第1話 S級ダンジョンの最深部へ
「おい、浅倉! 今日からお前は、うちの目玉配信の単独主演だ!」
ブラックギルド『黒蛇の牙』の事務所にて。
パイプ椅子に座る俺──浅倉拓海に向かって、ギルド長・霧島が不快な笑みを浮かべていた。
「……ギルド長、いきなり何を言ってるんですか。俺はただの契約探索者です。今日の依頼は『D級ダンジョンの素材回収』のはずじゃ──」
「そんな小銭稼ぎ、いつまでやってるつもりだ。裏社会の富豪どもが一番金を払うコンテンツが何だか知ってるか? ──『人間が無残に殺されるデスゲーム生贄配信』だよ!」
霧島がバンッと机に叩きつけたのは、怪しげな裏サイトの契約書だった。
モニターには、グロテスクな映像と、桁外れの金額が跳ね上がる投げ銭の画面が映し出されている。
「デスゲーム配信……!?」
「そうだ。今、人類未到達の『S級ダンジョン・奈落の底』の攻略映像は世界中が喉から手が出るほど欲しがってる。だがな、普通の探索者を送り込んでも、ビビって途中で逃げ出すか、すぐ全滅して面白みがねえ。だから『最低ランクのF級探索者が、最難関ダンジョンで絶望しながらモンスターに食い殺される姿』をリアルタイムで配信してやるんだよ!」
あまりの胸くそ悪い悪行に、俺は血が滲むほど唇を噛み締めた。
俺が10歳の頃、両親は事故で他界した。
施設を転々としながらも、俺は必死に生き抜いてきた。スーパーのタイムセールに駆け込み、少しでも安く美味い飯を食べさせるために包丁を握り続け、自炊歴は気づけば10年。
ようやく一人立ちして「自分の人生を生きよう」と高校卒業後に飛び込んだのが、この探索者業界だった。
『未経験歓迎! アットホームな職場です!』という求人票を信じて契約した『黒蛇の牙』。
しかし、その実態は超悪質なブラックギルドだった。巧妙な契約書の罠で縛り付けられ、危険なダンジョンの雑務ばかり押し付けられて1年半。20歳になったばかりの俺の人生は、今や「デスゲームの生贄」として終わらされようとしている。
霧島は俺の胸元に、ボタン型の小型・高画質隠しカメラを無理矢理装着させた。
「お前みたいな天涯孤独で身寄りのねえF級のゴミなら、死んだところで誰も警察に駆け込まねえだろ。契約書の裏に仕込んだ魔術の罠で逃げられねえようにしておいたからな! お前が無惨に苦しんで死ねば死ぬほど、俺たちの裏口座に億単位の投げ銭が転がり込んでくるって寸法よ!」
「ふざけるな……! 誰がそんな趣味の悪い見せ物になるかよ」
「吠えてろ吠えてろ! せいぜい涙と鼻水垂らしながら、派手に叫んで惨めに食い殺されてこい!」
霧島の合図と共に転移陣が光り輝き、俺の身体は容赦なく空間の歪みへと飲み込まれた。
♢
視界が明転し、肌を刺すような重苦しい魔気が全身を包み込む。
そこは、人類が誰一人として足を踏み入れたことのない最悪の領域――『S級ダンジョン・奈落の底』の内部だった。
「……はぁ、はぁっ……!」
紫色の光に包まれる、薄暗い洞窟。
生きて帰れる見込みなんて、最初から一ミリもない。
胸元に装着された小さなボタン型の隠しカメラが、赤く静かに点滅していた。今頃、動画配信サイトの裏チャンネルで『【生贄特攻】F級探索者がS級ダンジョンでどこまで苦しんで死ぬか検証www』なんて不快なタイトルで配信が始まっているのだろう。
「ふざけんなよ……誰が面白おかしく殺されてやるか」
俺には強力な攻撃魔法も、伝説の聖剣もない。
しかし、孤独な一人暮らしの中で培った『極限の往生際悪さ』と、安物ナイフでの手際だけはある。
迫り来る、異形モンスターの群れ。
本来なら、F級探索者など一瞬で細切れにされる恐怖の空間だ。
しかし、俺はがむしゃらに走った。襲い来る魔物の爪を死に物狂いでかわし、洞窟の起伏を利用し、持っていたサバイバルナイフで魔物の急所を的確に削り、時には落ちていたダンジョンの罠を逆に利用して追っ手を巻き込んだ。
(死んでたまるか……! 俺はまだ、今週特売で買った豚バラ肉も冷蔵庫に残したままだし、食べたかったオムライスだって作ってねえんだぞ……!)
死を覚悟した人間の集中力は恐ろしい。
何時間走ったかも分からない。全身は傷だらけで、息は途切れ途切れ。服はボロボロになり、汗と血の匂いが混ざり合う。
そして──俺はついに辿り着いた。
ダンジョンの最深部。
そこには、見上げるほど巨大で重厚な、漆黒と真鍮しんちゅうで彩られた最深部『ラスボス部屋』の大扉が立ちはだかっていた。
「はぁ……はぁ……ここが、最後か……」
扉の向こうからは、これまで遭遇したどの魔物とも比べ物にならない、圧倒的で濃密な魔力が漏れ出している。
この扉を開ければ、間違いなく人類最強クラスの怪物──『魔王』が待ち構えているはずだ。
胸元の隠しカメラのランプが、チカチカと明滅を強める。
配信の向こうで、霧島たちが「おいおい、奇跡的に最深部まで着いちゃったぞ!」「よし、ラスボスに即死させられる瞬間をアップで映せ!」と盛り上がっている光景が目に浮かぶようだ。
「……ふう」
俺は深く息を吐き出し、腰のサバイバルナイフを強く握り直した。
どうせ死ぬなら、最後まで足掻いてやる。
惨めにおねだりして殺されるのは御免だ。最後の一瞬まで、探索者として、一人の人間として立って死んでやる。
「行くぞ……!」
ギィィィィィィィッ……!!
重厚な金属音を響かせ、最深部の大扉がゆっくりと開放されていく。
渦巻く濃密な魔気の霧が溢れ出し、俺の肌を粟立たせる。
扉が完全に開ききり、俺は覚悟を決めてその最深部の広間に一歩を踏み出した。
そこに広がっていたのは──
「……え?」
血と骨で散らかった凄惨な部屋……ではなく。
フカフカの赤い絨毯が敷き詰められ、豪華なシャンデリアが輝く、まるで絵本に出てくるような豪華な玉座の間だった。
そして、その玉座の階段の上。
ダボダボの、身の丈に合っていない黒と赤の豪華な魔王の王服を身にまとった──
「ふ、ふははは! よくぞ参ったな、愚かなる人間め! 我が名は恐ろしきダンジョンマスター、魔王ルチア──ふぎゃあぁっ!?」
威厳をアピールしようと背伸びをして大声を張り上げた瞬間、長すぎる衣装の裾を自分の足で思い切り踏んづけ、盛大に派手にすっ転ぶ、超絶可憐な一人の幼女だった。
ゴツン!
床に頭をぶつけた幼女魔王は、涙目になりながら頭を押さえて丸まっている。
「痛い……ふぐっ、うぅ……だ、誰の許可を得て、我の衣装を長めに作ったのだバカ者めぇ……!」
「……は?」
構えていた俺のサバイバルナイフが、カチャンと虚しく床に転がった。
最凶のラスボス?
人類を滅ぼす大悪魔?
目の前にいるのは、どこからどう見ても、七歳か八歳くらいにしか見えない、銀髪のボブに赤い眼をした──ちっちゃくて可愛すぎる女の子だった。




