第12章 夜明け前の準備
第12章 夜明け前の準備
境界の街に、夜が戻ってきた。
昼間のざわめきは嘘のように消え、
通りには灯りがまばらに残るだけだ。
人々は、早く戸を閉めていた。
「……静かすぎるな」
エリアスが、低く言った。
「ええ」
リュシアも同意する。
「昼に集まった分だけ、
今は皆、様子を見ています」
「何かが起きるのを、
分かっているからです」
⸻
三人は、昼間に話題になっていた倉庫の近くにいた。
表向きは、
神殿の管理下にある保管施設。
だが今は、
神官の姿も見えない。
「警備は?」
エリアスが尋ねる。
「ありません」
リュシアは即答した。
「“聖別待ち”の倉庫は、
神の判断が下りるまで、
人の手を入れない決まりです」
「つまり、
誰も触れない」
「誰も守らない、か」
「……だから、使いやすい」
セリウスが、乾いた声で言った。
⸻
エルマスは、倉庫から少し離れた場所で立ち止まった。
「ここから先は、
神殿としても正式な行動ではありません」
「責任は、
私個人が負います」
「そこまで……」
エリアスが言いかけると、
エルマスは首を振った。
「昼の時点で、
もう“個人の判断”は始まっています」
「私はただ、
それを自覚しただけです」
リュシアは、静かに息を吸った。
「……ありがとうございます」
エルマスは、答えなかった。
感謝を受け取る立場ではないと、
分かっている顔だった。
⸻
倉庫の周囲を、三人は慎重に確認する。
足跡。
箱を引きずった痕。
新しいものは、ない。
「……今夜じゃない?」
エリアスが呟く。
「いえ」
リュシアは首を横に振る。
「“今夜”ではありません」
「夜明け前です」
「一番、人の判断が鈍る時間帯」
「神官も、街の人も、
眠りが浅くなる」
セリウスが、短く息を吐いた。
「都合が良すぎるな」
「だから、
選ばれる時間です」
⸻
三人は、倉庫から離れ、
見通しの利く高台へ移動した。
街と倉庫、
両方が見える場所。
「ここで待つ」
セリウスが言う。
「動きがあれば、
すぐ分かる」
エリアスは頷いた。
「俺は、
近づく人を見る」
「不自然なやつは、
顔に出る」
リュシアは、地図を広げる。
「逃げ道と、
合流点を整理します」
「もし、
複数の動きがあった場合に備えて」
役割は、自然に分かれた。
誰も、指示していない。
⸻
風が吹く。
境界の街を、
冷たい空気がなぞっていく。
遠くで、
犬が一度だけ吠えた。
「……来るな」
エリアスが、呟いた。
理由は分からない。
だが、確信があった。
「ええ」
リュシアも、視線を上げる。
「今夜ではありません」
「ですが――」
セリウスが、夜空を見た。
「もう、
始まってる」
夜明け前。
境界が、
最も無防備になる時間。
そこで起きることが、
この街だけで終わるとは限らない。
三人は、黙って夜を待った。
次に動くのは――
彼らではない。
だが、彼らはそれを見届ける立場にいた。
だが、
見逃すつもりもなかった。




