第1189章 学園のターン
第119章 学園のターン
校長室は、静かだった。
重厚な木の扉の向こう。
高い天井。
壁一面に並ぶ、学園の歴史書と魔導記録。
そこに集まっているのは——
フローラ、カッシウス、リュシア、カイオン。
そして、校長。
「……まず」
校長は、深く一礼した。
それは形式的なものではなかった。
年長者としてでも、学園長としてでもなく、
一人の人間としての謝罪だった。
「記録媒体の回復」
「行方不明者の確認」
「そして、全員の発見」
「——ここまで辿り着けたのは、君たちのおかげだ」
フローラが静かに首を振る。
「私たちは、できることをしただけです」
「あとは——」
視線が、校長へ向けられる。
「学園側の動き次第です」
その言葉に、重みがあった。
カッシウスも続ける。
「王族として、これ以上口出しはしない」
「ただし、見届ける責任はある」
校長は、ゆっくりとうなずいた。
「分かっている」
机に手を置き、顔を上げる。
「ここからは——学園の番だ」
「守るべきものを、取り戻す」
「歪んだ思想を、ここで終わらせる」
「その責任を、私が引き受ける」
その横で、
副校長ミレーヌの名が静かに語られた。
「回復は、続いている」
「完全ではないが、確実に前に進んでいる」
リュシアは、ほっと息をついた。
「……よかった」
そのとき。
「——ふむ」
空気が、わずかに揺れた。
校長の背後。
最初からそこにいたかのように、
青年の姿をした存在が立っている。
誰も、“入ってきた瞬間”を見ていない。
だが、確かにいる。
淡い光が、その輪郭をなぞっていた。
強くはない。
だが、目を逸らすと見失いそうなほど繊細で、
それでいて確実に“そこにある”光。
長い髪が、静かに流れている。
風はない。
それでも、水の中のように揺れる。
色は定まらない。
銀にも、青にも、白にも見える。
見る角度で変わる。
顔は、整いすぎていた。
美しい、という言葉が軽くなるほどに。
欠けがない。
歪みもない。
ただ——
「そうあるべき形」が、そこにあった。
見ていると、
どこを見ていいのか分からなくなる。
理解しようとすると、すり抜ける。
人の感覚に収まらない美しさ。
カイオンが、思わず声を上げた。
「……え?」
「ちょっと待ってください」
目を見開き、何度も瞬きをする。
「それって」
「え、教科書に出てくる——」
「精霊王……?」
青年は、ちらりとカイオンを見る。
その視線は軽い。
だが、深い。
「ほう」
わずかに口元を歪める。
「まだ覚えてるやつがいたか」
「伝説?」
肩をすくめる。
「失礼な」
「現役だ」
カイオンの思考が、一瞬止まる。
「……本物?」
「本物だな」
校長が、苦笑しながら答えた。
精霊王は机の方へ視線を向ける。
皿に残っていた軽食を見て、少しだけ目を細めた。
「それ、食っていいか」
あまりにも自然に言う。
校長が短く答える。
「構わん」
精霊王は指先で触れる。
光が、わずかに揺れる。
パンが、静かに消えた。
音はない。
だが、確かに“食べた”。
「……悪くないな」
満足でも誇張でもない。
ただの感想のように言う。
「人の飯は、面白い」
フローラもカッシウスも、動じない。
リュシアは、ただ見ていた。
(これが——)
(精霊王)
その存在だけで、空気が変わっている。
だが、不思議と圧はない。
ただ、
“違う”。
校長は、深く息を吸った。
「ありがとう、皆」
「ここから先は——」
「私たち大人の責任だ」
精霊王は、その言葉に何も口を挟まない。
ただ、そこにいる。
見ている。
校長室の空気が、確かに変わった。
これは終わりではない。
だが——
逃げる時間は、もう終わった。
学園は、ようやく
自分自身と向き合う番を迎えたのだった。




