第14章 神託はすでに届いていた
第14章 神託はすでに届いていた
翌日。
昼を少し過ぎた頃だった。
宿の主人が、困ったような顔でエリアスたちのもとへ来た。
「……神殿から、人が来ています」
「中級神官だそうで」
その一言で、空気が変わる。
「こちらから行く手間が省けましたね」
リュシアは、静かに立ち上がった。
⸻
神殿の応接室は、静かだった。
装飾は少ない。
だが、視線の逃げ場がない。
中級神官は、形式通りの挨拶を済ませると、淡々と言った。
「巫女様より、お呼びがかかっています」
「事情は――」
一瞬、言葉を選び、
「すでに、ご存じです」
エリアスは思わず眉をひそめた。
「……何を?」
中級神官は、答えなかった。
ただ、扉を開いた。
⸻
祭壇の間。
巫女は、そこにいた。
白い衣。
目を閉じ、祈りを終えたばかりの様子。
大神官も、その少し後ろに控えている。
三人が足を踏み入れると、
巫女はゆっくりと目を開いた。
「来てくれて、ありがとう」
柔らかな声だった。
責めるでも、探るでもない。
「……こちらから、
お呼びするつもりでした」
「ですが、
あなた方の動きの方が早かった」
エリアスは、言葉を失う。
「……ご存じ、なんですか」
「ええ」
巫女は微笑む。
「すべてではありません」
「ですが、
“境界で何が起きているか”は」
⸻
大神官が、一歩前に出た。
「話を聞かせてください」
「詳細を、
あなた方の言葉で」
その視線が、一瞬だけセリウスに向く。
わずかに、鋭い。
セリウスは反射的に一歩前に出かけ――
止まった。
(……ここで身分を明かせば、問題になる)
そう判断するより早く、
巫女が、にっこりと微笑んだ。
「心配しなくていいわ」
「あなたが誰であれ、
今は“ここにいる人”として話せばいい」
まるで、
すべて見通しているかのようだった。
⸻
三人は、順に話した。
倉庫。
夜明け前。
すり替えられた通行。
捕まえられなかったこと。
だが、線が見え始めたこと。
話し終えた後、
部屋に沈黙が落ちる。
大神官が、低く息を吐いた。
「……なるほど」
「サルヴィオスの件も、
含まれていますね」
その名に、
エリアスはわずかに反応した。
「彼は、
聖別工程を預かる者」
「悪意はない」
「ただ――」
言葉を切り、続ける。
「“疑わない”」
「それが、
彼の信仰です」
「神の判断を、
人が疑うべきではないと信じている」
⸻
巫女が、静かに言った。
「人が人を救うために動くことは、
とても美しい」
「けれど」
「神は、
“判断を止めよ”とは言っていない」
「沈黙は、
否定ではありません。
“見ている”という意味でもあります」
その言葉に、
エルマスの姿が脳裏をよぎる。
⸻
「すぐに裁くことはしません」
巫女は、はっきりと言った。
「サルヴィオスも、
神殿も」
「一度、
立ち止まる必要があります」
大神官が頷く。
「前の巫女に、
相談しましょう」
「この件は、
一代で抱えるには重すぎる」
エリアスは、思わず息を呑んだ。
前の巫女。
それは、
神殿が自らの過去を問い直すという意味だった。
⸻
「あなた方には」
巫女は、三人を見渡した。
「もう少し、
境界を見ていてほしい」
「危険を感じたら、
必ず退いて」
「それは、
神の意思ではなく――」
「私のお願いです」
その言葉に、
セリウスは小さく頷いた。
「承知しました」
⸻
神殿を出た後、
境界の風が、三人を包む。
「……すごいな」
エリアスが、率直に言った。
「責められると思ってた」
リュシアは首を振る。
「神殿は、
責める場所じゃありません」
「守るか、
止めるか」
「その選択を、
先送りにしてきただけです」
セリウスは、空を見上げた。
「でも、
もう先送りできない」
三人は、同じ方向を見ていた。
神託は、
すでに届いていた。
ただ――
それをどう使うかは、
人に委ねられている。
そして、
判断しなかった責任もまた。




