第13話 母と娘
「母上、飲んでください。魔法薬です」
一旦ブラックウィドウをテオドルフに任せたエレナは、母アナスタシアの口元に魔法薬を持っていき、飲ませる。
仲間であるエルフの戦士四人はテオドルフと共にブラックウィドウの相手をしている。すぐにやられることはないはずだ。
アナスタシアは口の中に流される液体を、ゆっくり口の中に含み、飲み込む。
八十年ぶりの液体が口内に行き渡り、乾き切った喉を潤す。時間停止魔法は完全に時を止めることができるわけではなく、内部では緩やかに時が流れている。封印の維持にエネルギーを使っていたせいもあり、アナスタシアの体は栄養も水分も枯渇している状態だった。
「こく、こく……はあ……助かりました……」
魔法薬を飲んだアナスタシアの顔色は、みるみる内に良くなっていく。
魔法薬調合台によって作られたその回復薬は強い回復効果を持っていて、弱り果てていたアナスタシアの体を一瞬にして癒してしまう。
まだ本調子ではないが、アナスタシアは自分の足で立ち、動けるほどの元気を取り戻した。
頭も働くようになったアナスタシアは、周囲の状況を確認し、現状の把握に努める。
(この二人のエルフは、本当に私の娘のようですね……よくここまで大きく育ってくれました……)
アナスタシアは目頭が熱くなるが、溢れそうになる涙を堪える。
今はまだその感情に身を委ねる時ではない。
アナスタシアはブラックウィドウの方に視線を動かす。
そこでは四人のエルフの戦士と、人間が戦っていた。
エルフの戦士は分かる。その中には彼女と顔見知りの者もいる。
しかしもう一方だけは分からなかった。
まだ幼い、人間の男子。彼は不思議な力で壁や武器を生み出し、ブラックウィドウと渡り合っていた。
魔法とも違う、謎の力も気になるが、娘やエルフの戦士たちが彼の指示に従い、そして強い信頼を寄せていることが気になった。
アナスタシアがいる頃の里は、人間などおらず避けて暮らしていたからだ。
「あの者はいったい……? アンナ、なぜ人間があなたたちと共に行動を……?」
「安心してくださいお母さま。あの方は、旦那さまは私たちの絶対的な味方です。どんな困難な状況も、旦那さまならなんとかしてくださります」
「アンナ……あの者を、信用しているのですね」
母の問いに、アンナはこくりと頷く。
アナスタシアは(旦那さま……?)と頭の中で少し戸惑いながらも、自分もその少年を信用することに決める。娘が信用した人物ならば、根拠は十分。他に理由はいらなかった。
アナスタシアは二人の娘の力を借りて立ち上がると、長年共に封印されていた自分の杖をつき、八十年ぶりに自分の力で大地に立つ。
「お母さま、まだ動いては危ないんじゃ……」
「仲間が戦っているというのに、休んでいるわけにはいきません。ブラックウィドウを倒すのでしょう? あれと因縁深い私も戦います。アンナローゼ、エレオノーラ、あなたたちに手伝ってもらえると助かるのですが……やれますか?」
母の問いを聞いた二人の姉妹は、お互いの顔を見合わせた後、「「はい!」」と元気よく返事をする。
八十年前はまだ幼く、力になることができなかった。
なにもできないまま母を送り出し、そして母はそのまま帰ってこなかった。
もしあの時、力があれば。
大きくなりそう悔やんだのは一度や二度ではない。
しかし今は共に横で戦うことができる。頼ってもらうことができる。
二人はそのことがとても嬉しかった。
「母上には指一本触れさせませんから安心してください! 奴の皮膚は私が切り刻みます!」
「魔法のサポートは私が。私、里の中で一番の森司祭になったんですよ」
自信に満ちた様子でそう言ってくる娘たちを見て、アナスタシアは目を細めながら「ええ、頼りにしてますよ」と言う。
娘たちは、自分の想像以上に立派に育ってくれたようだ。
自分がいない間、どう過ごして来たのか。どうして人間と行動と共にしているのか。
聞きたいことは山ほどあるが、今はそれを口にはしない。
それをするのは全てを終えてからでも遅くはない。
「行きますよ。ブラックウィドウに、親子の力を見せてあげましょう」
「「はい!」」
こうして三人は、暴れるブラックウィドウのもとへ一緒に向かうのだった。




