最終話 「おやすみなさい」
玉座から立ち上がり威厳たっぷりな俺を前にしても、勇者はまったく怯んでいない。
なるほど。自信があるということか。
これで眠れるという思いより、強者と戦える高揚感が俺を支配する。
「痛っ! 無礼じゃぞ! どけ! そこをどくのじゃ!」
……。
勇者の足元。
なぜか床の下からデカッ鼻が這い出ようとして勇者に踏みつけられていた。
なにしてんだアイツは……。
『魔王様に呼ばれた時に、あそこから現れて驚かそうと思っていたのではないでしょうか……』
あー、どうりで最近見なかった筈だ。
ずっと床の下で待機してたとか、考えられんアホゥだな。
シス子すらも呆れさせた緑顔は、ようやく床下から這い出て来た。
「こんなところまでノコノコやってくるとは!
ここが貴様の墓穴じゃ!」
自分が入っていた床穴を指しながら、やる気まんまん。
なんか毒気抜かれちゃったなぁと、俺は再び玉座に座りなおす。
が、勇者はデカッ鼻を無視して俺の元へゆっくりと歩み寄った。
殺気もなく、なにかを仕掛けてくる様子もなく、ただ自然体で歩いて来たため、逆に虚を突かれて俺は動けない。
すると懐から紙を取り出し、俺に差し出す。
(これは?)
「命乞いか?」
『いけません魔王さま!
それを破き捨てて下さい!』
俺が確認するより早く、シス子が反応した。
だが危険はなさそうなので、俺はその紙を受け取り凝視する。
――辞職届け?
「それに署名すれば、あなたは魔王を辞められるの。
そうすればゆっくり眠ることが出来るんだよ、まーさん!」
っ!?
まーさんだと!?
いつからバレていた?
いや、それよりも眠れると言ったな?
なにもかもこちらの事情を知っているというのか。
俺が署名すると疑わない幼女に、背後からデカッ鼻が襲いかかった。
「貴様! 魔王さまを誑かそうなどと!」
ガシッと勇者を羽交い絞めにして、完全に事案状態のデカッ鼻。
しかし痴漢対策は心得ていると、幼女はデカッ鼻の顔面にカプセルを投げつけた。
爆発物かとデカッ鼻が警戒し一歩下がるが、予想したような爆発も閃光も起こらない。
ただ、カプセルの中からニョロニョロと液体のようなものが溢れ出し、それは人の形になっていった。
「申し訳ありませんジョルジュさまぁ。
我が子の晴れ舞台ですから、少し大人しくしていただけますかぁ?」
スーラだった。
こちらの事情を全て知っていたのは、スーラが洗いざらい話したということだろう。
まさか魔王軍を裏切って、完全に母親に成り切るとは思ってもみなかった。
魔王お付のデカッ鼻とスライムでは力の差は歴然だが、倒すつもりはないらしく身体を変形させてデカッ鼻に巻きつくスーラ。
どうやら時間稼ぎをするつもりのようだ。
なんの時間を稼ぐのかは考えるまでもない。
俺がこの辞職届けに署名をして、魔王ではなくなるまでの時間だろう。
『まさかご署名なさいませんよね?』
慌ててシス子が釘をさしてくる。
思えばコイツは、あの孤島にこんなアイテムが隠されているということを知っていたのだろう。
そういえば初期のモンスター配置時、そんな財宝は人間にくれてやれと発言しようとして出来なかったことがあったな。
なるほど。魔王が魔王じゃなくなるアイテムなど、人間に渡すわけにはいかなかったということか。
「わたしね、ママが出来たの。
だから、まーさんにはパパになって欲しいなって……」
グラリと揺れた。
パパ……。そうか、俺がこの幼女を憎みきれなかった理由。
いや、いつしか慈しむようになってしまった、その感情の根源。
それはパパ。父性の目覚めだったのか!!
良かった! 俺、ロリコンじゃなかった!!
(パパは厳しいぞ?)
「愚かな勇者よ! そのような戯言でこの魔王を惑わそうなど!」
翻訳君も必死の抵抗をしている。
だが俺の決意は揺るがない。
ピッと指先を斬って血を滴らせると、それで署名せんと辞職届けに手を伸ばす。
『させません!』
突如身体の自由を奪われ、俺の手が俺の意思に反して紙を破き捨てた。
目の前でパラパラと舞い落ちる紙切れに、シス子が高笑いする。
『あははははは!
これで魔王は魔王を辞められない!
さぁ、その宿命に従い、勇者を殺すのです!』
たいして俺も高笑いで返す。
ぐははははは! シス子よ、今破き捨てたのは何の紙だ?
床に散らばり落ちた紙片。
そこに書かれているのは――。
『雑魚モンスターの一覧表……?』
いつぞやデカッ鼻から引っ手繰ったそれが、まだ懐に入っていたからな!
いざとなればお前が勝手に動くだろうと予想し、すり替えておいたのさ!!
『あ……あぁぁぁぁぁぁっ!!!』
ヒステリックに叫ぶシス子をよそに、俺は本物の辞職届けに署名する。
これで魔王を辞し、好きな時に好きなだけ眠るようになるのだ。
――。
見守る幼女の視線を感じながらついに書き終えた時、俺の身体から色々なものが抜けていく感覚があった。
おいシス子?
――反応はない。
「魔王、やめちゃったもんねー!」
翻訳君の反応もない。
つまり俺は――。
「よっしゃあ!
これで眠れるぞ!!」
解き放たれたのだ!
ついに重責を投げ捨て、俺は自由を手に入れたのだ!!
それに気付いた幼女が俺の胸に飛び込んで来た。
おーおー、可愛い娘よ。
妻がスーラというのは気に入らんが、これからは仲良く暮らそうな。
――そんな幸せを噛み締めていると、不意に光輝くデカッ鼻。
「はわわわわわわわぁっ!!」
何事かと目を細めて注視する。
「なんじゃ? 頭の中で声が!?
ワシ……我は……魔王である!」
光が消え失せた時、そこには新生魔王となったデカッ鼻がいた。
その気配にスーラが飛び退き、それと同時に俺のダークサンダーが炸裂。
「あばばばばばばっ!!」
加減しなかったのでほぼ虫の息になったデカッ鼻を、トドメに勇者が切り裂いた。
誕生からわずか五秒で千年の眠りについた新生魔王。
まぁ、なんだ。頑張れよジョルジュ。
最後くらいと名前で呼んでやり、俺達は長き戦いに幕を下ろしたのだった。
かくして三人は、始まりの町を訪れていた。
人の姿に変装している元魔王とスーラ。
その二人に挟まれて手を繋ぐ元勇者サラサ。
遠めに見れば、仲の良い家族としか見えないだろう。
せっかく家族になったのだ。あれやこれやとやるべきこと、やりたいことはあるだろうが、まずは父の願いが優先された。
さっそく宿屋へ向かい部屋を借りる。
一人でゆっくり寝たいと言う父だったが、娘が一緒に寝たいと強請った。
スーラに事情を聞いた時、ずっと旅を見守ってくれていた元魔王に、父親の姿を見たというサラサ。
無人島での楽しかった時間を思えば、本当の父親とはこういうものなのかもしれないと感じていたのだ。
だから初めて眠る時は、一緒に寝たいと純粋に思っていた。
魔王の責務から解放された父は、少しだけ面倒そうな顔をしたが、すぐに相好を崩し手を広げる。
そこにふわりと飛び込み、母が優しく見守る中、二人はベッドに横たわる。
「ようやく眠れるんだねパパ」
見上げるように労う元勇者を、父は抱きしめつつ言ってやる。
「我が腕の中で安らかに眠るが良い」
「なぁにそれ? まるで魔王みたい」
あぁ魔王だったからなと、にこやかな笑みを娘に向け、ついに父は眠りにつくのだった。
勇者と魔王のお話はこれにておしまい。
あとにはただ、幸せな家族の姿がありましたとさ。
「おやすみなさい」
これにて完結となります。
お読み頂き真にありがとうございました!
小説で4コマ漫画を表現しようとしてみたのですが、いかがだったでしょうか?
力不足で表現出来なかったことが多々ありましたが、なんとか最後まで書ききることが出来ました。
次回作は未定ですが、決まりましたら日報にてお知らせしたいと思います。
ありがとうございました。




