突っ伏す私
突っ伏す私
二六の私と三二の私の間に横たわる海峡は深いようで浅い。
などとどうでも良いことを、動き回るバーテンダーを見ながら思う。
洒落た店じゃない。洒落てると言えば洒落てる。
スーツは似合わないが。
故に、一般的な洒落てるという感覚とはだいぶ離れているかも知れない。
バーテンダーというよりかは、友達だ。
友人に会いにいく感覚で私は此処に通ってる。
彼の腕がコップを掴み、勢いよく初めのビールが飛び出す。慣れた所作で、しばらく置き、再度キレイに泡を盛りつける。私からすれば呑み込めば一緒なのだから、別にいいのにとも思うが、そこはそれ。気分的なモノだろう。
「お待たせ」
華奢なイメージなのに、その腕はしっかりとして見える。注意深く見れば、お腹も引き締まっているのが見える。まぁ、引き締まってるのかただ痩せているのかと聞かれれば、多分、痩せているだけだと思う。失礼。それほど、私は男を知らない。三二なのに。
ただ、そう。
良い体をしている。
健康であり、何かが表面を弾けてる身体を見るのはそれだけで楽しい。
跳ねればいいのに。
飛べばいいのに。
そんな事を思い浮かべながら、つまみのポテトをつまむ。
しまった。
ケチャップをつけ忘れた。
とは言え、咥えたモノを出してつけ直すというのもなんだか恥ずかしい。
例え、カウンターで一人にせよ。
そういうモノだ。
二六の時と違って、三二になると、傷つくのがだいぶ怖くなくなる。
性欲に身体が追いついたとでもいうのかな?
コントロールする事に慣れた、というか、コツを掴んだというか。
二一くらいの男の子の気持ちが少し分かる。
だからといって、誰彼構わず、と思う程ではない。
多分、充足してるからだろう。
泡が弾ける。
跳ねればいいのに。
そんな事を考えながら私はビールを飲む。
時々忘れるが、アルコールは胃に温かみをくれる。
ほっと。
一息つく。
目が合う。
可愛い笑顔だ。
きゃーっと騒がれる男じゃない。……いや、騒がれるか。
決してサービスが、テクニックが、というのではなく、もう少し厄介な感じ。
タイミングが良い。
来て欲しい時に来てくれる。
それは、こないな、と感じる一歩手前。
欲しいな、と思った時に声をかけてくれる。
ま、接待が好きなおじさまには人気がでないだろうけど。
何せどちらかと言えば安居酒屋だ。
でもま、私はこういう雰囲気が好きだ。
まるで知らない他人とカウンターで相席し、乾杯する。
そういう空間はあるようでない。
それが彼のおかげなのは間違いがない。
一人じゃ私はそういうことをしない。
「仕事は?」
「順調」
「そう言えば、彼氏は?」
そんな話を交わす。
寝たら楽しいだろう。多分だけど。
彼氏も居るのに、と言う人も居るだろう。でもまぁ、妄想は自由だ。
実際にやるわけじゃない。
で、帰って彼と燃え上がるワケだ。
我ながら……まったく。
彼の手を思い出して。
「……偉い可愛い表情してるね」
「まぁ……ね」
ビールを舐め取る。
舌が熱を持つ。
やれやれ。
彼が通りかかる。
個人用に注いだ鍋だ。
私は彼に微笑む。
「へっ――ってあちっ」
あっ、跳ねた。
もったいない。