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アイ死、アイ去れ  作者: 痛瀬河 病
3/3

 次の日の夕方の事だった。

 私は気まぐれにいつもと違う道を歩いていた。

 すると、珍しい顔に会った。

 私は思わず声を掛けた。

「彩先生!」

 そう、そこには小学校の時の担任、彩先生がいた。

 向こうもこちらに気が付いたようで、手を振ってくれた。

「あら、久し振りね」

 私が小学校を卒業してから、四年近く経つが彩先生は相変わらず綺麗だった。

 もう三十路は超えているはずだが、凄いと思う。

 私たちは近くの公園で腰を下ろし、談笑することにした。

 公園に私たち以外いないのは時代だろうか、立地だろうか。

「住んでる地域はそんなに離れてないのに、意外と会わないものね」

「そうですね、私があんまり出歩くタイプじゃないのもあるかも」

 彩先生は小学校の頃と変わらず優しい口調で、話している相手を安心させてくれた。

「あなたがお兄さんの卒業式で体育館に響き渡るぐらいの泣き声を出したのは、今でもうちの小学校の伝説になってるわよ。そう言えば、お兄さんは元気?」

 あっ、やっぱり彩先生は知らなかったか。

「……その、兄は少し前に他界してしまいました」

 彩先生の表情が凍り付く。

 適当に誤魔化せばよかったかな?

「……その、ごめんなさい。じゃあ、今は親戚の方とかと暮らしてるのかしら?」

「いえ、引き取ってくれる親戚も見つからず、今は両親と兄の保険金で細々と一人で暮らしています」

 ちょっと重い話をして申し訳ないなと、彩先生の顔を確認しようとしたが、それは叶わなかった。


 だって、全力で抱きしめられたから。


「辛かったわね。よく頑張ったわね」


 顔は見えないが、鼻をすする音や声に震えがうかがえる。

 彩先生は、温かかった。

 物理的なことだけではなく、彼女の人柄のなせる業か、抱きしめられていると心までポカポカしてくるのだ。

 彼女は私を抱きしめたまま、そっと提案してくれた。

「ねぇ、あなたさえ良ければ、うちで二人で暮らさない? 勿論、生活費は私がすべて出すわ。ご家族の保険金はあなたが成人してからの為にとっておいた方がいいわよ」

 その言葉に私もつられて涙が出てきた。

 この人は本当に私の事を思ってくれている。

 教師の垣根なんて関係なく、私の為に行動してくれようとしている。

 私、この人が大好きだ。

 

 あぁ、なんて愛しいんだろう。


 私は気が付いたら、彩先生を今日の美術で使った彫刻刀で刺していた。

 何度も刺していた。

 一刺し一刺しに愛を込めた。

 あぁ、私の大切な人が消えていく。




 私は兄のベッドで目が覚めた。

 ……なんだ、夢だったか。

 ここ最近はなかったんだが、夢の中でまで妄想が爆発するのは困りものである。

 夢だと、妄想している自覚がない分、毎回起きたときドキドキしてしまう。

 目覚まし時計を見ると、いつも起きる時間より一時間近く早かったが、目が冴えてしまったので、諦めてリビングに降りた。

 テレビをつけ、トースターにパンをセットし、それが出来上がるまでの間、ぼーっとしながら、朝のニュースを見ていた。


『―◯県◯市◯区』


 おっ、うちの近所じゃん。

 何があったんだろう?


『―殺人事件が起こりました』


 いや、本当はうちの近所の地名が読み上げられて時点で嫌な予感がしていた。

 

『―被害者の名前は、山本 彩さん(31歳) 小学校教諭、遺体には複数の刺し傷があり、怨恨の可能性が高いと』


 妄想じゃなかった。

 私がやったんだ。

 ついに妄想と現実をごっちゃにしてしまった。

 違うな、ついにじゃない。

 まただ。

 私は兄に続いて、彩先生まで殺めてしまったのか。


『―犯人はまだわかっておらず、』


 いや、時間の問題だろう。

 公園にこそ、人はいなかったが、私と彩先生が昨日一緒に歩いていたのはそれなりの人が見ている。

 すぐに私のもとに警察が来るだろう。

 

 ……残った時間何しよう。

 そう言えば、興奮してたせいか彩先生を殺した時の感情をよく覚えてないな。

 彩先生を殺した時の私はどんな感情だったんだろう?

 私は満たされていたのだろうか?

 これを思い出さないと、流石に彩先生も浮かばれないな。

 よし、頭を整理するために少し歩くか。


 私は気が付けば、その辺に転がっていた制服を着て、玄関を飛び出した。

 

 飛び出したなんて、勢いの良い言葉を使ったが、玄関を開けた瞬間、私の顔が曇った。

 そこには、いつものへらへらした柳がいた。


「おはよう」


「一緒に学校まで歩こうよ」


 彼が発した言葉は、その二つだった。

 私はそんな気分ではないと、跳ねのけようかとも思ったが、これも最後かと思い抵抗はしなかった。

 いつも私が学校に行く時間よりも大分早く外にはまだ人影が見えない。

 それでもここにいるのはストーカーのなせる業か。

 ……ストーカーか。


「ねぇ、あんた私のストーカーでしょ」

「そうだよ」

 相変わらず軽いな。

「だったら、昨日もストーキングしてたんじゃない?」

「そうかもね」

「だったら、昨日起こったことも―」

 そこまで、言いかけて柳に手で制された。

 何事かと顔を上げると、そこにはマスク、黒のサングラスに目深にかぶった帽子、丈のあってない大きなトレンチコート、分かりやすいほどの不審者がいた。

 全身が隠れていて、中性的な体つきの為性別もはっきりしない。

「誰? 柳の犯罪者仲間?」

 隣の柳は表情こそ笑顔だが、額から汗を垂らしている。

「……余裕だね。多分、昨日ここらで小学生教諭を殺した無差別殺人犯だよ」


 は? 何の冗談だ?

 小学生教諭? 彩先生のことか?

 彼女は私が殺したんじゃ。


「え? 彩先生は私が?」

「君が何を勘違いしているか知らないけど、君は昨日普通に小学生時代の恩師と談笑して別れただけだよ。まったく、小学生時代の君を見たことがあるなんて羨ましい教師だよ。で、恐らく殺したのはそいつだよ」

 じゃあ、結局昨日のは私の妄想?

 私たちは殺人犯の方を見た。

 殺人犯は懐からアイスピックを取り出して、ようやく口を開いた。

「……無差別ってのには、語弊があるわ。私は私よりも綺麗な女が許せないだけ」

 酒で焼け爛れた低い声だが、恐らく女性。

「そうですか、それは失礼しました。では、僕らはこれで」

 私たちを視線を逸らさずに一歩下がる。

 が、その瞬間、殺人犯は一気に距離を詰めてくる。

「そんなもんが通ると思ってんのか‼」

 変な格好をしている割に、動きは速かった。

 私はあまりもの状況に体が強張る。


「いやー、こんなこともあろうかと君の傍に居続けた甲斐があったよ」

 

 柳は私を押し飛ばすと、殺人犯と取っ組み合いの形になった。

 私が呆けていると、柳はもみ合いながらも私に大声で声を掛ける。


「まぁ、嘘なんだけどね! 傍にいたのは、ただ付け回したかっただけだよ! それより僕が大事じゃないなら、早く逃げて警察でも呼んでよ!」


 そこで、やっと我に返った私は、すぐに来た道を踵を返して安全なところまで逃げ、携帯で警察を呼び、近場の家に手当たり次第、声を掛けたり、インターホンを押して回った。

 そして、なんとか殺人犯は警察の手によって捕まえることができた。


 一人の勇敢なストーカーの犠牲によって。




 結果的に私の命は柳に救われた形になった。


 私は病院に来ていた。

 柳の入院している病院だ。

 彼は今、非常に危険な状態で、ICUに入っているらしい。

 今まさに、死の淵にいるそうだ。

 私は特別に面会させてもらえることになった。

 私は面会証を胸に下げ、マスクをし、完全防備で柳のもとに向かった。

 そこにいた柳は意識はなく、人工呼吸器をつけられ変わり果てた姿だけがあった。

 顔は勿論の事、見える範囲では手や首元にも刺し傷がある。

 手足は元々細かったが、さらに痩せ細っていた。

 私はベットで眠る柳を見下ろす。


 こいつは私の何だ?


 私にとって柳とは何だ?


 柳は私にとって只のストーカーだった。

 私を身を挺して守るまでは。

 今、私の心臓は柳のおかげで動いている。

 私は柳に感謝している?

 あの事件から柳の事ばかり考えている自分がいる。

 

 もしかして、これは愛?


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、衝動が身体を走った。


「……確かめたい」


 でも、私にはたった一つの愛し方しか知らない。


 ごめんね、柳。


 でも、嫌いだったあなたを愛すことで脳が冴えた状態で愛を確かめることができると思うの。

 私は柳の人工呼吸器に手を掛ける。

 あぁ、今までの妄想や兄の時に比べて全く興奮してない。

 脳はクリアだ。

 今なら愛の実感を深く身体に刻み込めそうだ。


 大切な(あなた)を愛してもいいかな?


 その時だった。

 私の願いが奇跡を呼んだのか、柳が虚ろな目ではあるが、目を開けた。

 私は思わず目を見開いた。

 見間違いではない。

 そして、さらに驚いたことに乾いた口を必死に動かし、声にならない声でこういうのだ。


『い・い・よ・愛・ちゃ・ん』


「…………名前で呼ぶな」

 私は口元にそっと笑みを浮かべ、―をして、病室を出た。


 私は愛を知った。


まず、最初にここまでお付き合いして頂いた読者様に深い感謝を。

短編ではございますが、いつも一作品が完結すると、何とも言えない感覚に襲われますね。

この作品は、恋愛と言う一人ひとりの多様性の出やすいジャンルを通して、世の中こんな人もいるかもよ~、でも、変わってる人たちも普通に生きてて、全部が全部変わってたりするんじゃないよってメッセージを込めて書きました。

本当、恋愛って正解ないですもんね。

だから、愛ちゃんが最後に何をしたかは、人それぞれ思い浮かべたものが違うかもしれないんですが、最初に思い浮かべたことが読者様それぞれの正解です。(ちょっと、無責任ですかね?)


本作主人公の愛ちゃんを理解できない人もいるかもしれません。許容できない人もいるかもしれません。でも、いるってことだけでも分かってもらえれば、もしこれからの人生で変わった人と出くわしても少し寛容になるかもしれませんよ。


最後にもう一度深い感謝を。

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