3-1 恐怖支配による理不尽な喧嘩のむなしさ
ぼっけもんずには絶えず喧嘩が常に付きまとっていた。私は中学2年になっても兄が持っているジークンドーの本を見ながら、兄の練習風景を手本にして、壇中を打ち抜く練習と懸垂に加え、相手のパンチやキックを事前に捌き、相手のキックの初動をストッピングする練習に明け暮れていた。喧嘩に自信があるため私は自然体でいられた。
ところが、2学期の頃からバックに少年院帰りの危険な先輩や暴走族に入っている先輩たち数人に囲まれ、
「お前、いつも生意気そうにしているよなあ~、名前を教えろよ。」
「大和晶人です。」
「はあっ?やまと?あきと?変な名前だなあ~。お前よお、いつも学校帰りに桜団地の北公園の近くを通るだろう?」
「はい、通学路ですから。」
「お前、何よ、その堂々とした言い方はよお~。」
「普通ですよ。」
「はあっ?普通?舐めてんのか、こらあ!」
「いや、舐めていませんよ。」
「その態度が舐めているっつうんだよ!お前、明日、学校帰りに桜団地の北公園に来いよ。」
「はあっ?何でですか?」
「何でじゃねえんだよ!来いっつたら、来るんだよ!来なかったら、てめえのクラスに乗り込むぞこらあ!」
「はい、じゃあ、来ます。」
と返事をした。私は内心、ドキドキしていた。よりによって、バックがヤバい連中の先輩たちに目を付けられてしまったからだ。私は内心「あの集団相手に喧嘩か?喧嘩すんのか?タイマンなら自信あるけど、十数人を相手に勝てるのかよ?」とだんだん不安になってきた。
翌日の帰り道、私は桜団地の北公園へ行った。北公園は急なカーブの所にあり、死角になって見づらい場所にあるのだ。北公園に着く20m手前で、暴走族のバイクが数台、そして、シャコタンの車が2台止まっていた。「あっ、○○さんまでいるじゃねえかよ、ヤバい、マジ、ヤバい連中ばかりじゃねえか、こりゃあ、かなりヤバい。」と心の中でつぶやいたがもう手遅れだった。北公園に入るなり、恐怖支配の康雄君と呼ばれている先輩から肩に腕を回され、
「お前が大和か?」
「はい、そうです。」
「ふ~ん。そうか。お前、喧嘩が上手いっていう噂じゃねえか。綺麗な喧嘩で瞬殺だって聞いてんぞ。じゃあ、今からタイマン勝負やらせてあげるからよお~、俺はお前に全部賭けてるんだよ、絶対勝てよなあ~。相手は同学年のアイツだ!北野って言うんだ。アイツは体がデカいだけで生意気だからよお~、思い切り殴り合って来いよなあ~。」
俺は、ドスの効いた低い声で、ヤクザのように脅された。タイマン相手の顔は知っていたが、名前も知らないし、話したこともない奴だった。そんな同級生と何の因縁もなく喧嘩をさせられるのだ。内心、「かんべんしてくれよお~、何で恨んでもいない同級生と殴り合わなきゃならないんだよ~。」とつぶやいていた。
するとその後で、不良の先輩たちは、生意気だと思う後輩同士をタイマン勝負させて、「賭博」をしているのだと直ぐに分かった。まだバイクに乗ってふんぞり返っている暴走族の先輩たちは、不良の後輩に一万円札を2枚渡しているのを見た。
私は心の中で、「あ~っ、しまったなあ~、よりによって、康雄君が絡んでいる。康雄君は強い。一度、喧嘩を見たことがあるが、腕は太いし力もあるしスピードもある。自分より体の大きな相手をボコボコにしているところを校庭の裏で見たことがある。暴走族の後ろで旗を振っているという噂も知っていた。私は本当にヤバい人に絡まれた。やがて公園には50人程度のギャラリーが集まってきた。
「よし、もういいな、じゃあ、北野、来い。大和、来い。」
「俺が『始め!』と言ったらよお、タイマンやれよ、いいか。気を抜くんじゃねえぞ!」
俺は公園全体が芝生でホッとした。これなら壇中が狙える。後は、兄に教わった通り、1、2発相手に殴らせてからの正当防衛作戦だ。
「始め!」
いよいよタイマンが始まった。私は敢えて自分から攻撃をしかけずに、両手を相手に向けて、「かかって来いよ。」と挑発した。すると、北野が顔面を殴ってきた。一瞬、フラッとした。シャツの袖で鼻を拭くと鼻血が出ていた。心の中で、「あ~、今の一撃は効いたなあ~。」とつぶやいた。こいつ、結構、パンチ力があるぞ。もう、いいよな。北野が左ジャブを打つ瞬間が分かった。利き腕の右手で捌いた後、
「ダンッ。」
と地面を足で叩きながら速攻で
「ドン!」
と壇中を打ち抜いた。
北野は7mほど吹き飛ばされ、胸を押さえながら大声で苦しんでいた。
「痛え、痛え、痛えよお~。息ができねえよお~。」
勝負はついた。
周囲から大歓声が上がった。
「マジかー!すげえじゃん、大和、喧嘩、めちゃくちゃ強いじゃん。」
「スゲー!」
「スゲー!」
「大和、強ええじゃんよお~。」
「北野が吹き飛んだぞ、普通、あんなに吹き飛ぶかあ?」
私は北野の肋骨の骨折が心配になり北野に駆け寄った。
「北野、どこがいたい?」
「ここ。」
「他は?」
「ここだけがもの凄く痛い。」
「もうしばらくそのままにしていろ、家に帰ったらシップを毎日貼れよ。」
と声を掛けた。
それから毎週のようにタイマン勝負に呼ばれ、賭博のために戦った。やるせない気持ちになった。何度も兄に相談しようと思ったが、兄が出ていくと大きな抗争になるので兄には決して言わなかった。兄の仲間たちも血の気が多い人が多く、隣の大きな都市を仕切っている方々だったからだ。
その日以来、毎週のようにワイシャツが破け、ボタンが千切れ、母からの心配事や注意事が多くなった。先輩たちが卒業するまでの5カ月間、毎週のようにタイマンをさせられた。正当防衛のために最初は殴られていたが、その痛みより、相手を殴った後の相手の痛みの方が私には痛かった。
そんな状況の中、俺のタイマン勝負の応援に駆けつけてくれたのが野田溜之介だった。彼は私の心情を理解してくれた。ワイシャツが破かれるため、途中から体育服でタイマンをするようになったが、勝っても全然嬉しくなかった、でも、自分には十数人の暴走族の連中を相手に勝てる気がしなかった。野田溜之介がそっと、私の学生服を着せてくれる優しさが嬉しかった。
私は、こんな喧嘩を17回もさせられた。相手に1発殴らせた後、常に結果は、
「ダンッ。」
と地面を足で叩きながら速攻で
「ドン!」
と壇中を打ち抜いた。
相手は5、6mほど吹き飛ばされ、胸を押さえながら大声で苦しんでいた。
「痛え、痛え、痛えよお~。息ができねえよお~。」
それで勝負はついた。私の一撃で仕留める喧嘩に暴走族をバックにもつ先輩たちも次第に私のことを怖がるようになっていった。全体重を乗せて、右拳を縦拳にして檀中を打ち抜けば、相手が吹き飛ぶことを見抜けなかったからだ。
「大和、もう来なくていい。お前は強すぎる。賭博にならねえ。もう来るな。」
そう康雄君に言われた。
結局、私にあてる対戦相手がいなくなり、1月頃にはタイマン勝負に呼ばれなかった。かえって、廊下で先輩たちとすれ違うとき、挨拶をされるような立場になっていた。私は、康雄君にもタイマン勝負を申し込まれても負ける気が全然しなかった。もう「壇中」狙いだけでない方法で康雄君を立てなくする方法を幾つも身に付けていたからだ。
しかし、これほどつまらない喧嘩はない。知りもしない、憎しみも、恨みもない相手を殴ること自体が間違っている。私はそれに抗う力がなかった、こんな虚しい喧嘩はない、こんな喧嘩をするために生まれてきたんじゃない。私が求める正義漢はこんなんじゃない。二度とこのような喧嘩はしないと誓った。
【注意事項】
『壇中』を狙った打撃は、人を殺めてしまう危険性のある技です。絶対に真似をしないで下さい。この小説には、この技がこれ以降も登場してきますが、絶対に真似をしてはいけません。
本章に書かれてある内容に、意義や大切さを感じましたら、お友達やご友人、知人、先輩、後輩の方々にご紹介下されば幸いです。
【注意事項】
『壇中』を狙った打撃は、人を殺めてしまう危険性のある技です。絶対に真似をしないで下さい。この小説には、この技がこれ以降も登場してきますが、絶対に真似をしてはいけません。




