第40話 聖女レイナ14歳編 キィーリンの小道の小さな冒険
かつてない平和と繁栄の中にある王国。
13歳の誕生日に「小さな優しさ」の大切さを深く理解したレイナは、優しさと聡明さをさらに育みながら、14歳の春を迎えていた。
ある穏やかな朝、レイナは王宮の庭で読書をしていた王様のそばに座り、そっと願いを打ち明けた。
「おじいちゃん王様、あの『キィーリンの小道』を見に行きたいの」
王様は眼鏡をずらし、レイナの輝く瞳を見つめた。
「なんじゃ、レイナ。そんなに真剣な顔をして」
「トナリーノン王国との国境の森に……キィーリンたちに、直接会いに行きたいんです。木彫りの置物はとっても素敵ですけど、本物のキィーリンが、どうやって暮らしているのか、この目で見てみたい。
そして、『キィーリンの小道』が交易路になって、本当に森の生き物たちが幸せかどうか、確かめたいと思って」
王様は一瞬考え込んだが、レイナの瞳に宿った確かな意志を見て、ゆっくりとうなずいた。
「よかろう。だが、護衛は2人だけ連れて行くのじゃ。大勢で行けば、かえって森の生き物たちを驚かせてしまうからの」
レイナの顔がぱっと輝いた。
「ありがとうございます、おじいちゃん王様!」
こうして数日後、レイナは王様と、厳選された2人の護衛は経験豊かなローレンス騎士団長と、森の道に詳しい若き護衛ライアンと共に、馬車で国境の森へと向かった。
道中、王様はレイナに、かつて自分が若い頃にこの森を訪れた時の話を聞かせた。
「あの頃は、キィーリンたちもずっと警戒心が強かった。人間が近づくと、すぐに森の奥へ逃げてしまったものじゃ」
「でも今は、『キィーリンの小道』で商人たちも普通に通るんですよね? うまく共存できているんでしょうか」
「それが、今回、わしらが確かめに行くことじゃな」
森の入口で馬車を降り、4人は静かに歩き始めた。
空気はひんやりと澄み、木々の間から差し込む陽光が、地面に揺れる影を描いていた。
ライアンが先導し、ローレンスが王様とレイナの後ろを固める。
しばらく歩くと、ライアンが手を挙げて止まった。「……見えます。あの巨木の向こうに」
息を殺して木陰から覗くと、そこには、夢のように優雅な光景が広がっていた。
背の高い木々の間を、数頭のキィーリンがゆったりと歩いている。
首の長い親キィーリンが、高い枝の葉を食べ、その足元では、まだ体の小さな子キィーリンが、歩きながら母親のまねをしていた。
「ああ……」
レイナは思わず声をもらした。
その瞬間、一頭の大人のキィーリンが、ゆっくりと首をこちらの方向に向けた。
大きなつぶらな瞳が、警戒しながらも、好奇心に満ちていた。
レイナは護衛たちを制し、一歩前に出た。
そして、急いでポケットから取り出したものをそっと地面に置いた。
乾燥させたりんごのスライスを、数切れ。
彼女が事前に、森の生き物に害のないおやつとして用意していたものだ。
キィーリンはしばらく遠くから見つめていたが、ゆっくりと、そっと近づいてきた。
長い首を伸ばし、地面のりんごを器用に舌で巻き取り、食べ始めた。
「すごい……レイナ様、警戒されませんでしたね」
ライアンが小声で感嘆した。
「きっと、『キィーリンの小道』を通る商人たちが、ときどき無害な食べ物を置いていってくれるんでしょう。
人間を、完全な敵とは思っていないみたい」
ゴードンが頷いた。
王様は、その光景を穏やかな目で見つめていた。
「ふむ……確かに、以前とは様子が違う。レイナの言う通り、『小さな優しさ』の積み重ねが、ここにも実を結んでおるようじゃな」
その時、小道の向こうから、数人の商人らしき人々が、荷車を引いて現れた。
キィーリンたちは少し身を引いたが、逃げ出すことはなかった。
商人の一人が、通りすがりに軽く会釈をし、何事もなかったように通り過ぎていった。
レイナの胸が温かくなった。
彼女の願い「誰かの小さな優しさが、次の誰かの大きな幸せに」が、ここ、国境の森でも、静かに息づいていた。
4人は、しばらくその場に留まり、キィーリンたちの平和な暮らしを見守った。
子キィーリンがじゃれ合う姿に、レイナは思わず笑みをこぼした。
帰路の馬車の中で、レイナは王様に言った。
「おじいちゃん王様、ありがとうございます。来てよかった。……キィーリンたちが、怖がらずに暮らしている。人間の通る道とも、うまく折り合いをつけている。それが、とっても嬉しい」
王様は、レイナの手を握りしめた。
「レイナのその優しい心が、これからも王国を、そして隣国をも、つないでいくのじゃよ」
窓の外には、夕日に染まる森の景色が流れていった。
レイナは、今日見たキィーリンの親子の姿を思い浮かべた。
彼女の心に、新たな決意が静かに灯った。
城に戻り、彼女は早速、トナリーノン王国のマミーレン外務大臣への手紙を書き始めた。
「キィーリンの小道」の周辺で、キィーリンや他の森の生き物たちのためになる、小さなルールを一緒に考えていけないか、と。
14歳のある春の日。
レイナは、優しさが形になった景色をこの目で見て、その優しさを守り、育てていくことが、これからの自分の役目なのだと、改めて感じ取ったのだった。
水晶のオルゴールの旋律が、彼女の心の中で、森を渡る風の音と優しく重なり合った。




