黄龍
◇◇◇
目の前には、巨大な黄金の瞳。
キラキラとこっちを見つめる彼を見て、私は思わず後ずさった。
「ええっと……」
困惑する私を前に、その元凶である彼は、ことりと首を傾げた。
『ん? どうしたんだい?』
そう言って彼は無邪気な笑顔を浮かべたが、正直恐怖でしかない。逃げるように一歩後ずさったが、彼は長い首をグイっと伸ばして、再び私の顔を覗き込んできた。
『さっきから挙動不審だね? 何か思ったことがあるなら、なんでも言ってみてくれないかい? 何を考えているのか、気になってしまうだろう?』
(うわぁ。これは……結構怒っているのでは?)
怖さのあまり怖気づいた私は、思ったことをそのまま口に出してしまう。
「ええっと。まさか私……食べられる?」
私の言葉を聞き、私の前に座り込む彼――『龍』は、一瞬だけ驚いたようにきょとんとした顔を浮かべた。そして、喉を鳴らすような声で笑い始める。
『ふふふっ、 君は面白いことを言うね。』
「えぇ……」
面白いと言われても、龍に顔を覗き込まれたら誰でも危機感を覚えるだろう。食べられ慣れている私じゃなくても、そう思うはずだ。
『どうして、僕に食べられるかもしれないと思いながら、そんなに平静でいるのかな? そんな風に、食われるのか聞いて来る人なんて初めて見たよ。』
(う~ん。そんなことを言われても……)
私がドラゴン相手でも普通に話せるのは、赤龍や水竜、白竜など、様々な龍と出会ってきたからである。恐らく何度か食われたことがあるおかげで、竜と会話をする耐性が付いたのだろう。
『驚かせてしまってごめんね。久しぶりの客人で、こっちも楽しくなっているんだ。もしよければだけど、名前を聞かせてもらえるかな?』
「ええっと……ミロウ、です。」
『‟ミロウ”か、なるほど。いい名前だね。』
(う~ん……まあ、自分でつけた名前なんだけれどね……)
現世では捨て子であった私には、当然のことだが名前がなかったため、自分で勝手に名前を付けてしまったのだ。最初に摂り込んだ竜の名前を適当に捩って決めた名前だが、それなりに気に入っている。
『じゃあ、僕も改めて挨拶をさせてもらうよ。僕は黄龍。光の属性を司る、五大龍のうちの一角だ。』
ん? 聞き覚えのない言葉がいくつか出て来たね。
「ねぇ、五大龍って何?」
『ああ。それはね、古代種と呼ばれる古の龍の事だよ。』
どうやら話に聞いたことによれば、水、炎、氷、光、闇の五つの属性を、全部合わせて五大属性と呼ぶらしい。
「なるほど……ってあれ? 属性って、風とか土もあったんじゃなかったっけ?」
確か、ギルドの講習を受けた時にはそう言っていたはずだ。
『それは、最近になって出て来た新しい属性かな?……昔は、水、炎、氷、光、闇の五つの属性しかなかったよ。』
なるほど。属性なんかも、時代によって移り変わっているらしい。ギルドの講習で習わなかったことからして、結構マイナーな知識なのではないだろうか。
『そう言う訳で、僕は光属性を持つ黄龍だ。他に質問はあるかい?』
「う~んと……名前だけど、キリュウって呼んでいい?」
『うん。好きに呼んでもらって構わないよ。元々、正式な名前はないからね。』
正式な名前はない、ということは、誰かが勝手に龍を色で分けて五大龍と呼び始めたという事だったのか。
「それでミロウは、こんな薄暗い場所まで来てどうしたんだい? そう言えば、さっきはどうやら人を探しているみたいだけれど……もしかして迷子になっちゃったのかな?』
「なっ⁉ 私が迷子になったんじゃないよ⁉」
ネフィアを探しに出て来た私ではなく、突然いなくなったネフィアの方が迷子だ。そう思ったのだが、龍は冗談めかしたようにニコリとほほ笑んだ。
『うん。取り繕っている小物感が満載の台詞だったけれど、迷子だと思われないために必死なのは分かったから、そう言うことにしておいてあげるよ。』
(うわぁ。なんだか腑に落ちない……)
今、いつの間にか迷子になった可哀そうな人扱いされていた気がする。納得がいかない。
ムスッと頬を膨らませていると、龍は呆れたように眉を顰めた。
『それにしても、本当によくこんな場所までたどり着けたね。』
そう言って、彼は窓の外を眺めた。
思わずそっちに顔を向けて、思わずギョッとする。
鉄格子の隙間から、魔物がぎょろぎょろと目を見開いてこっちを見ていたのだ。
「うわっ! さっきの蜘蛛⁉ まさか、こんな場所まで追って来るなんて……」
逃げ道を探して右往左往していると、龍は尻尾を振って楽しそうな声で笑った。
『ふふ。問題ないよ。この部屋には、魔物は入って来れない仕組みになっているからね。』
その瞬間、鉄格子の網を潜り抜けた蜘蛛が一匹、バチッと謎の力に跳ね返された。
「うわっ!! 何⁉」
『さっきのは魔物を弾く結界のような縛りだよ。この部屋は、魔物の通れないようにできないようになっているんだ。……中に入る時も、出る時もね。』
「つまり、魔物はここを通れないってことだよね。」
『ああ。そうだね。……って、なんでそんなに嬉しそうなのかな?』
「え? なんでって……? そりゃあ、決まっているでしょ!」
ふっふっふ。魔物には潜れない結界。
それを通って見せたということは、つまり私が魔物じゃないと判定されたという事だろう!!
今までリリサ達からも人外扱いされ、ダンジョンにも魔物判定されていた私だが、ついに人間だと認めてもらえたのだ。これを喜ばずしていつ喜ぶのか、と言いたいぐらいだ。
「そうそう、私は人間だから、魔物をよける結界も通れるよね!」
嬉しくなって緩んだ頬を押さえていると、キリュウが呆れたように私の顔を覗き込んだ。
『そんな量の魔力を垂れ流しているくせに人間だなんて、流石に無理があるんじゃない? 確かに人族の血は混じっているようだけれど、冗談にしか聞こえないよ?』
(い、今のはまさか……人外扱いされた⁉)
「し、失礼な!! 私は人間だよ!!」
一応、人間の道はまだ踏み外していないはずだ。そう主張すると、キリュウはどこか寂しそうに私を見た。
『……ミロウは、頑なに自分が人族だと主張するけれど、なんで人間なんかにそんなに拘るんだい? 確かに、人族も上位種だけれど、それより上位種もいるだろう。例えば、私たち龍のようなね。……もしかしてミロウは、ドラゴンが嫌いなのかい?』
その捨てられた子犬のような顔を見て、流石に私の良心が痛んだ。
(ご、ごめん。そんなつもりで言ったわけじゃなかったんだけど……)
ただ、転生前が人間だったから、人間以外になってしまうのは受け入れられないというか……私の傲慢な我儘だ。それに――
「別に龍が嫌いっていうことじゃないよ? 実際、親切な竜がいる事だって知っているからね。」
そう、例えば最初に捨てられたダンジョンの中にいた赤龍だ。
彼は仲間思いのいい人だったし、私の事を食べるような龍ではなかった。そんな風に、龍の中にもいろんな龍がいる事だって知っている。別に、ドラゴンが嫌いだというわけではない。
そう思って言うと、キリュウは一瞬だけ狼狽の色を見せた。
だがすぐに、いつものようにほほ笑んだ。
『へぇ。もしかしてミロウ、……他の龍とも会ったことがあるのかな?』
「ん? ああ。何度かね。」
(赤龍、最近は合っていないけれど、今はどこで何をしているのかな……)
そのうち、もう一度会いに行ってみてもいいかもしれない。そんなことを考えていると、いつの間にか龍の顔がとても近くにあった。思わず仰け反ってしまう。
「ん? どうかした?」
『やっぱりね。君から知り合いの魔力の気配がすると思ったんだよね。……その気配からして、五大龍のうちのどれかだろう?』
その言葉に、私の心臓がびくりと跳ねた。
(これ……もしかして探りを入れられている?)
龍のような魔力の気配と言えば、私の魔物摂り込みのことだろう。まさか、白竜や水龍を食べたことがバレてしまったのかもしれない。同族の竜が食われただなんて知ったら、怒り狂うに違いない。
手足が震えている私の目の前に、黄色い竜はだんだんと近付いてきた。
戦々恐々としながら逃げ道を探していると、キリュウは突然動きを止めた。
恐る恐る目を見開けば、キリュウはなぜか楽しそうにほほ笑んでいた。
『ふふ。気が変わったよ。』
(ん? どういう意味?)
意外な反応に、安堵より先に困惑が浮かぶ。
だが、キリュウは畳みかけるように質問を投げつけて来た。
『ミロウ、僕と契約を結んでくれないかい?』
「契約?」
突然のことに、思わず首を傾げる。
確か契約とは、魔力や魔術を使って行う契りのようなものであったはずだ。だが、なぜ急にそんなことを言い出したのだろうか?
『ああ。口頭でその場限りの契約でもいいし、今ここで魔法陣を書いて契約してもいい。方法は好きに決めてもらって構わないよ。そして、もしこの場で契約に応じてくれるのなら……僕はこの屋敷の探索を手伝ってあげる。悪い契約ではないでしょ?』
つまり、ネフィアを探す協力をしてくれるという事だろうか。
だが、それでは私にとってあまりに都合が良すぎる。
「それで、もしその契約を結んだとして……あなたが代わりに私に求める事は何なの?」
『ふふっ。話が早くて助かるよ。』
そして、キリュウはゆったりと立ち上がる。
黄金の翼の下から、薄く光る鎖が現れた。それは何重にもなり、彼の足に絡まっている。
(もしかして……最初のダンジョンの時みたいな魔道具?)
昔、赤龍の封印を解いた時に引き抜いた剣。あれには魔物を封じ込める力があった。それと、同じようなものなのかもしれない。
じっと鎖を観察していると、キリュウは長い首をコトリと傾けて鋭い目で私を見た。そして、見定めるような鋭い視線をこちらに向けた。
『君に望むことは一つだけ。――僕をここから解放して欲しい。』




