第11話 封印されし母君
「そんな、本当にアナスタシア様が……!?」
隣にいるウェンディさんもそのエルフを見て驚愕する。
どうやら二人のお母さんはアナスタシアという名前みたいだ。
アナスタシアさんは目を閉じてピクリとも動かないけど、その顔には生気がある。生きているようにしか見えない。
この洞窟の中でなにも飲まず食わずだったはずなのに生きてるなんて、いったいどういうことだろう。
それにアンナさんたちはお母さんが「死んだ」と聞いているはずなのにどうして?
「……おそらくお母さまは、封印を解く者が現れないように、自分が死んだことにしたのでしょう」
僕の疑問を察したかのように、アンナさんが言う。
まだその表情は困惑したままだけど、自分の足で立ちアナスタシアさんをしっかりと見ている。
「どういうことですか?」
「お母さまが使ったのは、封印魔法でも最上位に位置する『時間停止魔法』だと思います。時間停止魔法の封印効果は非常に高いですが、その代わり術者が共に封印に入らなければなりません。そして生きながら魔力を供給し続けなければなりません」
「え、でもなにも食べられないのに何年も持つんですか?」
「術者にも時間停止をかけるため、食事の必要はなくなります。魔力を消費するため術者は緩やかに衰弱していきますが、それでも数百年封印は持つでしょう」
「そんな凄い魔法なんですね。でもなんでアナスタシアさんは自分が死んだと偽ったんでしょうか?」
「私には分かります。だって……」
アンナさんは動かないお母さんを見たまま、涙を流す。
「お母さまが生きていると知ったら、封印を解こうとしてしまいますもの。たとえそれでブラックウィドウの封印が解かれることになってしまっても」
そうか。確かにその通りだ。
アナスタシアさんはアンナさんの優しさを理解していたから、自分が死んだことにしたんだ。
そうすれば封印を解こうとする者は現れない。自分一人が犠牲になることで、エルフの里に住むみんなを救ったんだ。
それはきっと凄い覚悟だったと思う。
「アナスタシアさんが死を偽った理由は分かりました。でもなんで数百年は持つ魔法が、もう解けそうになっているんでしょうか?」
「それほどまでにブラックウィドウの力が強かったのだと思います。それと世界樹様がこの地からいなくなったのが大きいかと。世界樹様がいる地には、聖なる力が宿ります。ご存知の通り、世界樹様は今はルカ村に移動されました。この地から聖なる力が消え、ブラックウィドウの力も増してしまったのだと考えられます」
「なるほど……」
世界樹のおかげでブラックウィドウの力が抑えられていたんだ。
だからエルフのみんながここから去ってから、ブラックウィドウの力が増したんだね。
「お母さま……こんな暗いところで、一人で、私たちを守ってくれていたんですね……」
アンナさんはお母さんに近づくと、ペタリと手を触れる。
だけど瘴気はその全体が半透明の壁に包まれていて、アナスタシアさんもその中にいる。だからアンナさんの手はその壁に触れることしかできず、数センチ先のアナスタシアさんには届かない。
八十年ぶりに再会したのに、話すことも触れることもできない。
それはどれだけつらいことなんだろう。
「姉上……」
「分かっています、エレナ。泣いている暇などないことくらい。しかし『時間停止魔法』は特殊な魔法、かけ直してしまえば数年……いや、数十年は解くことができなくなってしまいます。私はまた……お母さまをここに置き去りにしなければいけない……」
ぼろぼろと大粒の涙を流すアンナさん。
エレナさんも動かないアナスタシアさんを見ながら、目に涙を浮かべている。
一番安全で確実な手は、封印をかけ直し、継続的にこの封印を監視して、封印が弱まったら解除してみんなでブラックウィドウを倒すという方法。
だけどそれをすれば、アナスタシアさんは人柱となってここで封印され続けなければいけない。アンナさんとエレナさんはやっと再会できたお母さんを見捨てなくちゃいけなくなってしまう。
それに次封印が弱まった時、アナスタシアさんが無事とも限らない。ブラックウィドウが活性化してアナスタシアさんを手にかける可能性だって考えられる。
僕はこの領地の領主として、みんなを守る責務がある。
普通に考えたら封印を再び施してと、アンナさんに頼むべきなんだろう。でも、
「いやだよ……お母さん……」
まるで子どものように涙を流すアンナさんに、そんなこと言えるはずがなかった。
「すみません、旦那さま……今封印をかけ直しますので……もう少しだけ待っ……」
「いえ、その必要はありません」
封印に触ろうとする手をつかみ、僕はそれを止める。
いきなり止められたことでアンナさんは驚き、目を丸めて僕を見る。
「封印をかけ直す必要はありません」
「え……?」
「逆です。封印を解いてください、アンナさん。お母さんを助けて、ブラックウィドウを倒しましょう!」
「――っ!?」
口を手で押さえ驚くアンナさん。
その綺麗な瞳から、また大粒の涙がこぼれ落ちる。
一方エレナさんは驚いたように口を開けた後、嬉しそうに「ニッ」と笑う。
「その言葉を待っていたぞテオドルフ。それでこそ私が選んだ男だ」
エレナさんはそう言った後、ウィンディさんたちに「やるぞお前たち!」と発破をかける。
みんなもやる気みたいで、「おう!」とそれに元気よく答える。
よかった。みんな気持ちは一緒みたいだ。
「安心してくださいアンナさん。あなたにつらい役目は負わせません。アナスタシアさんを助けて、みんなで帰りましょう」
「……はい。みんなで……一緒に……!」
涙を拭ったアンナさんは、僕の手を握って封印に向かい合う。
よし、やるぞ!




