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在りし日の、いつもの朝

「ロイ、遅い。」


「ミアが早いだけだよ。」


 僕は轍を早足で歩く。朝靄の中にいる僕らを、更に陽が包む。彼女は、僕の曖昧な影を踏みながら、距離を測るように何度も振り返る。その度、紫のポニーテールが揺れた。


「そんなに急いでもギルド、開いてないよ。」


「ギルドはね。ロイ。着いたらやることいっぱいあるよ?準備も必要だし、着く頃には店も順番に開くんだから。買い足す物もあるでしょ。そのまま戦うつもり?」


 顔を少し横にして話す。目は、見えなかった。彼女は、弓の入った布袋を肩に掛け直し、ゆっくり前を向く。

 気が立っている彼女を見て、僕はそれ以上何も言わないことにした。彼女の言う事は正しいと思う。ただ、それでも早いと思った。

 聞こえる音は、鳥の鳴き声と僕らの足音だけ。

靄の先にあるユグドラシルの樹のシルエットが、少し大きくなっていた。


 街に着くと案の定、ギルドは開いていなかった。リュックが少し重く感じる。彼女は何も言わない。僕も何も言わなかった。


 武器屋も、道具屋も、情報屋も、静まり返っている。仕方無く、僕たちは市場に向かうが、客はおろか、売り子も立っていない。



「ミア。やっぱり早すぎたよ。」


「ええ…。そんなの…、分かってる。」


「…。気持ちは、凄く分かるよ。」


「…。」


 彼女は、ゆっくりと止まった。僕はやっと追いついて彼女を見ると、顔が強張っていて、切羽詰まっているような表情をしていた。


「少し休憩しよう。」


僕たちは、大通りを折れて少し歩いた。崩れた石垣が目に入り、どちらが言うともなく石垣に座った。

 リュックを下ろし肩を回す。肩が圧迫から解放されて、じりじりと熱を出している気がした。彼女は僕の隣で遠くを見ていた。

 僕は水筒を出して、ミアに渡した。


「ミア。飲みなよ。」


 ミアは水を一口飲む。


「ロイ。ごめんね。」


「焦らなくてもいいよ。」


「もうこれ以上、家族増やしたくないから。」


「…。分かってる。俺も同じだから。」


「ありがとう。」


 彼女はごくごく水を飲み、今日初めて微笑んだ。

 人の気配がして、僕は大通りを覗く。眠たそうに歩く人や、険しい表情で眠気と戦う人が目に入る。行き交う人々を見て、街の目覚めを感じた。


「ロイ。朝ごはん食べよ。」


「うん。」


 僕たちは、人が交差する方へ歩く。するとすぐに何度か来たことのある店が見えた。

 大きな黒い日除けの布が、通りに面して張られており、その下で店主が丁度、テーブルと椅子を並べている。僕たちに気付いた店主は、にこやかに笑うが、目の奥で、僕たちが客かどうか、見極めているのだろう。

 僕は安心させるように、指を2本立てて、「2人ですが、もう開いていますか?」と確認した。

 店主の口角が僅かに上がった。彼の本当の笑顔が見えたように思えた。


「ロイ、疲れるでしょ?気遣いし過ぎ。」


「え…?何のこと?」


呆れたように彼女が僕を見ている。「まぁいいや。」と、メニューに目線を落とし、「これにしよ。」と素早く決める。僕は既に何を頼むか決めていた。

 僕が店主に声を掛けるタイミングを伺っていると、彼女は「すみませーん。」と声を掛ける。店主は、手を止めて駆け寄った。


「ホットケーキのセットと、たまごサンドのセット。コーヒーはどっちもホットで、片方ミルク入りで。」


 店主は店内に戻る。彼女はなんでも早い。


「飽きないの?たまごサンド。」


「うん。飽きない。」


 しばらくすると、朝食が運ばれる。僕とミアはコーヒーを一口飲んだ。

 口いっぱいに広がる苦味と、少しの酸味。芳醇な香りが鼻を通り、喉を通過すると口の中は苦味が消え、香りと甘みが残る。体に染み渡る心地よいこの余韻が、僕は好きだ。

 彼女は、口から大袈裟に離したカップを見て、「苦い…。」と呟き、思い出したかのようにすぐホットケーキを何口も食べた。


 僕たちは食事を終え、ギルドに向かう。影は少し短くなり、彼女はもう僕の影を踏むことは無かった。

 カウンターには、肘をついたエリーさんがいた。ウェーブの掛かった暗めの赤い髪を、指でくるくると巻きながら、手元の紙を眺めている。そのすぐ脇には紙の束があった。すぐに僕たちに気付いた。


「あら。珍しいわね。この前、来たばかりなのに。それにこんな朝早く…。」


 ラウンジには僕たち以外、誰もいない。エリーさんは手招きし、紙の束をミアに見えるように向きを変えた。ミアはゆっくりカウンターへ向かう。カウンター横の大きな掲示板には、依頼書が貼られているが、所々スペースがある。

 

「え?これ、掲載前の依頼書…?早速、見せてくれますか!」


 エリーさんとのやり取りは、ミアに任せて、僕は併設された貸し倉庫へ行く。とにかく、荷物を置きたかった。

 倉庫の中を確認すると、必要そうな物は最低限揃っていた。僕は荷物を整理しながら考える。早朝のミアの焦りに比べて、僕は落ち着きすぎているのかもしれない。


 ミアが興奮気味に駆けてくる。


「ロイ。討伐依頼あったよ!しかも、2つの村から!報酬倍!」


「焦るのも悪くないね。」


「へ?」


「何でもない。」


 僕たちは準備に取り掛かった。


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