第9話 「勇者、逃げ出すことにする」
お菓子を片手に今日も勇者チェックの時間だ。
本当は寝っ転がりながらのんびり鑑賞したいのだが、それをやろうとしたらシス子が五月蝿かったので諦めた。
しかもお菓子の種類にまで口を出してくる始末。
お前は俺のオカンかと。
まぁそんなことはどうでもいい。
新大陸に進んだ勇者の、一刻も早い成長を祈って、俺は勇者を応援するべく水晶を見る。
――さっそくモンスターに出会ったようだ。
街に到着する前とは運が悪いが、幸いなことに相手はポイズンゾンビ一匹だ。
今の勇者なら問題な――おい、逃げるな。
なんでだ? そんなに強い敵でもなかろう?
そのまま街へ向かっているところをみると、先に街へ寄りたかっただけなのか?
それならそれで構わんが。
おっと、運悪くまたもエンカウント。
今度は井戸女か。
呪い攻撃が若干面倒だが、強さだけならさっきの――だから逃げるなって!
ってか街から遠ざかってるぞ!? どこへ行く!?
来た道を戻って、やっと銅色の鍵で開くことが出来た扉をまたくぐり――鍵を閉めた!?
なにやってんだ勇者!
……ん?
よく見れば……泣いている?
なんだ? なんなんだ?
状況がまったく分からん! 音声はないのか音声は!
(デカッ鼻!)
「ジョルジュよ!」
「は、はい!!」
この前のことでまだ怯えているデカッ鼻。
プルプル震えてチワワのようだが可愛さは欠片もない。
(音声はつけられないのか?)
「遠見だけでは不十分である! 音も聞こえるようにするのだ!」
「た、ただいま!!」
そう言ってデカッ鼻はなにやら水晶をいじくり回す。
そんな簡単に出来るなら最初からやっておけよ無能め。
そうこうしているうちに勇者が最初の村まで戻っているではないか。
本当にどうしたというのだ。
「出来ましてございます」
俺は無言でデカッ鼻を押しのけ、水晶から出る音声に耳を傾ける。
勇者は村の宿屋に入り部屋に篭ってしまったようだ。
「イヤだぁぁぁぁ!! おばけイヤなのぉぉぉぉぉ!!」
えぇ……。
おまえ、世界を救おうって勇者様がお化け怖がってどうすんだよ……。
「もうここから出ない!!」
頭から布団を被って世界拒絶の構えを取る勇者。
いかん、それは困るぞ。
――よく考えたら、あの地域は確かにゾンビ系やお化け系が多いな、うん。
(デカッ鼻)
「ジョルジュよ」
「は、はい!」
(モンスターの配置転換だ!)
「モンスターの配置転換を申し付ける」
「そ、それが魔王様。
ちょうど先日から巣篭もりの時期になりまして……。
巣篭もりするモンスターが多く、配置を動かすのは難しいかと……」
なんと間の悪い!
だが巣篭もりは大事だ。邪魔は出来ん。
となると他の方法だが、なにか名案はないものか。
勇者の前から怖いものを排除し、快適にレベルアップしてもらう名案は……。
しかし待てよと思いなおす。
どうにも最近、勇者に楽をさせる方法しか考えていない気がする。
これでは強い娘に育たないのではないか?
困難を自力で乗り越えてこそ、この俺を倒すに相応しい勇者となるのではないのか?
このままでは、あの幼女はダメになってしまう。
――。
――――。
(デカッ鼻よ。スーラを呼べ)
「ジョルジュよ。スーラを呼べ」
俺が出した結論。
それは勇者が進む道を整備するのではなく、荒れた道を進む勇気を授けることだった。
「お呼びでしょうかぁ? 魔王さまぁ」
現れたのは、最弱のスライム種である女モンスター。
喋り方までねっとりとスライムっぽさが滲み出ている。
この前、俺が直々に第一軍団長に任命したこのスーラだが、呼び出した理由はこいつの能力。
擬態を用いて勇者に近付き、慰め勇気づけて来させようという思惑なのだ。
『ビービー。
勇者を慰めさせるような命令を下すことは、いかがなものかと思います』
そうだなシス子よ。
だが考えて欲しい。
もし勇者があのまま宿屋に引きこもってしまったらどうだ?
勇者を倒す機会は永遠に巡ってこなくなるのだぞ。
ここは魔王にあるまじき命令だとしても、勇者には外に出てもらわなければならないのではないか?
『思案――了承。渋々』
渋々とはいえ話が分かるじゃないか。
さてはツンデレだったか?
『回答。無回答』
じゃあ回答すんなよ。
とまぁそういった訳で、俺はスーラに出撃を命じたのであった。
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