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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
悪役令嬢の追放と、噛み合わない悪党たち

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2/7

死の森の入口で、護送兵はセレーナを放置した。

文字通りの放置だった。馬車の扉を開け、「降りろ」とだけ言い、セレーナが地面に足をつけた瞬間に馬を走らせた。追放者に言葉をかける義務はない。ここから先はただの死体予備軍だ。

セレーナは土埃が収まるのを待ち、周囲を観察した。

巨大な樹木が空を覆い、地表にはほとんど陽光が届かない。空気は湿り、腐葉土の匂いが濃い。遠くで何かの獣が唸る声が聞こえる。王国が追放者を送り込む処刑場——死の森。ここに放り出された者の大半は、三日以内に魔物の餌になる。

セレーナは恐怖を覚えなかった。

代わりに、解析アナライズを起動した。

視界が変わる。通常の視覚に重ねて、魔力の流れが蛍光色の線として浮かび上がる。森の中を循環する魔力は濃密で、複雑で、そして——驚くほど豊かだった。闇属性の魔力素材がそこかしこに自生している。腐敗した有機物が魔力を宿し、それが土壌に還元され、また新たな生命を育てている。完璧な循環。

この森は「死」の名を冠しているが、実態は正反対だ。むしろ王都の方が死に近い。奇跡で無理やり維持された土壌、光魔法で汚染を「見えなくしている」だけの水源。あちらの方がよほど不自然で、持続不可能な環境だった。

足元に、紫色の苔が群生していた。触れると微量の闇属性魔力が指先に伝わる。王都では厳禁の素材だ。しかしここでは、ただの苔として自然に生えている。毒草も薬草も、闇魔法の触媒も、人間の「禁忌」など知らぬ顔で繁茂している。追放の地が、闇の研究者にとっての楽園とは。運命は皮肉がお好きらしい。

「……生存は可能」

セレーナは手袋をはめ直し、森の奥へ踏み出した。

最初の遭遇は、予想外の形で訪れた。

セレーナが適当な空き地を見つけ、防御結界の設計を始めたときだった。頭上——三メートルほどの枝の上から、声が降ってきた。

「あんたは何ができる?」

セレーナは即座に上を見た。

少年だった。砂色の短い髪。灰緑色の目。年齢は十四、五歳に見えるが、その目だけが異様に老けている。痩せた体を枝に預けて、こちらを無表情に見下ろしていた。服装は地味で、森の色に溶けるような暗い茶と灰。腰には小さな水筒と薬の小袋だけが下げられている。武器らしきものは一切見えないが、右手の指先に微かな変色がある。薬品か毒物を日常的に扱う人間の手だ。

——いつからいた?

セレーナのアナライズは常時起動していた。にもかかわらず、この少年の存在をまったく感知できなかった。魔力反応がゼロ。体温すら抑制されているのか、熱の揺らぎもない。まるで枝の一部のように、そこに「存在していなかった」。

「……暗殺者、ですか」

「質問に答えろ。あんたは何ができる」

少年は名乗らなかった。質問を繰り返した。相手の利用価値を測ること——それが、この少年の最初の行動原理なのだろうとセレーナは判断した。

「闇魔法を使います。分析、分解、再構築が専門。戦闘は不向き。そちらは?」

「カイ。殺す、隠れる、毒を作る」

自己紹介というには簡素にすぎた。しかし、必要な情報は過不足なく含まれている。合理的な男だ、とセレーナは評価した。

カイが枝の上から顎で森の奥を示した。

「奥にあと二人いる。片方は強い。もう片方は、よくわからない」

* * *

「強い」方は、すぐに見つかった。

森の奥の窪地で、大型の魔物——角猪かくちょの死骸のそばに男が座っていた。角猪は鼻先から尾まで三メートルはある巨体で、頭部に生えた二本の角は鉄よりも硬いとされる。その角猪が、胴を一刀のもとに両断されて転がっていた。斬撃の跡は滑らかで、刃が肉と骨を一切の抵抗なく通過したことを示している。

その傍らに座る男は、大柄で筋骨隆々。黒い短髪に、左頬から顎にかけて走る古い刀傷。鉄灰色の瞳。全身に黒い鎧を纏い、手にした大剣は血に濡れている。しかしその血は、角猪のものではなかった。

男の両腕に、無数の切り傷があった。古いものも、新しいものも。血はまだ乾いていない。自分の血を——自分で流している。

セレーナのアナライズが、男の剣に残留する魔力を読み取った。闇属性。しかし通常の闇魔法とは根本的に構造が違う。外部の魔力を一切使っていない。燃料は全て——男自身の血液と生命力。

完全に自己完結した戦闘体系。他者からの搾取がゼロ。

ヴェルナーの鉄灰色の瞳が、不意にセレーナを射抜いた。魔力で探られたことに気づいたのだ。歴戦の戦士が、他者の魔力の接触を看過するはずがない。セレーナは一瞬身構えたが、男はそれ以上何も言わなかった。敵意ではなく、ただ「知覚した」という事実の確認。

「ヴァルモント公爵家の令嬢か」

男がセレーナを見上げた。名を知っている。追放の噂はここまで届いているらしい。

「セレーナ・ヴァルモントです。あなたは——聖騎士団の脱走者ですね」

男の目が鋭くなった。

「元、だ」

「ヴェルナー。元・第三師団長。背約の黒騎士」

セレーナは追放前に目を通した騎士団の記録を思い出していた。聖騎士団の精鋭が突如として光魔法の使用を拒否し、脱走した事件。当時は「堕落」と断じられたが——今のセレーナには、その理由が推測できた。

「ここには何もない」

ヴェルナーは立ち上がり、背を向けた。

「帰れ」

「帰る場所がないから、ここにいるのですが」

「なら勝手にしろ。ただし、俺に近づくな」

ヴェルナーは去った。会話はそれだけだった。

* * *

「よくわからない」方は、文字通りだった。

それは地面から生えるようにして現れた。

全身を灰色のボロ布のようなローブで覆い、深いフードの奥に顔があるのかどうかすら判然としない。わずかに覗く手は骨と乾いた皮膚が混在し、人間のものかどうかも怪しい。微かに土と乾燥した花の匂いがした。

その存在は、枯れた木の根元で死んだ小型魔物を分解していた。文字通りの分解。触れた箇所から有機物が急速に崩壊し、茶色の粉末に変わっていく。粉末はそのまま土壌に混ざり込み、周囲の草が一瞬だけ青みを増した。

死骸を、養分として、土壌に還している。

セレーナのアナライズが、その魔力構造を読み取ろうとした。しかし——読めなかった。解析結果が返ってこない。というよりも、解析しようとした瞬間に、魔力の流れが霧のように拡散してしまう。この存在そのものが「循環」の一部として溶け込んでいるかのようだった。

「おや、お客様ですか」

声に性別はなかった。高くも低くもなく、会話のたびに音程が微妙に変わる。

「ちょうどよかった。死体が余っているのですが、使いますか?」

セレーナの後ろで、カイがわずかに気配を硬くした。ヴェルナーなら無視しただろう。だが、この存在に対しては、暗殺者の本能が警戒を発しているらしい。

「……あなたは、何者ですか」

「モルスと呼ばれています。死霊術師——と分類されることが多いですね。実態とは少し違うのですが、まあ、細かいことは」

モルスは枯れた魔物の残骸を撫でながら、独り言のように呟いた。

「……ああ、この循環の崩れ方。どこかで見たことがある。いつだったか。ずいぶん昔のことです」

「何の話ですか?」

「思い出話ですよ。気にしないでください」

ローブの奥で、何かが笑ったような気配がした。

セレーナはモルスから目を離さなかった。アナライズで読み取れないという事実そのものが、この存在の異常さを証明している。セレーナの解析は王国の魔法体系の全てを網羅しているはずだった。読めないということは、その体系の「外」にいるということだ。

三人。暗殺者、暗黒騎士、死霊術師。

王国が追放と脱走と「死」によって切り捨てた人間——あるいは、かつて人間だったもの——が、この森に集まっている。偶然ではない、とセレーナは思った。死の森は王国にとっての「ごみ捨て場」だ。しかし、ごみの中にこそ、使える素材がある。

問題は、この素材たちが自分の手に収まるかどうかだ。


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