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理(ことわり)を綴り直す無能  作者: 最後に残った形
本編

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第3章 第2話:深淵の再会


 深夜二時。

 『聖アイギス中央魔導院』は、静謐な魔導の灯火に包まれ、眠りについていた。

 だが、その静寂を乱すことなく、影のように廊下を進む男が一人。清掃員の作業着を纏い、古びたモップを手にしたカイル・ヴァン・クロムウェルである。


 「――結界の論理、一時停止サスペンド


 カイルが指先を空気に触れさせるたびに、現代魔導の粋を集めた高感度センサーや精神感応式の防壁が、音もなく「沈黙」していく。彼にとって、管理局のセキュリティを破るのは、鍵の開いたドアを通るよりも容易いことだった。


 彼が向かうのは、学院の図書館の地下、さらにその下。

 公式の地図には存在しない、厚さ三メートルの魔導合金で封印された特殊研究施設だ。

 

 「……この震え、やはり間違いないな。これは学習ではなく、抽出の術式だ」


 地下深くに降りるほど、大気が重く、粘り気を帯びてくる。

 そこには、幾多の子供たちから吸い上げた魔力が、濁った液体のように管を流れる異様な光景が広がっていた。カイルの瞳に、古代の深淵を思わせる冷徹な光が宿る。


 施設の最深部。

 魔力抽出機に繋がれ、ボロ布のように椅子に拘束された男がいた。

 かつて、第1章でリナを拉致し、カイルの「理」を目にして狂喜した男――ドクター・ヴァーガスである。


 「……ああ、ああ……! また、幻覚が見える。あの、美しき真理の王が……私を迎えに来てくれたのか……」


 ヴァーガスの瞳は濁り、もはや正気を保っているようには見えなかった。管理局は彼を処刑せず、その歪んだ知識を搾り取るための「生体部品」として利用していたのだ。


 「幻覚じゃない。……久しぶりだな、ヴァーガス」


 カイルが声をかけると、ヴァーガスは雷に打たれたように跳ね起きた。

 拘束具が軋み、彼の瞳に、狂気混じりの鮮烈な光が戻る。


 「おおお……! 本物だ、本物のロゴスだ! 王よ! 真理を綴り直す御方よ! 私を殺しに来たのですか? それとも、私を導いてくださるのですか!」


 「黙れ。……聞きたいことがある。管理局はこの場所で、リナに何をさせるつもりだ」


 カイルの殺気を含んだ問いに、ヴァーガスは法悦の表情で答えた。

 「再定義……! 彼らは、リナちゃんの持つ純粋な魔力波形を基点にして、この世界そのものの『魔法の権利』を独占しようとしているのです! 子供たちの魔力を集束させ、王が放ったあの『古代魔法』を人為的に再現する……。明日です。明日の正午、リナちゃんはその『特異点』として、理の火種にされる!」


 カイルの握りしめたモップの柄が、ミシミシと音を立てて砕け散った。

 管理局の真の狙いは、主人公のような「規格外の力」を兵器として量産し、完全なる支配を確立することにあった。


 「……そうか。ならば、その『特異点』とやらが、自分たちの世界を焼き尽くす結果になるとは、夢にも思っていないようだな」


 カイルはヴァーガスの拘束具を指先ひとつで消滅させた。

 「ヴァーガス。君にチャンスをやろう。君が望む『真理』の幕開けを見たくはないか?」


 「あぁ……見たい、見たいです! たとえこの眼が焼き切れようとも!」


 「なら、明日の正午まで生き延びろ。……学院のシステムを内側から狂わせろ。君ならできるはずだ」


 カイルはヴァーガスを残し、影に溶けるように去っていった。

 背後でヴァーガスの狂った笑い声が地下施設に響き渡る。


 翌朝。

 学院の広場には、何事もなかったかのように朝の光が差し込んでいた。

 リナは、白い礼装に身を包まれ、教官たちに連れられて中央の大聖堂へと向かっている。


 「パパ……」

 

 遠くで見守るカイルの姿。

 彼は再び「無能な清掃員」の顔を作り、廊下の隅で腰を低くして床を磨いていた。

 だが、その手首には、すでに不可視の『理』の糸が幾重にも巻き付いている。


 (リナ。怖がらなくていい)

 (今日、パパがこの学院という『数式』を、永遠に解けない欠陥品に変えてやる)


 正午を告げる鐘の音が、アイギスの街に鳴り響いた。

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