クエスチョン
クアークアーと海鳥が白む空に飛んで行く。目が覚めた、というかずっと起きていたのだけれど。何度目か分からない寝返りをゴロリと打つ。日がほんの少し差して、ぼんやりとモノの形が見えてきた。あんなに疲れていたのに一睡もしていない。夜の間ずっと考えていた。
ヴァン君は何を考えているんだろう。どうしてキスしたのだろう。親愛?友情?それなら頬でいいじゃない?じゃあ恋情?愛情?だったら口にすればいいじゃない!
はっ!と、自分が恐ろしいことを考えていることに気がついた。実際口にされたら大騒ぎだ。だってそんな…。
そこで自分とヴァン君のそういうシーンを想像してしまい、「うわああああああ」と掛け布団に頭を突っ込んだ。残念なことに、これを一晩繰り返していた。何だってキスなんかしたんだ。小さいころから知った仲でも、そんな触れ合いは一切なかったのに。いや一応次期王の婚約者だ。あったら大変だったけれど。
ひょっとしたら、万が一、可能性として、ヴァン君が私のことが好きだとしたら…。とも考えた。けれど…。
ダメだ。私の思っている、というか経験した「好き」の感じと重ならない。私がリュイを好きだったときは、見つめ合うだけでドキドキするとか、いつも彼の前ではきれいでいたいとか、嫌われたらどうしようとか、そういうことを考えながら行動していた。
対してヴァン君はよく睨んでくるし、相変わらず服装は乱れているし、破天荒だし…。どう頑張っても私にドキドキしているようには見えない。顔を赤らめるとか…なんかそういう気のある素振りだって全然しない。
「はあああ」
もう何度目か分からないため息をついた。
「なんであんなことしたんだか…」
私の思考は再び振り出しに戻った。
久しぶりに父と共に朝食を摂った。ヴァン君はまだ寝ているのか、現れる気配がない。向かいに座る父がコーヒーカップを置くと、「疲れているところ悪いが、一緒に来てもらえるか」と訊いてきた。どうやら、「彼ら」への詰問が取り急ぎ終わったらしい。私も昨日のうちに色々と説明をしている。
ちなみに、途中狂言誘拐となっていたことについては不問とされた。皆そのことは知らなかったし、それに誘拐されたという事実は変わらない、ということだそうだ。私は狂言と知られてしまったことにビクビクしていたので、その判断が下ったとき、心底安心した。
父の要請は、今日は話をまとめたいから同席を、ということだった。当事者として、出席する義務がある。ヴァン君と顔を合わせるのも何だか癪だし…。私はすぐさま承諾した。
連れて行かれたのは、バージェル叔父さんの家だった。私たちはユリアンに出迎えられ、広々とした客間に通される。大きなソファにバージェル叔父さんとカリム叔父さんが並んで座っていた。スジェット伯父さんとジェイン伯父さんは例の復興事業でてんてこまいだそうだ。
「じゃあ早速始めるか。サレナ大丈夫か?」
ユリアンもやってくると、話はすぐに始まった。叔父さんは、私の説明・捕まえた商人たち・高官・親方たちから聞いた話をまとめた。そこでいくつか疑問が生まれたらしい。叔父さんは私に向かって尋ねた。
「バルベルデスと高官が、しきりに「ここはランジットの領地だから領地の娘が誘拐されたとあったらまず領主に話が行って然るべきだと思った」と主張してくるのだが。俺もそれはそうだと思う。理由を聞いていいか」
「それは親方たちの希望です。お金を取るなら自分たちを陥れた奴らから出させたいって。あんまり期待はしていませんでしたけど」
あれはチャレンジだった。『リュイの婚約者』がどこまで力を発揮するのかと思ったが、全く効かなくてがっかりした。商人たちの方はまだしも、高官の方には多少効果があっても良かったのに。バージェル叔父さんは「ふんふん」と頷いた。
カリム叔父さんは「あいつら、「事実だと知っていたら放ってはおかなかった」とか言ってたけど、そんなの当たり前だよな。じゃあ事実かどうか確認しろよって話なんだよ」と吐き捨てるように言った。捕らえられた男たちは色々言い訳をしているらしい。
「それに、バルベルデス商会の奴ら、自分のとこの偉い奴が捕まったからってその腹いせに町で「ランジットは犯人を爆殺した」って触れ回ってるみたいだぞ」
バージェル叔父さんはやれやれと額に手を当てた。「クズの手下はクズってことだ」と手厳しいことを言う。腹を立てている叔父さん達に対して、父は穏やかな表情だった。
「もしも『彼ら』が罪を犯さず、餓死などしていたら…それは我々が殺したのと同じことだった。責任有るものとして、そのくらいの噂、甘んじて受け止めなくては」
「兄さん…」とカリム叔父さんが呟く。父は領主の顔をしていた。一同は父の言葉で冷静さを取り戻したようだった。私は親方達に寛大な処置をしてくれた父に心から感謝した。
親方達といえば、と私はユリアンに聞きたいことがあったのを思い出した。
「ユリアンは、ヴァン君になんて言われて手伝ったの?」
すると彼は「聞いてくださいよ!」と身を乗り出した。叔父さんや父はクスクス笑っている。何だ?ユリアンはプンプンしながら事情を説明してくれた。
「ヴァリエールさん、僕に親戚中の穀物庫からありったけの小麦粉を運び出させたんです。あのとき、僕は全然頭が働いていなかったし、サレナちゃんのためだって言うから!何キロもある小麦粉を台車に乗せて運んだんですよ!一応「おっかしいなあ…」って思いながら!」
「こ、小麦粉…」
「まさかですよ!粉塵爆発を起こすとは思わないじゃないですか!道理で変だと思いました!僕が頑張って搬入してる横でせっせと何か作っていたと思ったら、時限式の発火装置だったんですよアレ!!!信じられない!」
(し、調べられても小麦粉の商船が誤って爆発したように見せかけようとしたな…)
私はヴァン君と言う人が本気で恐ろしくなった。敵に回ったらどうなってしまうのだろうか…。これまでのヴァン君の行動を顧みても、味方でよかったと心の底から思った。
(あれ…?私、何か忘れているような)
何か大事なことがあるような気がしたが、叔父さんが場を仕切り直し再び質問が再開したため、ソレが何かはっきりしないまま、私は頭の隅に追いやってしまった。
いくつか細かいことを聞かれたのち、私は解放された。一人で帰すのは心配だからと、父は一度私を送るために席を外した。ユリアンに手を振り、叔母さんに挨拶をすると私たちは輝く太陽の下に出た。
父と並んで少し歩くと、「サレナ」と名前を呼ばれた。父はちょっと難しい顔をしていた。何か言いたいことがあるのだな、と思った。「どうしましたか」と返すと、父は咳払いをして、小声になった。
「まだ分からないが…国に訴えを出すことになった。国の監督不行き届きでお前がこんな目にあったんだ。婚約もこれで辞退に持ち込むつもりだ」
反応の薄い私に、父は「あれ?」という顔をした。私は慌てて、実は昨日聞いてしまったことを謝ると、父はガクッと頭を垂れた。自分で言いたかったらしく、「あいつめ…」と苦々しく呟いている。私はすごく悪いことをしてしまったような気になり、父に何度もお礼を言った。
私を屋敷に送り届けた父は、また道を引き返していった。家を出るときと同じように、馬丁のジェフが送っていくと言ったが、また軽く断って行ってしまった。これから暑くなるというのに。
「…」
ヴァン君、起きたかな。流石に。もうお昼だ。お腹が空いてきっと降りてきているに違いない。私は深呼吸をして、「えい」とドアを開けた。
しかしそこに予想した人はおらず、アガトが「あら、入れ違いですねえ」と言いながら汚れた食器を片付けていた。
うーん、安心したような、残念なような。ヴァン君にはこれからも何度も顔を合わせるというのに。毎度こんなに忙しく精神を使っていたら体がもたない。
「ねえアガト…」
私は目の前の人生の先輩に相談してみることにした。
「と、トモダチの話なんだけどね?」
言いなれない単語を噛んだ。
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