在りし日の、準備
「お。やっと来た。」
彼女はラウンジの椅子に腰掛け、足を組み僕に声を掛ける。机の上には地図が広がっていた。
「お待たせ。もう弓の調整は終わったの?」
「まぁーね。」
自慢げに弓を掲げ、指で弦を引っ掛ける。鈍い音と振動は、徐々に収束していく。地図の横に弓を置き、そのまま地図に指を置く。
「イムの村の位置確認してたんだけど、ちょっと変なの。」
「変?」
「うん。ここからそんなに遠くないの。まぁ、前線には近いんだけどさ、だけど、ちょっと入り込み過ぎなんだよね。普段こんなとこまで魔物、来ないと思うんだけど…。」
「入り込み過ぎ?」
ミアは眉間に皺を寄せ顎に手を置く。要領を得ないので地図を見た。
_____________
| |
| ▲ |
| □ ☆ |
| ▲ ●● |
|_____________|
僕たちがいるのは、(☆)アルカディア。大陸の東の果て。これより東は海になっている。この大陸がどこまで広いか僕たちは知らない。分かっているのは、西から魔物がやってくるということだけだ。
(◯)イムの村の北西と南西にも(▲)村がある。確かにイムの村を襲うには、“入り込み過ぎ”ている。
北西と南西の村は前哨基地から発展した村で、
ここを拠点に多くの軍人や冒険者が戦いに出る。 イムの村を、魔族が魔物を使って侵攻するのなら、大規模な陽動作戦になるはずだ。イムの村の壊滅以上の被害が出て、対魔族の大規模戦闘になるだろう。だが、そうなっていない。
“野生の魔物の群れが、たまたま、イムの村を襲った。”…そう考えるのが妥当だと思う。じゃないと、説明がつかない。
「うーん。確かに不自然に見えるけど、魔物の考えてることなんか分かんないし…。たまたまかな…。お気の毒…。だけど…。」
ニノの顔が浮かんだ。口が利けなくなるほどの、恐ろしい体験をしたんだと改めて思った。ニノの気持ちが痛いほど分かる。
僕たちは、運よく生き残れた。僕たち以外は死んだ。家族も友達も全員。魔物の恐ろしさは身に染みている。
僕たちも、オージェさんに縋った。ニノが僕たちにべったりなのも、同じ理由だと思う。オージェさんがしてくれたように、僕たちもニノの心を大事にしたい。
「たまたま…ね。」
ミアは小さく呟く。腑に落ちない様子。僕はなるべく噛み砕いて、考察を伝えた。指を置くと、地図は思ったよりザラザラしていた。
一通り話し終えたが、ミアは「うーん」唸り声を上げている。やがてミアの表情が真剣になっていく。
「私たちも。そろそろ前線に出てもいいかもしれないわね。」
「…。まず目の前のことから片付けよう。」
僕はミアの言葉に敢えて触れない様にした。僕とは違うトラウマの乗り越え方を、彼女は考えていると思う。
「依頼内容の確認だけど、(●)ベンシルの村とコンファスの村からだっけ?代表の場所は?」
「ベンシルの村。」
改めて地図を見る。
イムの村の南、わりと近い2つの村。
現地の有志と共に、魔物を狩って欲しいとの内容だった。
「行こっか。」
ミアは身軽に立ち上がり、僕も遅れて立ち上がる。鎧が掠れて、高い音が鳴った。
ミアを見ていたエリーさんと目が合う。何か言わないといけない気がして「行ってきます。」と僕は言った。「いってらっしゃ〜い」と気が抜けた見送りをされる。
狭い出入り口で、知らない人とすれ違った。彼は、僕に触れない様にさっと身を引いた。
僕たちは、ミアの弓矢の補充をしてから、ギルドの隣にある店に寄る。ミアが店主に目的地を伝える。
隣にいた従業員は欠伸を我慢している様に見える。店主は「コラ!」と、眠たそうな従業員の背を軽く叩くと「痛て」と大袈裟な声が出た。
ミアは、くすくす笑っていた。店主もミアを見て笑いそうになるが抑えている様子だった。
従業員は、はっきりと笑った。また叱られている彼を見て、僕もつられて口元が緩む。
彼の馬車に乗り、ベンシルの村へ向かう。
道中、彼とミアは意気投合していた。僕は、静かに2人の話を聞き、時々発言する僕の一言で、2人は笑った。
ベンシルの村に着いた僕たちは、村長に会いに行く。
羊の鳴き声にのどかさを感じ、初めて来たのに、干し草の青臭さに懐かしさを覚える。
ミアは、一番大きな家の扉をノックする。
「ギルドから来ました、ミアと、ロイです。」
「初めまして。よく来てくれました。あー…。しかし、結構、時間掛かったね。被害はないけど、不安だったよ。
早速、若い衆を呼ぶよ。待っててくれるかな。」
「分かりました。」
囲炉裏の独特な音がする。薪が火で割れ、高く心地のいい音がする。ミアは、何かに囚われるように、じっと火を見つめていた。
火は、ゆらゆらと踊り続けていた。




