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イリスちゃん

「三人共、疲れて寝ちゃったわね。」

 床にゴロゴロと寝転がっている三人を見ていると、微笑ましくなってきた。思わずクスリと笑ってしまう。寝ている三人をベッドに移した後、毛布を掛けてあげた。


「昨日は夜遅くまで話し過ぎたかしら。ついつい、楽しくなっちゃったもの。」

 誰にも聞こえていないだろうが、何となくそんなことを呟いた。


 それにしても、久しぶりに誰かとこんな風に話をした気がする。パーティーメンバーの仲間だとしても、私がこんな風に人と話すことは少ない。


 十歳の時に冒険者になってから七年間、いくつものパーティーを渡り歩いて来た。昔から魔力が多い上に剣の才能もあった私は、数年のうちにS級冒険者まで登り詰め、そんな人材をメンバーとして迎え入れようとするパーティーは多かったのだ。


 だが、同じパーティーにずっと留まることは一度もなかった。


 ……誰も、対等に扱ってくれないからだ。

 表面上は仲間だと言いつつ、敬遠して居たり、羨望や嫉妬の眼差しを向けられる。みんな心のどこかで、私と一つ線を引いていた。


 一方でブラウスは私と普通に接してくれていたけれど、彼はS級冒険者だ。他にも一緒にパーティーを組んでいる冒険者達もいる。その上面倒見が良く、他の人からの信頼も厚い。


 彼は自分を卑下しているが、実際のところはギルドの中でも隋一を争うほどの重要な人物なのだ。一緒にパーティーを組めることも少なかったし、話す機会も多くはなかった。


 だから、私には気楽に話ができる相手が本当に少ない。


 私にとって、彼女達はどんな存在なのだろうか?


「そうね、友達……なのかしら?」

 言葉に出して言ってみるが、それでも良く分からない。しっくりくるような気もすれば、少し違和感があるような気もする。だが、その不思議な関係が、どこか心地よかった。


 実は昔、一人だけそんな関係の人がいたのだが……今はもう会うことは叶わない。


「イリスちゃん……」

 彼女の姿が頭に浮かんだ。唯一、私を救ってくれた人だ。


(……もしかしたら私、ミロウちゃんと彼女を重ねて見ていたのかもしれないわね。)

 考えてみれば、そっくりだ。能天気で後先を考えないところとか。いつも楽しそうにしている所とか。

 ……見ていて、こっちまで楽しくなってくるのだ。

 

 窓を開いて、窓枠に足を掛ける。


 トンっと軽く力を入れて蹴れば、すぐに屋根の上にたどり着いた。


 屋根の棟の部分に座り込んで、獣人国を一望する。


 獣人は他の人族と比べればかなり夜目が利くため、目を凝らせば遠くの景色まではっきりと見ることができる。獣人国の中心、当主の屋敷の方へと視線を向けた。


 その時、後ろで人の気配がした。

 視線だけそっちに向けると、レアルドが立っていた。


「どうしたんだ? こんなところに。」


 レアルド達の部屋と私とミロウちゃん達の部屋は、屋根を挟んで反対側にある。恐らく足音が不審に思ったレアルドが気になって出てきたのだろう。


「あなたこそどうしたのかしら? ……まさか私を探しに来たの?」

 揶揄うようにいってみると、レアルドは渋い顔で私を睨んだ。


「聞かなくても分かっているだろ。……それで、どういうつもりだ、マイリン?」


「なんの話かしら?」

「分かっているだろう、狩猟祭での話だ。……それで、狩猟祭のどさくさに紛れて当主を殺すつもりなのか?」


「察しがいいわね。……協力、してくれるかしら?」

 この前取引をしたが、もう私はミロウちゃんに危害を加えるようなことは絶対にないだろう。だからレアルドが協力を断ったとしても、別に何も変わらない。


 そう思ったのだが、レアルドは呆れたような表情を浮かべた。


「俺が一度受けた依頼を断るようなやつに見えるか?」


「……見えないわね。」

 レアルドはプライドが高そうだもの。


 そんな私の思考を読んだのかは分からないが、彼は一つため息をついた。


「で、俺は何をすればいい?」

「私が警備の目を引き付けている間に、レアルドちゃんは地下へ潜ってくれない?」


「地下?」

「ええ。ここ、獣人国の地下には、数百人の人間の奴隷が収容されているの。ほら、今も、たくさんの奴隷たちが働いているでしょう?」


 薄暗い夜の街。

 目を凝らせば、すでに灯りの消えた街中で、休むことなく仕事を続ける人達がいる。

 

「城の裏口に、地下牢へと繋がっている廊下があるの。そこを通れば、イリスちゃんという子がいるはずよ。」


「……そいつを探してくればいいのか?」

 それはレアルドにとっては意外な頼みだったのか、彼は訝しむような表情を浮かべた。


「ええ。ピンクブロンドの髪に翠玉の目をした子よ。私と同じぐらいの歳だわ。」

「お前と同じぐらいの歳? そもそもお前が何歳なんだか分からないんだが……」


「あら? 女性に年を尋ねるのは失礼なんじゃない?」

『デリカシーがないわね、全く』と茶化すように呟いてみたが、レアルドは静かに私の表情を観察するだけだった。


「それで、お前はどうやって警備の目を引き付けるんだ?」


「明日の狩猟祭の間、城門がしばらくの間だけ開くわ。だからそこから、堂々と館に侵入する。そして、当主を暗殺するの。」


 私の言葉に、レアルドは眉を顰めた。


「……おい、そんなことをすれば、館の中にいる兵が全員お前のところに集中することになるぞ?」


「ええ。そのつもりよ。そうすれば時間稼ぎぐらいにはなるもの。」

 首を傾げてレアルドを見ると、彼は『訳が分からない』とでも言いたそうな顔で私を睨んだ。


「まさか……お前――」

 レアルドが何かを言おうとしたが、私はそれを遮った。


「じゃあ、頼んだわよ。私はもう寝るわ。……朝になったら、城から離れた場所にある広場で落ち合いましょう?」


 レアルドはまだ何か言いたそうな表情をしていたのか、やがて黙って踵を返した。


 彼はS級の中でもかなり強い部類だ。もし戦闘になったとしても問題ないだろう。後は、私がどれだけ時間を稼げるかだ。


 きっと、問題ない。

 もう七年も冒険者として生きて来た。戦闘力には自信がある。

 簡単にやられてやるつもりはない。


 やれることはすべてやった。

 もう、後は大丈夫だ。


 ……たとえ、私が生きて帰れなかったとしても。




 ◇◇◇




 妙に部屋の外が騒がしかったため、朝早くに起きてしまった。


 私のベッドの隣には、リリサとネフィアが寝ていた。二人共、ぐっすり眠っている。昨日の女子会で夜遅くまで騒いでいたので、疲れてしまったのだろう。


 カーテンを開くと、涼しい風が部屋の中に吹き込んだ。風で崩れた前髪を整えながら下を見ると、たくさんの屋台が出ていた。街路はたくさんの人が行き来していて、虎の獣人や熊の獣人、兎の獣人など、たくさんの人が歩いていく。


「うわぁ!! 凄い!!」


 獣人国では冒険者の人口が多いようで、昼間は基本的にほとんどの人がダンジョンに潜っている。だからこんな風に街中にたくさん人が歩いているのを見るのは新鮮だ。


(確か、今日は冒険者ギルドが閉まっているんだっけ……)

 ルースさんやマイリンがそんなことを言っていた気がする。


 昨日は狩猟祭の前だからと、ダンジョンに人が多かったよね。


「じゃあもしかして今日、狩猟祭があるのか。」


 この前、マイリンが狩猟祭のことについて話していた。きっと今日がその日なのだろう。

 一応、マイリンに聞いてみようと思ったのだが……


「あれ、マイリンがいない……?」


 マイリンは基本的に寝相が悪い。いつもなぜか最初に寝ていた場所と別の場所で寝ている。前なんて、最初は椅子に座って寝ていたのに、いつの間にかベランダに移動していた。だから、今日もそうなのかと思って部屋の中を見渡したのだが、どこにもいない。


「まさか、先にお祭りを回り始めたのかなぁ。」

 年に一度のお祭りだから、朝から楽しまないと損だと思ったのだろう。


(それなら、私もたくさん楽しまないとね!!)

 この際、リリサは置いてネフィアと先に行ってしまおう。


 リリサの腕の中に捕まっているネフィアを引っ張り出して、肩を揺する。 


「ネフィア! 狩猟祭に行くよ!!」

 伏せられたまつげがゆっくりと開かれ、ネフィアは体を起こす。そして、眠たげに目をこすった。


「どうしたのですか? お嬢様……」


「ほら、早く着替えて! 」

 寝ぼけているのかもう一度ベッドにダイブしようとしているネフィアに、寝巻の上から私の服を着せる。ぶかぶかの服がネフィアの頭をスポッと抜けた。


 突然服を着せられたネフィアは、ようやく眠りから覚めたように目をぱちぱちと見開いた。

「お、お嬢様……本当に私と一緒に行くのですか⁉」


「当たり前でしょ! 約束したからね!!」


 お金はあるし、せっかくだから大豪遊する予定だ。まぁ、リリサの方がお金を使いまくっているし、たまには私だって好きにお金を使ってもいいだろう。


「よ~し。じゃあ、早速出発!!」


「ま、待ってください~!!」

 目を丸くしているネフィアの手を引いて、私は街中に走り出した。


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