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朱に交われば赤く鳴る。【短編小説】  作者: 金森 亮


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前章

 五月八日、東風の吹き荒れる日のことだった。今朝、私・鹿野夕美は一人の男児を産み落とした。私が自分磨きに励んだ十年は、全てがこの瞬間に注がれていた。


 そして久しく消滅していた一親等が復活し、高校以来の悲願を果たしたことで、ようやっと最愛の呪縛から解放された。


「……一親等、一親等なのね」




 この呪縛を生み出したのは、ある一人の少女だった。


 私は小学生になって早くに両親と死別した。あいにく兄弟もおらず、これによって一親等を喪ってしまったのだった。心にぽっかりと開いた穴は、中々塞ぐ術を見いだせずにいた。


 だが、そんな私にも唯一心の支柱となるものがあり、それは幼馴染と呼べる親友の存在だった。


 彼女は三島夏帆といい、落ち着きのある清楚系女子といった様相を呈していた。


 そんな彼女は長らく私を一番の友達として、私を一番に扱ってきた。半ば召使い気味に私と接する彼女に若干の抵抗もあったが、それ以上に一親等の代理人として非常に優秀だった。




 無論、こんな歪な関係である以上、彼女と私は単に馬が合って朋友と化したわけではなかった。


 小学三年だった私は学校の屋上でしばし昼食を貪っていた。屋上には雨天の際も傘をさしてやってくるほどの執着っぷりで、それはその場に孤独な空域が生まれることが所以していた。


 しかし薫風が湿った風を打ち付ける七月、私の前を一人の影が通り過ぎた。どこへ向かうのかその影を追っていると、なんと柵を超えてしまったのだ。


 それで影の主に目を向けると、そこには一人の少女が佇んでいた。明らかな自殺の前準備であり、それなりに正義感のあった私は彼女を引き止めることにした。


「どこに行こうとしているの?」

「うーん、そうだね。三途の川ってところかな」

「やめなよ。私は死んだら生まれ変わるとか全然信じてないから、あなたにも信じてほしくない」

「私と関係のないあなたが止めることに、なんの意味があるの?」


 単に死の恐怖を語ってもらちが明かないと知った私は、彼女にかける次の言葉を思案することにした。


「……なら、私のために生きてよ。私ね、親が亡くなっちゃってすごく寂しいの」

「どうして? 名前も知らないあなたのために私が生きるの?」

「私は鹿野夕美。これで名前を知っている私のために生きる理由ができたでしょ?」

「……ヘンテコなこと言う人ね。ちょっと面白いかも」


 彼女はそう言って微笑すると、柵の内側に戻ってきた。正気に戻ってくれたようで、私も私で胸をなでおろした。



 翌日からの彼女は昨日のそれとは打って変わった様子で、大して友達もいなかった私のよき話し相手となってくれた。


 だが、そんな彼女の態度は徐々に媚びへつらうようなものに変化し、一年が経つ頃には勝手に私の右腕と化していた。私のために生きるという言葉を、彼女はそのまま受け取ってしまっていた。


 しかし、元から無いも同然の命だったので、私はこの態度に違和感を覚えることがなかった。頼めば私と共に心中してくれるような、そんな自信さえ芽生えていた。



 私の傍に彼女がいることで、今まで以上に生を実感できていた。まさに私の希求していた一親等に近い存在だった。


 食事に行事、授業から登下校まで全てを共にし、欠点も見つめ合えるような関係性。これには周りの生徒からも、運命共同体と銘打たれるほどだった。不変な普遍がそこにあると錯覚していた私には、これ以上ない肯定だった。



「私は夕美を裏切らないから。ずっと傍にいるから」


 彼女は頻りにそう呟いていた。私たちはまだ幼かったが、それでも愛のような類の存在に結ばれていた。早くもこれが私の青春の幕開けだった。



 こんな風に日常が運んでいくもんで、私はこの相互依存を揺るぎないものだと、信じてやまなかった。




 そうして、私たちは思春期に入った。多感なこの時期になって、彼女は自分を見つめ直したのか、他の女子との人間関係も作りたいと言い出した。

私はそれを認め、黙ってその風景を見つめることにした。


 所詮、その辺の女子たちは泡沫に過ぎず、私の地位は揺るがない。むしろ私の地位も上がってくれる。私のどこかにそんな慢心があった。




 だが、彼女は中学・高校とだんだん美麗さに拍車がかかっていく。どんどんと彼女は大人になっていく。彼女は挙句の果てに公開告白までされる様相と化していた。


 対する私はお世辞にも容姿端麗とは程遠い風貌をしていて、弁も立つ彼女との間には、どう見積もっても格差が生じていた。


 失敗だったのが、利害というものにいち早く勘づいたのが、彼女本人だった。



 徐々に彼女が別の輪を作って、私との距離が生まれている。もちろん、私との関係も続いてはいるが、一時のそれとは比べ物にならないほど口数が減っていた。



「……私は見捨てられてしまう」


 西風の吹き荒れる九月のこと、私は彼女のにこやかな面を観て、そんな感覚に陥った。


 自分に都合のいい相手と関わりを持つのは人間の性である。だが、私との間には固く契ったなにかがあったはずだった。


 それでも彼女は私利私欲に走っていった。別の女子と帰ると言って私を孤独に下校させたり、ペアの相手が私でない別の女子に切り替わったりと、状況は既に彼女の手綱を引けないところにまできていた。


 これには恐怖、絶望、寂寞といった負が至るところに入り込んで私を切迫した。



 その矢先、修学旅行のグループ分けがなされることになった。


 彼女がいない私など、綿毛の飛びきったタンポポ同然で、これにはどう足掻いても彼女の存在が必要だった。


 だが、私はすぐに一声かける勇気をなくした。彼女が見たこともない風采の女子と手を結んで、一緒の班云々と語り出したのだ。


 私は見るも無残な姿で奈落の底へと突き飛ばされ、人生がここで終幕したような感じを覚えた。


 彼女たちが班名簿を書きに去り行くと、親の死で出し切ったはずの涙が溢れ出し、私は裏切りにあったのだと自覚した。つまり、仮初の一親等が潰えたことをも意味していた。



 彼女は私との約束を反故にした。これはたしかに裏切りというに等しかった。瞳の裏に涙が浮かんで、それを天井のシミを見つめて堪え恵る。こんな光景、死んでも味わいたくなかった。



 だが、誰かがこんなことも言っていた。この世に事実なんて存在せず、あるのは解釈のみだと。そこで私は自分にこう訊ねた。



 彼女は本当に私を裏切ったのか。



 帰路につくなかで自問自答していくと、やがて彼女が洗脳にあったという解釈が浮かんできて、最終的にこれが私も彼女も守れる、唯一無二の回答だった。

そうなれば、私は彼女の洗脳をとくだけの義務があり、約束事項を果たしてもらうためには少し小癪な手を使っても致し方ない。



 私は彼女をまた一親等にさせる。

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