ずっと一緒だよ。⑩
いつも有難うございます (o_ _)o))
挙式の間ずっと牧師の後ろでガンくれている椥に、沙和と篤志は終始顔を引き攣らせることになる。
招待客は、二人が緊張のあまり引き攣っていると思っているようだけど。
椥がこの結婚式を静観する訳がないと、妨害になれ過ぎてしまった二人には、悲しいかな、断言できてしまう。
この時、傍から目に捉えられない攻防が繰り広げているとは、隼人と美鈴以外がまさか気付くわけもなく、一見粛々と進行していく。
挙式の見せ場になる頃。
宣誓しようとした篤志の口を押さえつけ、誓わせないようにする椥をヴェール越しに睨みつけると、目を右往左往させて離れて行く。そんな兄を冷ややかな視線で追いかけて牽制しつつ、沙和が宣誓すると椥が目をうるっとさせて、次には悔しそうに篤志の頭を小突いていた。
指輪の交換になり、またも椥の手が伸びてくる。つい、沙和が小さく舌打ちしてしまったら、ビクビクして手を引っ込めた。
(まったくもお。不興を買うのが嫌なら、余計なことをしなければ良いのに)
こっそりと溜息を吐く。
どうしても邪魔せずにはいられないとは、困った兄だ。
誓いのキスが宣言され、篤志がヴェールアップした。目が合うと何方からともなく苦笑が浮かぶ。本来ならここで、幸せに満ち満ちた微笑みを交わす所だろうに。
篤志の顔が近付いてくる。
沙和はそっと瞼を下ろし―――椥の舌打ちを聞いた。
刹那、沙和は椥を横目に睨んだけれど、篤志は咄嗟に唇から頬に軌道修正するほどのプレッシャーを与えられていた。
(不憫すぎるよ、篤志)
結婚証明書の署名の段になり、今度は篤志の手をがっちり掴んで邪魔をしてきた。書かせまいとする椥に抗ってると、流石に少し騒つく。篤志が咄嗟に「緊張で手が震えて」と言ったら、如何にも篤志らしいと笑いが漏れた。
根性で書き上げるまで大分時間を要した所為か、篤志は疲労困憊の様相を呈している。心配そうに篤志を窺う沙和の耳元で『後悔しないか?』と何度も確認しながら、やっぱり署名を邪魔してきた。新郎新婦が揃いも揃ってそんな事をしているから、お陰で牧師に「ふざけないで下さい」と囁くような声で叱られ、椥を睨もうにも牧師の目の前でそんな素振りを見せる訳にも行かず、悔し涙を浮かべれば、やっと手を開放された始末である。
牧師も椥も、ちょっと狼狽えていた。
そう言えば婚姻届けの時も散々邪魔されたんだった、と数日前のことを思い出す。
書く度に使い物にならなくなり、一旦諦めた振りで椥がいない間にフェイント提出したくらいだ。その後烈火の如く(篤志に)怒り、役所のデータを改竄してやろうかと不穏なことを呟いていたが、本気ではない事を祈るばかりだ。
かなり不安……ではあるが。
二人の結婚式なんて絶対に出ない! と宣言していた美鈴が、披露宴の早々から浴びるように酒を喰らい、日本人形のような端正な面立ちが、半眼の呪い人形の形相に様変わりした頃、篤志に絡みまくっていた。
彼女が沙和の事で篤志に管を巻くのは、まあ通常運転である。だから二人の因縁を知る者は誰も美鈴を止めないし、旧友たちがその無法地帯にわざわざ挑んで行く辺り、沙和には酔狂としか思えない。
それでも、揶揄いの言葉と共に祝いの言葉を貰えば、胸の中がほこほこと暖かくなった。
旧友たちに「だらしない顔」と冷やかされれば、篤志は「数多の邪魔や困難もあったけどさ」と椥と美鈴に素早く視線を走らせる。それから沙和の顔を愛おしそうに見つめると、蕩けそうな笑みを浮かべた。
「やっと沙和をお嫁さんに貰えたんだから、こんなに幸せな事ってないだろ。顔が緩むくらい許せって」
と返して、仲間たちからぐちゃぐちゃに捏ね回されていた。
招待客の余興が始まると、準備の為にひな壇から人が引いて行く。
二人の間に割り込んで、腕を組み踏ん反り返る椥へ躰を僅かに向け、篤志が「椥さん」と声を掛けた。沙和と椥は豆鉄砲を喰らったかのような顔で篤志を見る。
これまで頑ななくらい “幽さん” と呼んでいたのに、一体どういう心境の変化だろうか。そんな兄妹の戸惑いをスルーし、篤志が言を継ぐ。
「俺、沙和の事、絶対に大事にするから。椥さんの妹、大切にするから。それくらいしか出来ないかも知れないけど、それだけは自信あるから。だから、見ててよ」
揺らぎのない真剣な眼差しで、篤志は椥を見上げる。そんな彼にちょっと感動して目元をウルウルさせていると、
「あ、でも俺、沙和似の可愛い子供欲しいんで、そこは邪魔しないで欲しいんだけど」
至極真面目な顔で思わぬ言葉を吐かれ、ぶわっと熱が一気に噴き出した。
顔、耳と言わず、もう全身が熱くて堪らない。
椥はぷるぷる小刻みに肩を震わす沙和を見、背中からふわりと妹を抱きしめた。
『ほざけ。お前の都合など知るかっ』
「じゃ椥さんは、沙和のかっわいい子供、見たくないんだ?」
『う……それは……見たい、が。イコール篤志の子だろうが…………沙和。処女受胎とかできない?』
本気で言っているだろう兄を、肩越しに見たまま固まった。
先刻の熱が冷めやらないうちに、新たな熱が上昇してくる。が、先ほどとは少々趣が違う熱である。
(しょ、処女…処女受胎って……間違うことなく処女だけどさ! こーゆーデリケートな事、何故お兄ちゃんに言われなきゃなんないかな!? それも結婚式でっ)
しかも今の今まで忘れていたのに、初夜の不安まで思い出させてくれた。その所為で心臓が大変なことになりそうなくらい乱打している。
椥が問題行動ばかり起こしてくれるから気が紛れていたのに、思考が式の終わった後の事に向いてしまい、緊張がぶり返してきた。
『悪い悪い。口挟み過ぎたな』
沙和の動揺を素早く感知して、椥がそっと頭を撫でた。
椥の変わり身の早さに言葉を失って凝視していると、兄は心の中に語り掛けてくる。
(傷を見て篤志が退いたら、さっさと離婚して、帰っておいで。お兄ちゃんはいつでも大歓迎だ)
(……)
(もし丸ごと受け入れてくれたら、幸せにして貰えばいい。ちょっと癪に障るけどな)
ちょっとと言いながら、大分不満そうな顔をされ、沙和は小さく吹き出した。
(ぷっ……素直じゃないなぁ。ねえ、お兄ちゃん)
(ん?)
(大好きだよ)
(知ってる)
(ずっと、一緒にいてね?)
沙和の言葉を受け取って、椥が苦笑しながら篤志に目を遣った。
(……篤志が嫌がりそうだけどな)
(そうだけど)
大概ブラコンだと思う。けど、偽りない思いを取り下げる心算もなく、じっと兄の返事を待っていると、椥の指が沙和の心臓の上に止まった。
(俺たちは、一蓮托生の仲だ。ずっと一緒だよ。だろ?)
沙和がこくりと頷くと、椥は顔を綻ばせて『よしよし』と頭を撫でてくれる。チラリと篤志に目を遣ると、少し複雑そうな笑みを浮かべていた。




