第十四幕 絶体絶命の危機、藁人形に秘められた恐怖の旋律
突如現れた闇の法術使い・蟆蛇螺法師の術によって影を封じられた晴明たちは、まさに背水の陣の状況に追い込まれてしまうが…更に蟆蛇螺法師は不気味な笑みを浮かべながら術を唱えて晴明たちを苦しめていったのであった。
しかし、それでも晴明は蟆蛇螺法師の術に耐えながら苦悶の表情を浮かべていたが、しばらくして突然龍の石像の目が赤く光り…白煙と共に一人の青年が蟆蛇螺法師に向かって攻撃を仕掛け、晴明たちに施されていた影封じの術が解かれ…蟆蛇螺法師の呪縛から解放されたのであった。
『だ、誰だ…。我の邪魔をするのは何者ぞ…。』
「我が名は仙界道士・太公望なり…。婆沙羅将軍の手下め、汝の悪行を見逃す訳には参らぬ…。神妙に天の裁きを受けるがいい。」
『おのれ、貴様が噂の仙界道士か…。ならば丁度よい、こいつ等と同じ様に貴様の影を封じてくれようぞ…。』
「ふっ、そなたに私の影を封じる事など出来る筈がない…。どうやら、相手が悪かったみたいだな。」
『小癪な…。仙界道士だからって容赦はせぬぞ。』
蟆蛇螺法師の前に現れた謎の青年の正体は、かつて崑崙山の戦いで魔界の軍勢に死闘を繰り広げていた仙界道士・太公望だった。
太公望は蟆蛇螺法師の術をひらりとかわし、得意の宝貝である打神鞭を駆使して蟆蛇螺法師に攻撃を仕掛け、更にもう一つの宝貝・太極図を使って蟆蛇螺法師の術を封じていったのである。
「蟆蛇螺法師、そろそろ観念した方がよさそうじゃないのか…。」
『くっ…。今日のところは引き上げるが、この次に会った時には必ずや貴様の命をもらい受ける故…しかと肝に命じておくがよい。』
すると蟆蛇螺法師は、大打撃を受けながらその場から姿を消し…太公望はぐったりした様子で倒れ込んでしまったのだった。
「太公望殿、しっかりなさいませ…。」
「か、かたじけない。」
「申し遅れましたが、私は京の都より参った陰陽師・安倍晴明と申す者にございます…。」
「そなたが、あの安倍晴明殿で…。」
「しかし、まだ体力が完全に復活していないのに…あまり無理をなさらない方がよろしいかと…。」
「晴明殿のお気遣い感謝致します…。」
「晴明様、やっと太公望様にお会い出来たのでございますね…。」
「太公望殿さえ居れば、婆沙羅将軍を倒す事が出来るかも知れないな…。」
飛鳥は晴明が太公望に会えた事に安堵の表情を見せ、導満は太公望が加わった事により婆沙羅将軍を倒せると確信した様子で晴明に話していった。
だが、太公望の身体は完全に回復した訳ではなく…蟆蛇螺法師との戦いで霊力を消耗した為、しばらくの間身体を休める事を太公望に勧めたのである。
「太公望殿、その身体では蟆蛇螺法師を倒すのは無理でございます。しばらく休まれた方が…。」
「かたじけない…。晴明殿にこんな親切にして下さるなんて…何と礼を申したらよいのか。では、お言葉に甘えてしばらく休ませてもらいます…。」
その翌日、晴明たちは太公望を近くの宿屋へ休ませ…完全に回復するまでの間晴明は看病していったが、正親は再び蟆蛇螺法師が現れる可能性があると睨み…警戒を強めていった。
「晴明、太公望殿がこうして休んでいる間にも…いつ蟆蛇螺法師が現れるか分からない。警戒を強めていかないと大変な事になるぞ…。」
「しかし兄弟子、太公望殿は我々にとって大事な戦力となる御仁…。今後の戦いにも影響を与える可能性もあるやも知れません。」
「だがな晴明、太公望殿は仙界道士として名を馳せる崑崙山最強の道士…。その最強の仙界道士と言われた太公望殿を脅かす冥府十神の存在も気になるがな…。」
「冥府十神…。奴等はいったい何者なのでしょうか…。」
「分からない…。だが、奴等がもし復活したら、恐らくこの世は壊滅的状態に陥るだろう…。」
と、そこへ飛鳥が晴明のところへやってきて…太公望が晴明にどうしても話したい事があると告げていったのだった。
「晴明様、たった今太公望様がお目覚めになられ…晴明様にどうしてもお話したい事があると申されておりますが…。」
「太公望殿が…。」
「晴明、行ってやれ…。太公望殿は相当心の傷を負っているに違いない。そうすれば、太公望殿の心の傷も少しは癒されるかも知れないぞ…。」
「分かりました…。」
早速晴明は、奥の部屋で休んでいる太公望のところへ行き…少し落ち着いた表情をした太公望が晴明を迎え入れたのである。
「太公望殿、気分の方は如何ですか…。」
「これは晴明様、おかげさまで気分の方もすっかりよくなりました。これも皆…晴明様のおかげにございます。」
「それはよかった。ところで、私にどうしても話したい事があるとの事ですが…。」
太公望は神妙な赴きで晴明に崑崙山の戦いで起きた出来事を淡々と話していった。
「晴明様、ご存知の通り…私は崑崙山にて起きた魔界軍団の侵略により、我々仙界の神や道士がほぼ全滅状態に陥ってしまいました。その中でも冥府十神は圧倒的な戦力を誇る絶対神として仙界を滅ぼしていったのでございます。」
「それで太公望殿は、そのあと難を逃れてこの地にやってきたのですね…。」
「はい…。仙界を束ねる元始天尊様や南極仙翁様、それに多くの仙人や道士たちが次々と倒され…崑崙山は元より仙界も滅ぼされてしまいました。」
「まさか、そんな事が起きていようとは…。それで、その後冥府十神はどうなったのですか。」
「分かりません…。ただ、元始天尊様は最後の力を振り絞って冥府十神を《封神塚》に封印したと聞いています。」
「封神塚…。確か崑崙山から遠く離れた場所にある悪しき神を封じる禁断の地…。そこに、冥府十神が封じられてたとは正直信じられません。」
「ところが、つい先日…封神塚に封印されていた冥府十神を何者かが解き放った事件が起きてしまったようなのです。」
「何ですって…。」
太公望の話によると、元始天尊によって封印された冥府十神が何者かに解き放たれたと晴明に話すが…晴明はこの不可解な事件に不快感を露にしていた。
「封神塚に封印されていた冥府十神が復活したとなれば、この世が破滅するばかりではなく…全世界が崩壊の危機を迎える恐れがある。太公望殿、実は以前仙界十二神将の一人である太上老君様に会い…もし太公望殿に会ったらこの宝貝を渡すように言われたのです。」晴明は太公望に《陰陽龍覇剣》を手渡し、太公望は陰陽龍覇剣を握りしめた瞬間に今までにない強い霊気を感じ取るのだった。
「太上老君様が、この剣を私に…。それよりも、太上老君様がご無事であった事が何よりの奇跡…。」
「太公望殿、その陰陽龍覇剣はどのような宝貝なのですか…。」
「陰陽龍覇剣は、対冥府十神用に開発された最強の宝貝…。仙人骨と呼ばれる強靭な骨を持つ者でなければ扱う事が出来ません…。」
「その剣にはその様な秘密があったなんて…。」
と、その時だった。
「晴明、大変だぁ…。」
外から帰って来た導満と流ノ介が慌てて晴明のいる部屋へ駆け込み…恐山付近の村で謎の怪死事件が起きたと晴明に話していった。
「導満、場所は何処だ。」
「場所は恐山付近の遠山村だ。」
「晴明様、殺されたのは遠山村の村長の娘で…死後三日が経過されていると思われます。」
「それで、死因は…。」
「それが…原因が分からないんです。」
「原因が分からないだと…。」
「それより、これを見てくれ…。」
導満は晴明に一枚の紙切れを手渡され、そこには〔土蜘蛛党参上!〕と書かれており、晴明は遠山村で起きた怪死事件と土蜘蛛党との関連性を推測していったのである。
「遠山村で起きた怪死事件と土蜘蛛党…一見関連性が無いように思われるが、仮に土蜘蛛党が関わっているとしたら必ず現場に証拠が残されているはずだ…。」
「晴明、土蜘蛛党は十数年前に藩主勝田豊前守直勝によって極刑に処せられているんだ…。もし土蜘蛛党の仕業だとしても、肝心の証拠が見つからなければ断定出来ないぞ…。」
「晴明様、とにかく殺害現場へ行きましょう。」
「そうだな…。」
「晴明殿、私も連れてって下さい…。何かお役に立てる事があるかも知れません。」
「太公望殿、身体の方は大丈夫なのですか…。」
「もう大丈夫です。」
「そうと決まれば、早速現場に向かおう…。流ノ介、今すぐ兄弟子を呼んできてくれ…。」
「承知しました…。」
それからしばらくして、晴明たちは恐山付近の遠山村へ向かい…殺害されたとされる現場を調べていた。
すると、晴明は殺害された場所から少し離れた位置に奇妙な形をした一本の大木を発見し…その裏側には五寸釘が打ち込まれていた藁人形を見つけたのである。
「兄弟子、ちょっと来て下さい…。」
「こ、これは…。」
「何故こんなところに藁人形が…。」
「しかも五寸釘で強く打ち込まれている…。」
「相当恨みが込められているようだが…。」
「何だか、気味が悪いと言うか…あの藁人形から恐るべき怨念を感じ取られます。」
「いったい誰がこんな事を…。」
「晴明様、お気をつけ下さいませ…。どうやらこの近くから、恐ろしい妖気を纏った軍団が隠れているようにございます…。」
太公望は晴明たちの周りに潜んでいる妖怪軍団を察知し…その正体が中国の吸血妖怪《彊屍》である事を見抜いていたのだった。
「な、何なんだあの妖怪は…。」
「あれは清国の吸血妖怪・彊屍と言う妖怪です。」
「太公望殿、彊屍っていったい…。」
「彊屍は元々清国に伝わる吸血妖怪で、その昔死体を運ぶのに荷車を利用して故郷へ運ぶ習慣があったのですが、ある日一人の道士が死体を歩かせる方法を生み出したのです。しかし、ある日突然彊屍は満月の夜になると凶暴化し…最悪彊屍の犠牲となって仲間を増やしていくと言う厄介な妖怪なのでございます。」
「それで、彊屍を退治する方法はあるのですか。」
「基本的には彊屍を退治する方法は桃木剣と呼ばれる武器で倒すのですが…唯一の弱点は強靭な魔力を秘めている彊屍には全く通用せず、すぐに折れてしまう欠点があるのです。」
「じゃあ、どうすれば彊屍を退治する事が出来るんだよ…。」
「彊屍の唯一の弱点は炎です。火炎系の術を使えば倒せるかも知れません…。」
「そうと分かれば一気に彊屍軍団を倒そうぜ…。」
「でも気をつけて下さい…。彊屍に影を踏まれたら最後、とてつもない恐ろしい結末を迎えるやも知れないので…決して油断召されませぬように。」
晴明たちは迫り来る彊屍軍団を相手に獅子奮迅の如く倒していくが、倒しても倒しても復活する彊屍軍団に苦戦を強いられてしまうのだった。
「駄目だ…。何度倒しても復活しやがる。」
「我々の武器ではあの彊屍って化け物を倒すのは到底不可能に思われます…。」
「だったらもう一度火炎系の術で一気に全滅させるしか方法がなさそうだ…。」
「晴明様、あまり時間がありません…。夜になってしまえば、彊屍は更に凶暴化し…全滅する確率が低くなってしまいます。」
「晴明殿、どうなさるおつもりですか…。」
「これだけの大群だと退治するのは難しいが、こうなったら奥の手を使うしか方法がなさそうだな…。」
晴明は彊屍軍団を全滅させる為の陰陽術《太極八卦火炎陣》を放ち、何とか全滅させる事に成功させていったのだった。
「晴明、何とか全滅させる事が出来たな…。」
「しかし、何故この国に彊屍軍団が現れたのでしょうか…。」
「分からない…。だが、恐らく何者かが清国に居る筈の彊屍を運び込み…仲間を増やそうと考えているに違いない…。」
「晴明様、今度の事件と彊屍軍団の出現には何か関連性があるのでしょうか。」
「大木に打ち込まれた藁人形と彊屍軍団…。そうか、それで読めたぞ。」
「晴明、俺たちに分かる様に説明してくれ…。」
晴明は大木に打ち込まれた藁人形と彊屍軍団との関連性には、呪詛的な因果関係があると推測していくが、清国には人間を呪い殺す《蠱毒》と呼ばれる儀式が存在し…あの藁人形にも似た要素が含まれているのではと話すのであった。
「しかし、蠱毒と五寸釘で打ち込まれた藁人形には共通点がない様に見えるけど…何か根拠でもあるのか。」
導満は晴明にそれらしき共通点が見つからないと反発するが、実は晴明には既にその答えが分かったと言うのだが…果たして晴明が出した真実とは…。
第十五幕に続く…。