第五章-1-『恋』
あまり豊かとは言えずとも、広大な土地を所有し高い錬金学の元に築いた”機械の国”サイラス王国。
ロージー・サイラスは即妃の娘として生まれた。しかし物心つく前に王妃が亡くなり、続いて王妃の息子である第一王子が病で王城から去った為、ロージーの母は王妃となり、ロージーもまた第一王女の地位に着いた為、ロージーにして見れば、生まれた時からずっと王位継承権第一位であった。煮詰めた蜂蜜のようなツヤツヤの茶髪に、ベリーのような赤い瞳。それらの特徴は国民と同じだが、愛らしい顔立ちのロージーは誰よりもその特徴を輝かせて魅せていた。数年後には弟も生まれ、王位継承権は弟へと移されたが ロージーが思いのままに振る舞うのを咎める者など居なかった。
願えば何でも手に入る。
それがロージーの当たり前の日常だった。
「今日は王子に会うのでしょう?」
大災害に見舞われた隣国 アデルバード王国、友好国であり協力を惜しまなかったサイラス王国は、祝賀パーティーに参加する為、国王とその娘であるロージーだけが国境を越え こうしてアデルバード入りしていた。来客用の宮殿の一室、ロージーはメイドに髪を整えて貰いながら紅茶を飲んでいた。
「ええ、そうですよ。パーティーは来週ですが、第一王子ルーカス殿下、第二王子ジェームズ殿下、そして第一王女フレイヤ殿下との会談の予定になっております。」
ロージーの質問に答えたのは幼い頃からの乳母であり、家庭教師でもある侍女メアリだ。
「ルーカス殿下は お父様の姉様がこの国に嫁いで来て生まれたのよね。…私は嫌だわ、他の国に嫁ぐなんて。どんな目に合うか、分からないもの。」
眉間にシワをよせ、嫌そうな顔をするロージー。
「…フローラ様はご立派な方です。いくら終戦したとはいえ、敵国に身売りするのと変わらないでしょう。そんな中でも耐えてくださったからこそ、今の両国の協力があるのです。フローラ様とのお時間もありますから、しっかりお話を聞ければ良いですね。」
ロージーが嫌がっても、時にはフローラのように他国に嫁がなくてはいけない時もある。その為 侍女は明言を避けた。
「フローラ様は本当に偉いわ、だってこの国の貴族って『アルビノ』ばっかりでしょう?」
サイラス王国は茶髪に赤い瞳が特徴だが、稀に 色素が抜け落ちた者が生まれてくる。それは髪であったり、肌の色であったり様々だ。色が抜け落ちていると 能力も抜け落ちていると判断され、迫害の対象となって来た。対するアデルバード王国は、銀髪に青い目が王族の特徴であり、近しい貴族達はそれ以外にも青い髪や白い瞳といった特徴を持っている。ロージーからすれば、殆どが『下民』と言うことになる。
「ロージー様!そんな事を仰ってはいけません!戦争になってしまいますよ!」
慌てて侍女に止められ、ロージーも口を噤んだ。
ロージーは幼い頃から聞かされる隣国の話が大好きだった。自国にはない『魔法』という特別なもの。たまに隣国から来た魔法使いが見せてくれる魔法を心から楽しんだ。そしてもし自分が魔法を使えたら…という妄想で胸がいっぱいになった。正直、今回の訪問も、本当は国王だけが参加の予定だったのだが、どうしてもついて行くと我儘をいうロージーに国王が折れたのだ。それなのに、イザ来て見れば、魔法使い達との交流は無く、こうして豪華な一室から気ままに出る事も出来ない。外交問題を踏まえれば 当然であったが、ロージーには不満だった。それに見る人見る人、皆 『アルビノ』で、それにもロージーは不満だった。
元々ロージーは我儘だ。他国に来ているので、一日二日は大人しく与えられた部屋で過ごしたが、三日目には王子達とのお茶会よりも魔法使いと会いたかった。アデルバード王国にして見れば、魔肝を持つ者全てが『魔法使い』で、ルーカスもジェームズも、またはその辺にいる使用人ですら『魔法使い』なのだが、ロージーの認識とは違っていたようだ。だから、侍女がアデルバードの使用人とすり合わせをしている隙に、フードを被ったロージーはソッと部屋を出て、『魔法使い』を探しに行ってしまった。
◇◇◇◇◇
「お前、この庭で何をしている?」
アデルバード王国の第二王子であるジェームズは、隣国の王女とのお茶会を避ける為、ファーニーを撒き、ひとりでブラブラと散歩をしていた。ジェームズは王太子に選ばれる確率を出来るだけ低くする為に、「王子としての仕事」を放棄していた。元々、魔力が多く、よく暴走させていたので、「王子として仕事」をしていなかったが、ヘンリーと過ごすうちに様々な事件に直面し、その都度、大量の魔力を使い、大魔人戦では初の魔力枯渇も経験した。そうして魔力を消費している内にコントロール出来るようになり、『第二王子派』がジェームズに「王子として仕事」を求め始めた。特に今、ジェームズは国を救った英雄のひとりであり、人気も集中している。義弟ルーカスですら、ジェームズの王太子を喜んでくれる、だからこそ、ジェームズは義兄ルーカスを王太子とすべく、全ての「王子として仕事」を放棄するつもりでいた。
それに大切なヘンリーが、家族と共にだが、聖女と呼ばれジェームズの心の拠り所でもあるアシェル嬢を探しに行っている。とても呑気にお茶会に出る気分では無い。そうして城に不審者や不具合が無いかと、騎士団のつもりで見て回っていた所、客人用の宮殿と繋がる空中庭園の一角、花で埋め尽くされたベンチにひとりの人間が座って居るのが見えた。そのベンチで誰かが休んでいたり、飲み食いしていても 何もおかしな所は無いが、その人物はフードを深く被りジッとしていた。不審に思ったジェームズは迷わず近付き、声を掛けた。
パッと顔を上げたのは幼い女の子だった。しかしフードの下は煌びやかなドレスを纏っていたので、使用人などでは無い。訳ありの貴族だろう。
「…あ、お花が…」
「? 花?」
ロージーが頬を紅くして、ようやくそれだけ口にした。キョトンとしたジェームズは言われた事を繰り返すしか出来ない。
「…ええ、お花…。これ、何で出来ているの?」
キラキラした瞳を向けられ、ジェームズが言われた花を目を落とす。ここは客人を楽しませるように、一年中、変わった花が育てられている。ロージーが指さす花は、真っ白い雪の結晶で出来た花だ。
「これか?…俺は花には詳しく無いが…確か…、雪の結晶で作られたやつじゃ無かったかな…」
「雪の結晶?! 凄い!どうやって作るの?!」
ロージーが更に興奮する。ロージーにして見れば、これこそ、正に『魔法』だった。
「作り方は知らん。こういうのはファーニーか、ウィリアムか…あ、そうだ確か…」
ジェームズは片手を花に向け短い詠唱を唱えた。すると花の周りに火が現れ、すっぽりと被ってしまう。それなのに花は燃える事なく、キラキラと虹色に輝いた。
「!!!」
ロージーは両手で口を押さえ、叫び出してしまいそうな思いを何とか推し留めた。素晴らしい!さっきのままでも、充分素敵だったが、これではまるで生きている宝石だ。虹色になった花をジェームズはポキリと手折った。出来を確かめる。それを見ているロージーは我慢が出来なくなって口を挟んだ。
「ねぇ!…それ、くださらない?」
「これか?」
キラキラした愛らしい顔に懇願をのせるロージー。ジェームズは少し考えたが、結局ロージーの手に載せてやった。
「ありがとう!とても嬉しいわ!」
大喜びするロージーを見て、『世間知らずな貴族の子供』と判断し、ジェームズはその場から立ち上がった。巡回を続けなくてはいけない。
「早く戻れよ。」
そう言って立ち去るジェームズにロージーが声をかけた。
「ねぇ!貴方、名前は?」
しかしジェームズは振り返る事なくそのまま消えた。
「なんて素敵な人…」
漆黒のような艷めく黒髪に、宝石のような紫色の瞳。スラリと伸びた手足に仕立ての良い服、そして『本物の魔法使い』。ロージーは手の中の虹色の花を見つめ、ほう…とため息をひとつ落とした。
◇◇◇◇◇
「ロージー様!今までどこにいらっしゃったのですか?」
フワフワと夢見心地で部屋に戻ると、真っ青な顔をした侍女が駆け寄って来た。もしロージーに何かあれば外交問題である。わあわあまくし立てる侍女のお説教がロージーの右耳から左耳と流れてゆく。
(あの人の名前はなんだろう…きっと貴族よね、また会えるかしら…)
ボンヤリしているロージーに、メイドが手紙を持って来た。侍女もお説教を一時休止する他ない。受け取った手紙は母親からだった。サイラス王国の現王妃。
『愛しい娘 ロージーへ
元気にしていますか?我儘を言って周りに迷惑をかけていませんか?貴女が健やかに過ごしている事を願います。
ところで、貴女がアデルバード王国へ行く時に約束した事を忘れていませんよね。第一王子との婚約です。彼はサイラスの血をひいています。貴女が彼と婚姻を結ぶ事で、両国はより強く結びつきます。
出来るだけ印象を良く、より親密になれるよう努力を惜しまぬように。』
他にも長々と書いてあったが、ロージーは薄目で流し読んだ。母親は次代もアデルバード王国とサイラス王国との婚姻を望んでいる。アデルバード王国にサイラスの血が濃くなれば、それだけ実権を握る事が出来るからだ。弟が生まれるまではサイラスの宝玉としてチヤホヤしていたのに、王位継承権を弟に移した娘を 今度は政治の道具にしようとしている。母親の、そういった明透な部分をロージーも心得ていた。彼女は即妃から王妃と成った欲深い略奪者だ。しかしロージーはそんな母親の事が嫌いでは無かった。我欲を満たす為に努力を惜しまぬ姿は賞賛に値したし、何よりその血がロージーにも流れている。
ロージーが魔法使いの国へついて行かたいと言った時、国王は弱った。何故なら今代はアデルバード王国とサイラス王国との婚姻を望んで居なかったからだ。そしてサイラス国王には、アデルバード国王に頼み事をひとつしたかったので、ロージーがアデルバード王国に迷惑をかける事を懸念していた。可愛い娘ではあるが、少々我儘が過ぎる。自国ならまだ抑え込めるが、他国では話が違う。それなのに両国の婚姻を望む王妃に、結局丸め込まれてしまいロージーを連れて行く事になった。その際に、王妃とロージーは第一王子と親密になると約束をしていた。勿論、口からデマカセだ。『親密』といってもピンからキリまである。容易く誤魔化せる相手では無いが、どうしてもロージーは『魔法使いの国』に行きたかった。
◇◇◇◇◇
「この国はどうですか?後で王宮をご案内しますよ。」
絵本から抜け出して来たような第一王子ルーカス、キラキラと輝く太陽のような金髪に、ロージーと同じベリーのような艶々の赤い瞳。物腰も穏やかで、気品に溢れている。
先程の出会いを忘れ、ロージーは恋に落ちた。
本来なら、このお茶会には第二王子ジェームズと、第一王女フレイヤが同席するはずだった。しかし急用があり二人が欠席する事をルーカスは心から詫びた。最初は軽んじられてると感じたロージーだったが、最後には二人きりで良かったとまで思うようになっていた。図らずも母親の言う通りルーカスとの親交を深める事が出来た。
その夜、寝支度を済ませたロージーは窓際により月を見上げた。漆黒の魔法使いと太陽の王子…一体、どちらを選ぶべきだろうか…?瞳を伏せて考え込んだロージーはひとつの答えに辿り着く。
(太陽の王子と結婚して漆黒の魔法使いを傍に置こう…!これしかない!)
国王は王妃以外の子をもうける事をヨシとされている。しかしそれは世継ぎの為であるのに、ロージーは王が愛人を置くなら自分も置いても良いだろうと、それで無ければ不公平だと考えた。勿論、愛人にするのは漆黒の魔法使いだ。彼と愛し合い、魔法を見せてもらう。政務は太陽の王子と共に励むのだ。こんな完璧な人生があって良いのだろうか?否、良い!ロージーはひとり、力強く頷き、我欲のために突き進む事を決意した。
◇◇◇◇◇
「どうして俺が…」
太陽が沈んだ頃、自室に居たジェームズへ ルーカスが尋ねて来た。勿論、フランソワ・エミューズ伯爵令嬢とのお茶会をドタキャンしたジェームズが、サイラス王国の王女とのお茶会もドタキャンしたからだ。また言っても無駄だとは分かって居たが、何も言わない訳にもいかない。ひと言ひた言、お小言を言ってから本題に入る。
本題とは直に行われる祝賀パーティーで、サイラス王女をエスコートして欲しいというものだった。当然ながらジェームズは渋った。
「ジェームズ、これは父上からの要望でもあるんだよ。本来なら私はアシェルをエスコートする筈だが、残念ながらアシェルはまだ行方不明だ。その為、エミューズ伯爵令嬢をエスコートしなければならない。なんなら、君がエミューズ伯爵令嬢をエスコートするかい?私がサイラス王女をエスコートしても良いよ?」
つまり、どっちがどっちをエスコートしても良いが、どっちかはエスコートしなければならないと云う事だろう。そんな事、考えた事も無かったジェームズが言葉を無くす。
「…ジェームズ様、サイラス王女をエスコートなさっては如何ですか?」
ファーニーが向かい合ってソファに座る二人の話に口を挟んだ。本来なら無礼極まりないが、この部屋には今、気心の知れた三人しか居ない。
「何故だ?ファーニー」
ジロリとジェームズがファーニーを睨む。
「…ゴホン、サイラス王女はこのパーティーが終われば帰国されます。つまりエスコートするのは一度だけ。でもエミューズ伯爵令嬢は後宮に入られる方です。今後も付き合いはおありでしょう。今回エスコートなされば何かと用を言い渡されるかも知れません。」
トクトクと語るファーニーの言葉にジェームズは「…ふぅん」と鼻を鳴らす。
「それに『第二王子派』が勢いづくかも知れません。エミューズ伯爵令嬢は『後宮の人間』ですから。」
そういうファーニーに意地悪そうな顔でルーカスが言う。
「でも、サイラス王国は 今代アデルバード王国と婚姻している。ジェームズとサイラス王女を並べて『次代』と騒ぐ可能性もあるよ?」
「それは無いでしょう。友好国ではありますが、サイラス王国とだけ絆を強めれば他の国を蔑ろにしていると批判されますから。」
「…………」
二人のやり取りを聞いているジェームズはずっと渋い顔だ。本来ならやりたくない。だが、それは目の前にいる義兄ルーカスも同じだ。愛する者が消えてしまった今、彼らは待つ事しか出来ない。それでも「王子として仕事」を粛々と行うルーカスに、流石に”ヤダ”とは言えず、ジェームズはサイラス王女をエスコートする事を承諾した。
それなのに。
太陽の王子に恋をしたロージーは、頻繁にルーカスに逢いたがった。王宮の散歩に城下町の散策、または市井の視察など、パーティーが終われば帰国しなければならないロージーには時間が無い。付き纏いと言って良いほどロージーはルーカスにベッタリだった。それだけでは無く、手紙も寄越してくる。その中には如何にルーカスが素敵で好ましく想っているかが切々と語られていた。
ルーカスはため息をついた。
ルーカスは見目麗しい上に高貴な身分だ。物心ついた頃から女性にはモテていた。成長する内にあしらい方も覚えた。しかし相手はタダの令嬢では無く、友好国、今回の大魔人戦で大いに力を貸してくれたサイラス王国の王女だ。招いている以上、下手なマネも出来ない。やんわり断っても彼女には効果が無いようだ。こんな時、隣にテオドールが居てくれたら…物思いに沈みそうになったルーカスは、ハッとして頭を振った。テオドール、ひいてはディラン伯爵家は今、アシェル救出任務に総出で取り掛かっている。その為、ルーカスの側近候補として控えていたテオドールは、ここ最近不在だった。
そのせいだろうか、ロージーから上手いこと逃げ、絵画が置いてある廊下に佇んでいるフランソワとルーカスは行き会った。そして言葉を交わすうち、微笑みの王子様から疲労を感じたフランソワは「何かお力になれる事は無いかしら?」と尋ねて来た。ルーカスは柔らかく笑い、「モテ過ぎるもの困る」と軽口をきいた。ただの冗談だったのだが、フランソワはニッコリと笑い、「私にお任せ下さいませ」とお辞儀をした。
それから。パッタリとロージーからの逢いたい攻撃が止んだ。最初はロージーからの連絡が無く、ドキドキしていたルーカスも、日付が変わる時には怪訝な顔になっていた。
おかしい。あれだけ外聞も無く騒いでいた王女が、他国の、それも伯爵令嬢に注意されて大人しくなるなんて有り得ない。それが出来ているなら、彼女を注意する人間が今まで居なかった と云う事になる。勿論そんな事は無い。侍女はいつも青い顔をしていたし、何度も彼女を諭そうとしていた。それでも彼女の態度は変わらなかった。いよいよ、父上に相談するべきかと気を揉んでいたのだ。それが、パッタリと無くなった。一日だけなのでは無いかという気持ちもある。今日は何かしら用事があり、明日になればまた同じ日常に戻るのでは――と。
しかし次の日も、王女はルーカスに面会を求めなかった。




