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カルテット、4/10000。  作者: 三香


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10000人レース ー23 3日目

 理々の奥底には、人間の天敵は人間、という思いがある。


 そんな理々が少数とはいえ祐也をはじめ、心から信頼できる相手と巡りあえたことは僥倖といえた。もし、妄執のような粘着の愛情の祐也に深く執着されなければ理々は、一生不自由しない亡き両親の遺産を使ってひとりの世界を堪能して、誰にも会わず学校にも通わずに理々なりに幸せに暮らす道へ進んでいた。


 3年前、理々は事故にあった。

 両親は即死、一人娘の理々は軽傷だった。

 葬式後、親族が集まった。理々の今後の話し合いのためだ。ひたすら泣き続ける理々は別室で休んでいた。

 様子を見に祐也が別室を開けた時、そこには叔父が小さな理々の上に馬乗りとなり、理々の細い首を絞めていた。

 祐也が叔父を蹴り飛ばし、理々の命は助かったが、その後が地獄だった。


 その場には親族しかいなかった。それが最悪だった。


 親族は、身内から犯罪者をだすことを嫌悪した。それなりに地位のある親族が多く、自身の保身を第一とする親族は叔父を庇うことを選んだ。つまり理々に沈黙を要求したのである。


 親族に反論し理々を擁護してくれたのは祐也の家族のみであった。


 事故の直後は、「理々だけでも助かってよかった」と言っていた叔父は「親といっしょに死んでいれば、俺たち兄弟に遺産が全部きたのに」と理々の首を絞めた。その叔父を親族は庇い、理々に殺人未遂などなかった、と口をつぐむことを強要したのだった。


「仲のよい祐也が犯罪者の甥になってもいいのか? 理々の言葉ひとつで祐也は後ろ指をさされる立場におちるのだぞ」

 と、祐也まで引き合いに出して理々を脅したのである。


 理々は頷いた。被害者であると同時に加害者の姪となる理々は、頷くしかなかった。


 理々は親族たちと絶縁して、ひとりで暮らすことを望んだが祐也の家族が引き取った。理々は未成年であったし、祐也が理々を絶対に離さなかった。

 

 その時から理々は見えないどこかの部分がガリガリと削り取られたかのように、本気で怒ることができなくなってしまった。

 涙は泣きたい時に流すためにあるというのに、水の中で泣くように涙をこぼすようになった理々を祐也は、この時から守ると自分自身に誓ったのだった。


 だから理々は、3日目の朝に女神が再びあらわれて言った言葉に、他の人々のように激怒することはなかった。

 

 レース3日目の朝。


 天空の女神は変わらず小さな太陽の如く輝いていた。


「はーい、女神様よォ。あたしィ、優しいから忠告に来てあげたのォ。

レースに参加して魔獣を殺さないとォ、最初のスキルを貰えないしィ、この世界に適応化もしないわよォ。適応化をしないとォ、空気中の魔素が毒となってェ、みんな死んじゃうわよォ。

なのにィ、レースに参加していない人が多すぎよォ。

それにィ、レース期間中はレベルが上がりやすくなっているしィ、スキルも獲得しやすくなっているからァ、とってもボーナスタイムなのよォ。

それからァ、このレースは学校ごとの団体戦と個人戦があるのォ。

優勝のご褒美はァ、団体戦のトップ校はこの世界の種族への変換ねェ。

異世界人のままのステータス表示だとォ、みんな奴隷決定よォ。異世界人は奴隷かなぶり殺しかァ、どちらかよォ。勝ってェ、この世界の人間に種族変換しないかぎり生きる権利がないのよォ」


 死ぬか奴隷──1万人が声を失う。


「それにィ、個人トップの4人が強すぎィ。

4人の属する学校がァ、何も努力していないのにィ、団体トップなんてダメよォ。ずるいわァ。

だからァ、4人で一枠にして特別に団体戦の11番目にするわァ。

ちなみにィ、個人成績はこれよォ」


 空中に10人の少年少女の顔が映し出される。顔の下には、名前はなかったがポイントが表示されていた。

 1位から4位までは1万ポイント以上あり、5位は1029ポイントであった。


「団体成績はァ、これェ」


 もちろん、11枠目といわれた4人の顔が空中に映る。


「みんなァ、ポイント差がありすぎてガッカリしているゥ? でもォ、大丈夫よォ。

ねェ、5位の子は知っているわよねェ。

ポイント差をひっくり返すゥ、し・く・み。

ねェ、5位の子、教えてあげたらァ?

人を殺すとォ、殺した相手のポイントが貰えるってェ」


 キャハハハッと声をあげて女神が嗤う。


「5位の子はァ、もうォ10人以上殺しているわァ。

だからねェ、みんなァ、1位を殺せばァ、たちまちトップよォ。ただァ、適応化をしていない子を殺してもレベルがないからァ、0ポイントよォ。殺し損にならないようにねェ。

そしてェ、個人戦トップの子へのご褒美はァ、ノゾミヲカナエテアゲル、ことよォ。

みんなァ、生き残りたければ頑張ってェ」


 特大の爆弾を投下して女神の姿が消えた。


「チクショウ!!」

 高広が傍らにあった木を拳で殴りつける。


 4人はドームホームの前で女神の話を聞いていた。万一の時は、ドームホームの結界へと逃げこめるように。


「くそ女神! 人を殺せだと! アイツ、殺しあいをしろと笑っていた!!」

 高広の優しげな垂れ目が怒りに鋭く尖った。


 彩乃は青い顔で、空中に映し出された順位を睨む。

「私たちの顔が……」


 祐也の顔も厳しい。

「ためらいもなく人を殺せる人間ばかりではないと思うが、女神は僕たちに人殺しの大義名分を与えてしまった。生存という目的のためならば、人を傷つけることも人を殺すことも、たとえ相手が無抵抗であっても生き残るためという理由で自分自身に言い訳ができる。仕方ないことだ、という言い訳を」

 祐也の真っ暗な瞳孔がジワリと開く。

「これが、女神のレースか──殺し殺される様を見たいのか? それとも夢のように1万人が手と手を取り合い団結して難局に立ち向かい、困難を乗り越えるとでも? すでに人殺しは始まっているのに」


 理々が穏やかに言った。

「あのね、逃げようよ? 襲われたら理々も反撃をするけど、これは女神様のレースで遊びでしょう。遊びで人を殺すなんて許されないことだよ。理々たちには逃げられるスキルがあって、逃げこめるドームホームと100年セットもある。人を殺さず逃げることは綺麗事を言っているのじゃなくて、ひとつの手段だと思うの」


 祐也と高広と彩乃が理々を見た。


「理々たちは、人を殺すために強くなるんじゃなくて、逃げるために強くなろうよ」

読んで下さりありがとうございました。

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