第六章-1-『過去と未来』
『遥かなる未来』
創世の女神アレクシスは、ポカンとしていた。
ヘンリーと共に異空間へと足を踏み入れたのだが、凄まじい水の流れによって、あっという間に流され、出た先は 本が大量に収納された棚に埋め尽くされた場所だった。王宮にこんな場所があったな…とボンヤリ考える。しかし、広々とした窓は青空を映し出し、そこに映る街並みは見たことも無いものだった。天へと伸びる四角い建物、道路を行き交う馬車のような鉄の物体、そして見た事もない服装で歩く人々。更に驚いたのは 人々から魔力を感じない事だった。それなのに大地は細かく揺れ、魔力が滲み出ている。
(こんなに…濃度の濃い魔力を感じるのは初めてだ…それなのに、どうして皆 平気な顔をしてるんだろう?)
魔女アレクシスにすれば、これは危険度レベルMAX、大魔人よりも厄介事だと思うのに、誰一人、気にしている様子は無い。
(…もしかして、感知出来ないの?魔力が、魔肝が無いから?)
そもそも ここは何処なのだろうか…と眉間にシワを寄せ、図書館の中を歩き出した。するとあるテーブルからヘンリーの気配を感じる。導かれるように窓際のテーブルまで歩き、ソッと手を触れた。僅かだが確かにヘンリーの魔力を感じる。そこで言語通信を使ってみたが、ヘンリーからの応答は無く、声が届いているのかどうかも分からない。
「うーん」
これは困った。ヘンリーを危険に晒さないと約束して歪みに入ったと言うのに、アシェル嬢を見つけるどころか ヘンリーとはぐれ、見知らぬ場所に出てしまった。これは予想外だ。腕組みをして、さて これからどうするかと思案を始めると、カツンと乾いた靴音がすぐそばで聞こえた。
「貴方は…一体 誰だ? 随分、妙な格好をしているな。魔女のコスプレか?」
顔を上げたアレクシスはこちらに怪訝な顔を向ける青年と見つめ合った。スラリと背が高く、簡素な装いだが気品を感じる。茶色の明るい髪色に同じく茶色の瞳。目鼻立ちは整い、充分 男前の部類に入るだろう。ジェームズやルーカス、テオドール達の整った美形に慣れてしまったが、魔女アレクシスはそう思った。”コスプレ”が何を指すのか分からなかったが、ここはどこなのか聞こうとすると、先に青年が話し出した。
「そこはノアが最後にいた場所だ、なあ、どうしてそこで考え込んでいたんだ?もしかして、ノアが何処にいるのか知ってるんじゃ無いのか?」
「ノア?」
「知っているなら教えてくれ!警察も探してくれているが、未だ何の情報も無い…、ノアが家出なんかするわけないんだ!きっと事件に巻き込まれたに違いない…!」
悲愴な顔で青年にまくし立てられ魔女アレクシスは慌てた。
「…ちょ、ちょっと ちょっと!待ちなって…ッ そもそも、”ノア” ってのは誰だい?」
「…ッ …ノアを、知らない…のか…」
魔女アレクシスの答えに ガックリと肩を落とす青年。魔女アレクシスはとりあえずソファに青年を連れて行き、話を聞く事にした。広い図書館は人がまばらだが、このまま声を上げて話し合えば いずれ注意されてしまうだろう。メガネを光らせた壮年の男がこちらを見ているのだから。
「…私の名はアルバート・アードルフ。アードルフ公爵の次男で、ノアは私の弟だ。」
「アードルフ公爵…」
魔女アレクシスは、アシェル嬢が確かアードルフ公爵家の娘だったと思い出し、『救出作戦』は間違った道を進んで居ないかも知れないと思った。ヘンリーとはぐれてしまったのは痛手だが、こうなったらアシェル嬢だけでも見つけよう、と意気込んだ。
「この街に図書館は幾つかあるが、ノアは特にこの図書館を気に入って 良く勉強に来ていた。”あの日” も、ここへ送り届けたと運転手が証言しているし、受付の人間も そう証言している。それなのに、二時間経っても出て来る様子がなく、運転手が中に入って確認したところ、ノアの姿はどこにも無かった。テーブルには勉強の為のノートや資料がそのまま残されていて、飲みかけのコーヒーも置いてあり、少し席を立った…ように見えたそうだ。出入口を見張っていた人間は居ないので、ノアがコッソリ出て行った可能性は勿論あるが、ノアが『そうする』理由が無い…。あれから半年…手を尽くして探しているが、まるで忽然と消えてしまったかのように何の手掛かりも無いんだ…」
「ふぅん…」
ソファの背もたれに頭を投げ出し、両手で瞳を覆ったまま青年は独り言のように語る。
「ノアは『神の愛し子』だった…。神の祝福、魔法を使う事が赦された子供だ。『神の愛し子』はこの国に何人も居ない、きっと誘拐されたに違いないんだ…!だが、犯人からは何の連絡も無く……」
「魔法?」
青年がそこまで言ったところで、魔女アレクシスが声を上げる。
「…ああ、そうだ。信じてないのか?ノアは本当に、魔法が使えるんだ。闇魔法だから あまり使う機会は無かったようだが…」
魔女アレクシスの言葉に、気を悪くしたのか青年が ムッとした顔になる。魔法使いの国から来た魔女アレクシスにとっては『魔法を使う』なんて、息を吸うくらい当たり前の事であるが、『この世界』には魔法使いが少なく、『魔法が使える』なんて言っても 鼻で笑われるのがオチだ。
「闇魔法か…そりゃ確かに珍しいね。でも魔法使いなら誘拐されたってひとりで帰って来られるだろ?どんな魔法だって無効化出来るんだからさ?」
肩を竦める魔女アレクシスに、青年が 大きなため息を零す。
「…警察の一部からもそう言われてる。だが、この国にそもそも魔法なんかほとんど無いんだ。魔法で拘束されたならまだしも、鉄の手錠を掛けられたら、いくら闇魔法使いでもどうしようもないだろう?」
「それなんだけどさ、この国はなんて名前なんだい?」
魔女アレクシスは、サイラス王国は魔法の代わりに錬金学が発達した機械の国だと聞いた覚えがあった。それに魔法使いが全く居ないわけではなかった筈だ、戦後、アデルバード人が移り住んでいた。勿論、サイラス人も同様にアデルバード王国に入っている。だから、ここはサイラス王国なのでは無いかと推測した魔女アレクシスは、青年の答えを聞いて目を見開いた。
「アデルバード王国だ。」
「あ、アデルバード?! ちょっとアンタ!それ本気で言ってんの?!ここが、アデルバード王国だって!魔法使いの国の、アデルバード王国?!」
「…ハハ、『魔法使いの国』なんて呼ばれてたのはもう随分昔の事だろう。なんだ、貴女は『魔法使いの国』に憧れてやってきた観光客か、どうりで そんな格好をしている訳だ。」
驚く魔女アレクシスの隣で青年はひとりで納得している。バカにされたようだが、魔女アレクシスはそれどころでは無かった。あのアデルバード王国が、どうしてこうなってしまったのか、全く分からない。アデルバードは魔女アレクシスが種を芽吹かせるところから始めた我が子のような国だ。人間と心を通わせ、実際に何人も子を成した事もある。魔法使い達は全て、魔女アレクシスの子であるのに、殆ど魔法使いがいないここが、アデルバード王国だと云う。信じられない。考え込んでしまった魔女アレクシスの隣で、青年はひとしきり喋って落ち着いたのか、ひとつ ため息をつくと、スッと立ち上がった。
「…聞いてくれてありがとう、もしノアを見かけたらここに連絡をくれると嬉しい。では――」
魔女アレクシスに名刺を渡すと、青年は出口の方へと歩き去った。渡された名刺をボンヤリ見ながら、さて これからどうするべきかと、魔女アレクシスは途方にくれた。
◇◇◇◇◇
『魔法使いの国と魔法使いの国』
トンネルを抜けたらそこは 不思議の国でした――じゃ、なくて。こんにちわ、ディラン伯爵家の三男 ヘンリーです!本当は僕ひとりで魔女たんを探しに行くつもりだったんだけど、心配性のジェーちゃが ダニエルくんから呪文がビッシリ刻まれた刀を借りて来て、その刀で歪みを切り裂いて広げちゃったんだよ〜。異空間を切り裂くって凄過ぎない?おかげで皆も通れるようになったの。で、会議をした結果、『魔女たん救出作戦』のメンバーは、僕とジェーちゃ、テオ兄様とティム兄様、そして騎士団の二人と言う六人で歪みを通る事になったのです。
で、イザ!と歪みに足を踏み入れたら、とぷんっと、また水の中…水の壁?を通ったら、また元の場所に居たんだよ…。前は川の中に入ったみたいな感じで、アシェル様の所まで流されたのに…えっ、これって失敗?と思ってたキョロキョロしたら。
「あれ?テオドール兄様、僕達…」
「落ち着け、ウィリアム。良く見るんだ、ここは随分綺麗だと思わないか?」
ティム兄様の声にテオ兄様が答える。
「確かに…ジェームズ王子殿下が真っ二つにした女神像も、傷ひとつありませんね」
悠然と立つ女神像をしげしげと見ながら騎士団のひとりが言う。その後ろでジェーちゃがジロリと睨んでるけど。
「――なら、ここは。ファーニーが言ってた、もうひとつのアデルバード王国か…」
「ジェームズ王子殿下、今のはどう言う意味ですか?」
ポツリと言ったジェーちゃの独り言に、テオ兄様がギラリと眼を光らせて問う。えっ、『もうひとつ』ってどういう事?僕の頭の上には ? がいっぱいだよ!ティム兄様も僕と同じお顔してるし!
「いや、昨夜、ファーニーと話して居たんだが。アイツが言うには――――」




