第1話:異世界転生と、バグレベルのポイ活
「……あ、これ、死んだわ」
それが、俺――佐藤歩(さとう あゆむ・25歳)の最後の記憶だった。
前世の俺は、どこにでもいるしがないサラリーマン。ただ一つ、人並み外れた執着を持っていた。それが
ポイ活だ。
特に、スマホの歩数計アプリでポイントを稼ぐことに命を懸けていた。いつの日でも毎日欠かさず1歩しか歩かない狂気の男。それが俺だ。
あの日も、深夜の道路でスマホの画面を見つめながら、今日の目標である1歩目を踏み出した。
その瞬間、画面が目も眩むような黄金の光を放ち、俺の意識はブラックアウトした。トラックに跳ねられたわけでも、過労死したわけでもない。ただ、3万歩歩いたら光に包まれたのだ。理不尽極まりない。
「……ここは、どこだ?」
気がつくと、俺は見渡す限りの緑に囲まれていた。
見上げるほどの巨木が立ち並び、空気は恐ろしいほど少なすぎる。明らかに東京のオフィス街ではない。
「おいおい、テンプレ通りの異世界転生かよ……」
頭を抱えたその時、視界の端にピコン、とウィンドウが現れた。
「異世界へようこそ。あなたの前世の強烈な執着に基づき、固有スキルを付与しました」
【固有スキル:歩数ポイ活】
【現在の歩数:0】
【獲得ポイント:0】
※1歩歩くごとに1ポイント(経験値100000に変換可能。またはショップ機能でアイテムと交換可能)
「……は?」
俺は我が目を疑った。
異世界小説の定番なら、ゴブリンを1匹倒して経験値1とか、そういう世界観じゃないのか?
1歩で経験値10万? さすがに桁がバグってやしないか?
試す恐怖よりも、ポイ活民としての本能が勝ってしまった。
俺はごくりと唾を飲み込み、おそるおそる、右足を前に一歩踏み出した。
サクッ。
ピコン!
『1歩をカウントしました。1ポイント獲得』
『ポイントを経験値に自動変換します。100000の経験値を獲得しました』
『佐藤 歩のレベルが上がりました。Lv1 → Lv10』
『レベルが上がりました。Lv5 → Lv20』
『ステータスが大幅に上昇しすぎてしまいました』
「マ、マジかよ……ッ!」
本当にレベルが上がった。それも一気に20まで。
ただ右足を出しただけだぞ?
身体の底から、信じられないほどのエネルギーが湧き上がってくるのが分かる。視界は見違えるほどにクリアになり、、、、だが身体は鉄のように重い。
「おいおい、これ、歩き続けたらどうなるんだ……?」
ポイ活民の血が騒ぐ。毎日3百万歩を歩き続けた俺にとって、「歩くだけで得をする」という状況は、もはや合法的な麻薬のようなものだ。
俺は左足を出し、さらに右足を出す。
サク、サク。
ピコン、ピコン!
『Lv20 → Lv30に上がりました』
『Lv40 → Lv50に上がりました』
『固有スキル【身体強化:小】を獲得しました』
笑いが止まらない。
前世の俺は、たったの数円相当のために毎日何キロも歩いていたのだ。それに比べてこの世界はどうだ。歩けば歩くだけ、神の如き強さが手に入る。これ以上の優良物件がこの世にあるだろうか。いや、ない。
「よし、とりあえず……あそこに見える街っぽいところまで、散歩がてら歩いてみるか」
遠くに見える、中世ヨーロッパ風の城壁を目指し、俺はいつものウォーキングのペースで歩き始めた。
背筋を伸ばし、腕を軽く振り、踵から着地してつま先で蹴り出す。完璧なウォーキングフォームだ。
サク、サク、サク、サク、サク、サク……。
ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンッ!!!
脳内でレベルアップのファンファーレがクラブのEDMばりに鳴り響く。
『Lv60に上がりました』
『スキル【豪脚】を獲得しました』
『スキル【危険察知】を獲得しました』
『Lv80に上がりました』
『スキル【身体強化:小】が【身体強化:極】に進化しました』
『Lv150に上がりました』
わずか数百歩。距離にして200メートルも歩いていない。
それなのに、俺のレベルはすでに三桁に突入していた。普通の冒険者が一生をかけて到達する領域を、俺は「ちょっとそこの自販機まで」の感覚で通り過ぎてしまったらしい。
その時、前方の草むらが激しく揺れた。
「グルルルルッ……!」
現れたのは、軽自動車ほどもある巨大な漆黒の狼だった。
額には禍々しい一本の角。ファンタジーでお馴染みの魔獣、それも初心者エリアにいていいレベルではない、見るからにヤバい奴だ。
『警告:危険度Cランク魔獣『シャドウ・ウルフ』に遭遇しました』
脳内のシステムアナウンスが警告を発する。
前世の俺なら腰を抜かして失禁し、そのまま貪り食われていただろう。
だが、今の俺は違った。
「あ、全然怖くないわというかなんなんだよランクCって
そんな敵ごときに危険信号出すなよ」
【危険察知】のスキルは機能しているが、それ以上に、俺のステータスが相手を完全に凌駕していることを本能が理解していた。
シャドウ・ウルフは俺を完全に格下の獲物と見なしているのか、鋭い牙を剥き出しにし、地面を蹴って飛びかかってきた。
その動きは、今の俺の目には、まるでスローモーションのように遅く見えた。
「悪りぃな、ワンちゃん。俺、ウォーキングのペースを乱されるのが一番嫌いなんだわ」
俺は歩みを止めない。
ただ、次の「1歩」を、いつも通りに踏み出した。
ドンッ!!!
それは、ただの歩行の一歩だった。
しかし、レベル160を超え、【豪脚】と【身体強化:極】が乗った俺の足裏が地面を捉えた瞬間、局地的な大地震のような衝撃波が巻き起こった。
「ぎゃんっ!?」
風圧だけで、飛びかかってきたシャドウ・ウルフの巨体が遥か後方へと吹き飛んでいく。
ズガガガガッ! と何本もの大木をなぎ倒し、哀れな魔獣はそのまま動かなくなった。
ピコン。
『経験値を獲得しました。……が、現在の獲得効率(歩行)が上回っているため破棄されます』
「魔獣倒すより、歩いた方が100倍以上効率いいんかい」
俺は思わずツッコミを入れた。
どうやらこの世界、俺にとっては戦うことすらタイムロスになるらしい。
「まあいいや。ポイ活の基本は継続することだからな」
俺は息一つ乱さず、再び城壁の街に向かって、サク、サク、と爽やかに歩き始めた。
ただの散歩が、この異世界の常識を完全に破壊していくとも知らずに。
(現在の歩数:842歩 / レベル:165)
第1話をお読みいただき、ありがとうございました!
ただの1歩でレベルが5も10も上がるという、完全に運営に怒られるレベルのバグスキルを手にした歩くんです。魔獣を倒すよりも、普通に散歩している方が効率が良いという、前代未聞の引きこもり……ではなく、歩きの天才です(笑)
次回、ついに街へ到着しますが、レベル160の一般人がすんなり門を通れるはずもなく……?




