第5話 果実
イルミアさんとアナスタシアさんと色々あった日の翌日。
僕は再びアナスタシアさんと一緒に、世界樹の側にやってきていた。
「昨日は楽しかったですね。お上手でしたよ」
「えっと……あ、ありがとうございます……?」
なんて返したらいいか分からない褒めにそう返しながら、世界樹を見上げる。
今日は世界樹の幹が開くことはなかった。
昨日の別れ際、イルミアさんからは世界樹の前に来てくださいって言われたけど、ここでいいんだよね。
「……いらっしゃったみたいですね」
アナスタシアさんの言葉につられて彼女の視線を追うと、上の方からゆっくりと光の玉のようなものが降りてくる。
その玉は僕たちの近くで一層光を増すと、次の瞬間にはイルミアさんへと姿を変えた。
『お待ちしてましたよ、二人とも。そして昨日はありがとうございました。人の営みを体験できて、大変実りが多く、そして幸せな時を過ごせました』
イルミアさんは頬をほんのり赤くしながら言う。
なんか最初に会った時よりも、人間らしくなった気がする。
たくさんの人と一緒に過ごすうちに人間らしくなってきたのかな?
「それはなによりですイルミア様。ところで『種』の方はどうなりましたでしょうか?」
『安心してくださいアナスタシア。あちらを見てください』
イルミアさんは頭上の世界樹の枝を指差す。
そこをよく見ると、枝になにやら赤い『果実』のようなものが、二つなっていることに気がつく。
今まで世界樹に果実がなっていたことなんてなかった。アナスタシアさんも初めて見たみたいで、驚いたようにそれを見ている。
「あれは……」
『今落としますので少し待ってくださいね』
イルミアさんが指をパチッと鳴らすと、その二つの果実がぶちっと枝から切れて落下してくる。イルミアさんが両手を前に差し出すと、二つの果実はその手の中にふわっと収まる。
「イルミアさん。それって……」
『これは世界樹の果実です。種はこの中に入っています』
「世界樹の、果実……!」
驚く僕に、イルミアさんはその果実を一つ渡してくれる。
それの大きさは、僕の両手で包み込めるくらいだった。
形は桃によく似ていて、丸い実の先が少しだけ尖っている。表面には白桃のような細かな産毛が生えている。
真っ赤に熟れたその果実はうっすらと光りを放ち、輝いている。その実からは神力と強い生命力を感じる。命を持っている、そう感じるほどだ。
「えっと、中の種を取り出せばいいんですか?」
『世界樹になる果実には、特別な力が込められています。ぜひ食べて、中の種だけ残してください』
「分かりました。それじゃあいただきますね」
僕は世界樹の実にがぶりと齧りついた。
途端に、柔らかな果肉がとろりと崩れ、溢れ出した甘い果汁が口いっぱいに弾けた。
「おいしい……っ!」
桃より甘く、蜂蜜より濃厚。それなのに後味は驚くほど爽やかで、飲み込んだ瞬間にはもう次の一口が欲しくなる。
「こんなにおいしい果物、初めて食べました!」
『そうですか。それは良かったです』
嬉しそうににこりと笑うイルミアさん。
王都で色々な果物を食べたことはあるけど、そのどれもこの世界樹の果実に遠く及ばない。
それに美味しいだけじゃなく、食べるだけでどんどん体が元気になっていくのを感じる。気づけば僕はそれを全てたいらげてしまい、手の中には丸い種が一個だけ残っていた。
「ああ……美味しかった。いくらでも食べれますよこれは」
『それは私にとってなによりの賞賛です。美味しく実らせることができて本当によかった……』
植物の感覚はわからないけど、自分に実った果実が美味しいのはとてもいいことみたいだ。
もしかして自分に実ったものを食べさせるのは特別な行為なのかもしれないと思ったけど……今更考えるのはやめておこう。
『ではもう一つの果実は、あなたが食べてください。アナスタシア』
「私が、ですか……!?」
目の前に差し出され、アナスタシアさんは驚く。
まさか自分に渡されるとは思ってなかったみたいだ。
「イルミア様。このような神聖なものを私がいただくのは……。二つとも彼に召し上がっていただくのが正しいのではないでしょうか」
『アナスタシア。あなたまだ本調子ではありませんよね? 上手く隠していますが、瘴気の魔物と長期間共に封印されていたせいで、体の奥に瘴気が蓄積してしまっている』
「え、そうなんですか!?」
イルミアさんの言葉に僕は驚く。
アナスタシアさんが瘴気で弱っていたなんて……そんなそぶりなかったのに。
「アナスタシアさん。イルミアさんの言ったことは本当なんですか?」
「……申し訳ありません。あなた様と娘たちに、余計な心配をおかけしたくなかったのです」
「そうだったんですね……すみません、気がつけなくて」
「あなた様は悪くありません。私の方こそ、ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません……」
申し訳なさそうに目を伏せるアナスタシアさん。
するとイルミアさんが世界樹の果実をアナスタシアさんに持たせ、握らせる。
『我が子に弱いところを見せたくない気持ちは、よく分かります。ですが大丈夫です。あなたの娘たちも、他のエルフたちも、みな強く育ちました。あなたがいくら頼っても、もう大丈夫ですよ』
「はい……そうですね。これからは強がらず、みなを頼ることにします」
アナスタシアさんがそう言うと、イルミアさんは嬉しそうに微笑む。
なんだか二人も親子みたいだ。
『さあ、鮮度が落ちない内に食べてください』
「はい。いただきます」
アナスタシアさんは世界樹の果実を「はむ」と一口食べる。
小さな一口だけど、効果は絶大みたいで、アナスタシアさんの顔色が良くなっていく。
「あぁ……美味しい。ありがとうございますイルミア様。おかげで楽になりました」
『ふふ、それは良かった』
こうして僕たちは世界樹の果実をたいらげ、二つの世界樹の『種』を手に入れた。
これさえあれば新しい村を作れるはず。それが成功すれば死の大地の開拓も大きく進むはずだ。
よーし、頑張るぞ!




