4-1 晶人の臨死体験 1
人はどうやって死んでいくのか?実際に心肺停止と臨死体験と死後の世界を経験した者から話を聴いていた方が良いと思われます。知らないより知っていた方がいい。
今のうちに知っていた方が、あなたの「命」と「生き方」は充実するでしょう。
その数年後、晶人は大学院で心理学を学び、教師をしていた。教師不信の晶人には、教師になった理由が二つある。その理由の1つ目は、父から「お前みたいな者は、教育を学べ。」と言われたこと。
その理由の2つ目は、大学時代の恩師に「私には理想となる教師像がありません。教師が大嫌いですから。」と話したところ、「教師が大嫌いだからこそ、いい教師になれるのではないのかね。理想など要らぬ。理想となる教師像を追い求め過ぎれば、自分に似る代わりに、理想とする教師に似るだろう。」と言われたことだった。
晶人は教師になって1年目、医療ミスにより心肺停止と臨死体験と死後の世界を体験した。1度目の心肺停止と臨死体験と死後の世界の体験は、高熱であることを先輩の教師に相談したところ、複数の教師から、
「学校のすぐそばにある病院で注射を1本打つだけで熱が下がり治りが早いよ。」
と言われ、その病院に行ってみた。
すると若い看護師が誤ってピリン系腰痛点滴薬のカシミタールという液体を誤って注射器に入れ、俺のお尻に大きな注射器を用いて注射をしたのだ。
看護師の完全な医療ミスだった。私は会計の時に突然倒れ、コンクリートの床で頭を強く打ったのは覚えている。そして、看護師が大声で
「先生、先生、晶人さんの血圧が30まで下がりました!」
という声が聴こえた。それから、全く声は聞こえなくなった。
「あっ、目が開かない。あっ、声が聴こえなくなった。あっ、息が、息ができない、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、なんて苦しみなんだ。私には、こんな体験をしたことがない。もしかして、俺は、俺は、今から死ぬんじゃないのか!」
俺は、息ができない時点で心肺停止になっていた。人間にとって、息ができずに死ぬ苦しみは計り知れないものだった。息ができない苦しみは、「絶望的な苦しみ」としか表現のしようがない。人間は、心臓が停止しても、脳の中にある低酸素状態の血液で4分前後は意識があるといわれている。私にはその意識があったため、息の出来ない「絶望的な苦しみ」を味わわされたのだ。
その後、突然、奇跡が起きた。それは、心臓が動き出し、体中に血液が流れ酸素を供給するといったものではなく、生き返るものでもない。信じられないでしょうが、息ができないままの状態で「絶望的な苦しみ」から解放されたのだ。俺は自分の頭の中で、いろいろな情報が錯綜するのを感じた。俺は、息ができないということは、つまり心肺停止。そしてもうすぐ「脳死する。」と直感した。
俺はそれから医者により心肺蘇生法を行われ、何度も、肺を押され、口から空気を送り込まれたという。俺は心肺停止の時間に様々なものを体験した。つまり、臨死体験中に様々なことを味わわされたのだ。私はその数分後、奇跡的に息を吹き返し、蘇生することができた。俺に医療ミスをして注射を打った看護師は床に座り込み、大声で泣き崩れていた。
病院は学校に連絡をし、「大和晶人教諭が危篤状態にある。」との連絡をしたため、大勢の先生方が学校の目の前の病院に駆けつけてくれた。その中で先ず、誰かがとても温かい手で私の右手を両手で握ってくれているのを感じた。つまり、感覚が戻ったのだ。次に、「晶人先生、晶人先生、晶人先生、目を覚ましなさい、起きなさい、起きなさい。」という声が聞こえた、これは聴覚が戻ったことを意味する。
そして、目が開いた。すると学年主任でいつも助けてもらい、お世話になっている富山先生であった。これは、視覚が戻ったことを意味する。その後、心肺蘇生法で胸を圧迫されたことにより、肋骨に激しい痛みが起きた。肋骨の全てが折れているのではないかと思うぐらい痛みを感じた。そのため、声を出すことができなかった。学校から駆け付けてくれた先生たちはとても喜んでくれた。中には涙を流す先生もいた。心から有難いと思った。「嗚呼、生き返ることができて良かった。本当に良かった。本当に良かった。」と心の中で何度も何度もつぶやいた。
本章に書かれてある内容に、意義や大切さを感じましたら、お友達やご友人、知人、先輩、後輩の方々にご紹介下されば幸いです。




