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判決は三秒で終わった。
王都ルミナス、大裁判所。白亜の円蓋の下で、裁判長が羊皮紙を開いたとき、セレーナ・ヴァルモントはすでに結末を知っていた。
「被告人セレーナ・ヴァルモント。闇魔法の研究および王国転覆の企図により、死の森への永久追放刑に処す」
傍聴席がざわめく。ヴァルモント公爵家の令嬢が追放される——それ自体は、ここ数日の王都で最も話題になっていた噂だ。しかし実際に判決が下されると、人々は改めて息を呑んだ。名門中の名門が、一夜にして没落する。その瞬間を見届けようと、傍聴席はすし詰めだった。
セレーナは一言も弁明しなかった。
弁明する意味がなかったからだ。
彼女が学術院で三年をかけて構築した仮説——光魔法は星の生命力を前借りしている——を法廷で証明すれば、自分の無実は立証できる。しかしそれは同時に、勇者の奇跡が世界を食い潰しているという事実を公にすることを意味する。王国がそれを許すはずがない。彼女を追放するために仕組まれた裁判で、真実を叫ぶのは合理的ではなかった。
だから黙った。沈黙もまた、計算のうちだ。
傍聴席の最前列に、一人の青年が座っていた。金髪碧眼。白銀の鎧。勇者リオン。彼が口を開いた。
「哀れな魔女が、いつか光の下で更生できることを祈っています」
声は澄んでいて、暖かかった。民衆はその言葉に涙し、勇者の慈悲深さを讃えた。
セレーナだけが、別のものを見ていた。
リオンの目。碧く澄んだ瞳。しかし、その焦点がどこにも合っていない。何かを見ているようで、何も見ていない。自分の言葉を語っている人間の目ではなかった。台本を読み上げている——いや。台本を「読んでいる」自覚すらない人間の目だ。
セレーナはその瞳の奥を、魔力構造解析で覗こうとして、やめた。ここでそんなことをすれば、本当に処刑される。
傍聴席の後方に、もう一つ、セレーナの視界に引っかかる顔があった。
エルザ・グレーヴェン。学術院の同期。現在は勇者の側近の一人で、記録係を務めている。エルザはセレーナと目が合った瞬間、視線を逸らした。
セレーナは理解した。
——彼女は、私の論文を読んだのだ。査読者として、内容が正しいことを知っている。知っていて、不合格の判定を出した。知っていて、今日もあの席に座っている。知っていて——黙っている。
責める気はなかった。エルザには家族がいる。守るべきものがある。真実を語れば、セレーナと同じ運命が待っている。沈黙は、彼女なりの合理的判断だ。
ただ、セレーナとエルザの間には、たった一つの違いがあった。
声を上げたか、上げなかったか。
それだけだ。それだけが、今日この瞬間、裁かれる側と見ている側を分けている。
裁判長が追放刑の執行日——本日即日——を告げると、法廷の空気が変わった。傍聴人たちが隣同士で囁き合い、顔を見合わせる。哀れみの表情。しかしセレーナはそこに、別の色を読み取った。安堵だ。闇魔法の研究者が排除されたことへの、群衆としての安堵。彼らにとって世界は単純にできている。光は正義、闇は邪悪。勇者は善、魔女は悪。疑う必要すらない秩序。その秩序が守られたことに、傍聴席は安堵しているのだ。
セレーナは唇の端で笑った。笑っていることを誰にも気づかれないほど、小さく。
あなたたちの「安心」の代償が何か、いつか知ることになる。
護送の前に、最後の面会が許された。
ヴァルモント公爵——父は、娘の勘当書類に署名を終えたばかりだった。家名を守るための処置。当主として正しい判断。セレーナはそれを責めるつもりはなかった。
「家長として正しい判断です、お父様」
父は何も言わなかった。ただ、白い手袋を一組、セレーナの手に握らせた。公爵家の紋章が縫い取られた、上等な革の手袋。
「……体を、冷やすな」
それが最後の言葉だった。
セレーナは手袋を受け取り、護送馬車に乗った。振り返らなかった。合理的に考えて、振り返る意味がないからだ。
——そう、自分に言い聞かせた。




