんだよね笑」


 面白くなった私は、それ以降もその女を罵倒し続けた。都合よく仲良し気取りでいる日常はもう終焉に近かった。

それすなわち、彼女の復活が現実味を帯びるわけで、私は身体中の血という血がみなぎっていた。



 翌日、彼女は相当なひんしゅくを買った。あの文章を彼女は何度も何度も否定する。だが、あんな罵詈雑言を言うような人間に近寄る輩は一人もおらず、遂に求めていた孤立に至った。


 洗脳に洗脳で打ち返した甲斐もあり、彼女はますます立場を失っていった。

委縮した彼女の背は猫の背のように丸くなり、明らかに絶望と対峙していた。私はそろそろ時期だと思い、時機を見計らって一本の花に駆け寄っていった。


「どうしちゃったの夏帆……? 最近話していなかったけど、なんか内気じゃない?」

「私にもよく分からないの。勝手に友達を攻撃するメールが送られていて……でも、私が送ったんじゃないのに」

「誰かにアカウント教えたの?」

「そんなことないはず……」

「辛かったら私に言ってちょうだい。なんでも聞いてあげるからさ」

「ごめんね……。こんな私に」

「ありがとうっていってよ」


 彼女の洗脳が解ける過程は、何度見ても美味しいもので、私の理想が現実に回帰したとそう自覚させた。



 彼女が私と行動を共にするようになったことは言うまでもない。一緒に会話を交わして食事をし、私はその不変だったはずの普遍に、感謝する日々が続いた。



 ある日の放課後、彼女の方から一緒に下校しようなんて誘いがきた。彼女と下校することが堪らなく嬉しくて、この後の事柄なんて考える暇もなかった。


 しかし、彼女の尊顔に笑みの一端も浮かんではいない。嘘の告白によって周りに裏切られたことが、心を荒ませてしまっていた。


 もしかすると、今度は私が支柱になる番だなんて、そんな未来すら過ぎった。だが、これはありがたくもない杞憂だった。


 しばらく通学路を歩んでいると、彼女は不意に、「脇道に逸れよう」と言ってきた。


 私と離れていたここ数カ月の間になにか発見でもあったのかと思いきや、ある場所で突然立ち止まった。眼前の標識には第一種踏切とあった。


 まもなくして警報機が無愛想にカンカンと鳴り響き、少しだけ辺りを冷たくしていった。


「なんで……どうしてここに来たの? 」


 私は馬鹿がつくほど純粋無垢な女だった。


「……ごめんね。私はさいごまで夕美のことを裏切っちゃった」

「いつ夏帆が私を裏切ったのよ。そんなこと絶対にないわ」

「許してなんて言わないから、私の散り様をみていってよ」

「散り様って……そんなこと言わないで、私のところに戻ってきて。今ならまだ間に合うから」

「それはね、無理なんだよ」


 彼女は私の手を叩いて、踏切が警告する線路内に立ち入った。

私が彼女を引きずり出そうとした頃には、列車が警笛で彼女に抵抗して、それでも屈しなかった彼女だけが、轟音と共に平たくなっていった。


 私は一瞬、手に包丁を握る触覚を覚えたのち、最後には身体が浮遊するような感覚に包みこまれていった。


「……本当に一親等じゃなかったの」


 自分は、彼女が自立なんて捻くれた言葉に縋ることを、遂に許さなかった。



 私はなにもかもがあからさま過ぎた。そして彼女は彼女でそれに解釈違いを起こしていたのだ。


 彼女救済の意味合いは、もはや復讐のそれに到底及ばなかった。とどのつまり、運命共同体なんていうのは虚像の域を出るものではなかったのだ。




 ありがたいことに、生前の彼女は私に都合のいい完璧な遺書を書いてくれていた。要するに自分が人を阻害して、そのせいで他の人にも疎外されてしまった、と。


 そのおかげもあってか、私の私物や彼女の私物が捜索されるようなことは一切なく、私が彼女を救済したという事実は、永久に葬られることになった。



 ただ、一親等の代理人の喪失はあまりにも大きかった。世界がモノトーンに沈み、人生に華がなくなったのだ。


これを打破する術と言ったら、もはや子をなす他に考えようがなかった。その悲願は十数年のときを超えて、ようやっと眼前で実現しようとしていたのだ。




 出産直後の身体は一親等の尊顔見たさに理性を失っており、助産師さんへ半ば強引に催促をして真横に据え付けてもらった。


 だが、いざ眼前の一親等を見つめようとする私の脳裏に、見覚えのある少女の幻影が浮かび上がった。


私が一親等にかかった靄を拭おうとすると、彼女はじきに腐った鮪のような赤を帯びていき、最後にはおどろおどろしい姿をして襲いかかってきた。だが、手で追い払うとすぐにどっかに行ってしまった。


 私は朱に交わって赤くなった彼女を今でも滑稽に思っていた。だって、今更になって私の一親等をすると、そう断言したのだから。


「大丈夫。もう、あなたはいらないから。さようなら。一親等もどきさん」

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