《LUNAR EXIT 第二話:リセットの夜――神域へのチケット》
彼女はついに東京で、自らの居場所を見つけた。
カフェの屋根裏部屋で過ごす夜は、この巨大な都市の喧騒から隔絶された、束の間の静寂だ。微かなコーヒーの香りと、清潔な寝具の肌触りが、彼女の疲れた心にとって唯一の頼みの綱となり、「もう一人じゃない」という確信を与えていた。
しかし、その得難い平穏は、昼間、代々木公園で耳にした一言――氷の刃のようなあの酷評によって、粉々に打ち砕かれた。
「テクニックは未熟で、歌い方は上辺だけ。」
屈辱が胸に込み上げる。彼女が全てだと信じていた「情熱」は、この冷酷な批判によって消し去られるどころか、煮えたぎる燃料へと変わった。それは、愛や居場所を求める感情ではない。彼女の全てを否定した「絶対的な基準」に対する、純粋で不屈の怒りだった。
なぜ?どうしてあの人は、これほど正確に、そして冷徹に、彼女の全てを見透かすことができたのだろう?
その答えを追い求めるため、彼女は**メイ(MEI)**の轟音を上げる鋼鉄のバイクに跨った。
**ルナ(LUNA)**は自らの安息所を投げ捨て、真っ黒な夜の闇へと飛び込んでいく。彼女が向かう先は、夢を追う場所ではない。自らの全てをゼロに戻し、そして初めて、真の格差が横たわる聖域と向き合うためだ。
これは、成功への道ではない。これは、一人の少女が、自らが追い求めるべき神の領域の残酷な一角を垣間見るために握りしめた、運命のチケットだった。
第一幕・カフェ風鈴
朝の光が木枠の小さな窓から斜めに差し込み、質素な屋根裏部屋では、光の筋の中で埃がゆっくりと、音もなく漂っていた。ルナは自然と目覚め、目を開けると、静かに天井を見つめ、しばらく呆然としていた。
そこにあるのは、シンプルなシングルベッド、一本の古いギター、そして使い古されたバックパックだけだった。数日前、ネットカフェで丸くなり、機械的な冷房の音と他人のいびきの中で眠っていた時と比べ、ここは静かで、心が落ち着いた。東京でも安心して目を閉じることができる、と彼女は初めて感じた。
彼女は起き上がり、枕元にあるギターに触れ、壁の隅に貼られた「カフェ風鈴」の勤務時間表に目をやった。
窓の外からは、電車の轟音、歩道の慌ただしい足音、バイクの長いエンジン音が聞こえてくる。これらの音は松本とはまるで違うが、彼女は恐れていない。むしろ、新しい生活の始まりだと感じていた。
彼女がカフェへと続くドアを開けると、焼き菓子の香りと木の温もりが感じられる空気が迎えた。カウンターの奥で、橘さんがカップを拭く手を止め、微笑んで頷いた。
ルナは静かに「おはようございます」と挨拶した。
橘さんは手にしていた布を置き、穏やかに尋ねた。「おはよう。昨夜はよく眠れた?」
ルナは頷き、口調は穏やかだが確信に満ちていた。「はい。とても静かで、ぐっすり眠れました。」
「なら、よかった」橘さんはカップを棚に戻し、どこか見透かしたような眼差しで言った。「約束の時間より早いね。待ちきれなかった、ってところかな?」
ルナはカウンターに視線を向け、静かに応じた。「ここにいると、すごく落ち着くんです。」
橘さんは多くを語らず、カウンターの下から真新しいエプロンを取り出して彼女に手渡した。声には穏やかな導きがあった。「さあ、着て。まずは掃除から。この店の隅々まで、お客様への心遣いだからね。」
開店前の三十分間は、歌詞のない序曲のようだった。
ルナはテーブルを拭き、昨夜乾かした食器を片付ける。グラス同士が触れ合い、小気味よい澄んだ音を立てる。彼女は、濡れ布巾でまず円を描き、それから木目に沿って拭き伸ばすやり方を習い、テーブルに水滴一つ残さないようにした。黒板メニューのチョークの文字をより白く補修する。書くとき、腕に少し力が入るが、最後の払いまで注意を払った。
橘さんは急かさず、ただ彼女の動きが速すぎるときに、そっと一言言うだけだった。「ゆっくりね。手の動きが呼吸についていくように。」
豆を挽く音は、猫が喉を鳴らすような音だ。挽き具合を少しずつ調整するだけで、粉の質感が変わる。
橘さんは秤の使い方を実演した。「18グラム。湯温は92度。時間は28秒から35秒を目標に。口当たりが変わるから、自分で覚えておいて。」
ルナは数字を小さなメモ帳に書き込み、その横にエチオピア・イルガチェフェとマンデリンの二つの小さな豆の絵を描き、異なる線で囲んだ――フルーティー、フローラル、ブライト。/ウッディ、スモーキー、ヘビー。彼女は缶の蓋を開け、本当に一粒ずつ香りを嗅ぎ、鼻腔の中でその「澄んだ香り」と「重厚な香り」を区別できるようになるまで続けた。
玄関の風鈴が初めて鳴った。まるで誰かが今日という日の開始ボタンを押したかのようだ。
最初に入ってきたのは年配の常連客。グレーのソフト帽に、ダークブルーのツイードのコートを着た、足取りのしっかりした人物だ。彼はまず鼻で空気中の香りを一通り探し、それからルナを見て笑った。
老紳士:「新入りだね?見かけない顔だ。」
彼は顔を橘さんの方に向け、尋ねた。「いつもいる小柄な娘さんは?」
橘さんはカップを置き、「美優ね。大学を卒業して、名古屋に帰ったよ」
老紳士は小さくため息をつき、また笑った。「人生なんて、こんなものさ。でも、この新しい娘さんも、元気そうだ。」
ルナは慌ててお辞儀をし、その笑顔は少しぎこちない。老紳士はマンデリンのハンドドリップを、砂糖もミルクもなしで注文した。
彼女は、湯の流し方、時間を守り、初めてカップをトレイに乗せて出した時、手が少し震えた。老紳士はそれを持ち上げ、まず香りを嗅ぎ、それから一口啜る。眉間の皺がゆっくりと緩んでいった。
老紳士:「うん。」
彼は余計な言葉を言わなかったが、その「うん」という一言は、彼女に小さな通行許可を与えたようだった。
正午近くになると、市場帰りらしき二人の奥さんが、野菜カゴを提げて入ってきた。洗いたての葉物野菜の湿気と、ビニール袋の擦れる音がする。
奥さんA:「今日の豚ロースは良かったね。角煮にしてもいいし、炒め物にしてもいい。」
奥さんBは笑って言葉を継いだ。「うちの旦那は角煮が好きでね。年を取ると、歯が弱くなるから、柔らかいものがいいんだって。」
彼女たちはブラックコーヒーを二杯、ホットで、砂糖もミルクもなしで注文した。
ルナは素早く頷き、テーブルに運ぶ際、皿が音を立てないように注意した。二人の奥さんは、どのスーパーで豚ロースが特売だったか、近所の猫がまた掲示板に飛び乗った、といった他愛ない話をしている――ルナは思わず笑みがこぼれた。こうした些細な出来事が、この店を温かいリビングルームのように感じさせた。
玄関の風鈴が再び鳴り、ベビーカーが押し込まれてきた。若い母親は少し申し訳なさそうだ。
若い母親:「デカフェのラテをお願いできますか?授乳中で。」
橘さんがルナに視線を送りつつ、「もちろんです。あなたがやって」と応じた。
ルナはデカフェの豆をサブのミルに注いだ。挽く音は少し控えめだ。ミルクの温度は、熱すぎず、口に優しい程度に調整した。彼女はしっかりと蓋をし、別に子供用に小さなカップの温かいミルクを用意した――砂糖は入れず、カップの縁にだけスマイルマークのシールを貼った。
若い母親は感謝した。「すごく気が利くわね。」
ルナの心臓が一瞬ドキリとしたが、ただ微笑んで言った。「ゆっくり飲んでくださいね。熱いうちに。」
若いカップルが手をつないで入ってきた。男の子:「今日の苺のロールケーキはありますか?」
橘さんが答えた。「はい、ありますよ。近所のケーキ屋さんのもので、今朝届いたばかりです。」
二人はラテを二杯と、ロールケーキを一つ注文した。
ルナは、彼らがケーキを分け合うためのナイフの跡をこっそり見ていた――男の子がうっかり切り損ね、女の子は笑いながら、その大きい方のピースを彼に押し付けていた。
彼女はふと、ずっと前にギターを習っていた時、ユイ(YUI)がコードを間違えた時に見せた、あの笑みを思い出した。責めることなく、ただそっとリズムを元に戻してくれた。その思いは、胸の中で氷が一粒溶けるように、痕跡を残さず、しかし、心のどこかを静かに洗い清めた。
他にも、ノートPCのバッグを背負い、テーブルいっぱいに付箋紙を広げたフリーランスの客がいた。
フリーランス:「今日のシングルオリジンは、どれがお勧めですか?」
ルナは息を吸い込み、午前中に頭の中で覚えた香りを自分の言葉に変えてみた。「もし、すっきりしたものがお好みでしたら、イルガチェフェが良いかと思います。柑橘系のフルーティーさとフローラルな香りがあります。重めがお好きでしたら、マンデリンを。ウッディで、少しスモーキーな感じになります。」
彼はイルガチェフェを選んだ。
彼女がコーヒーを淹れている間、彼はキーボードを叩きながら、時折目を上げて湯の流れを見ていた。彼女がカップを置くと、フリーランスは「サンキュー」と言った。店員に対してではなく、まるで仲間にかけるような言葉だった。この「仲間」という二文字が、ルナの心の中で小さく光った。
正午を過ぎると、テイクアウトの注文が立て続けに入った。制服を着た配達員がドアを押して入ってきたが、まだ息が整っていない。
配達員:「テイクアウトのラテ二杯、番号は八番です。」彼はスマホを掲げ、伝票を確認してもらった。
ルナの動作が速くなる。エスプレッソ抽出、ミルクのスチーム、蓋の取り付け、カップスリーブを被せ、ラベルを貼る。温度がテイクアウトに適していることを確認し、遅延やこぼれを防ぐためにラテアートはしない。彼女はドリンクをテイクアウト用ラックに置き、番号をはっきりと告げた。
配達員はそれを受け取る際、「急いでいるが、これで安心」という表情を見せ、足早に去っていった。風鈴が彼の後ろで二度揺れ、その音は澄んで短かった。
午後、太陽の光が側面の窓から斜めに差し込み、橘さんはいくつかの豆のキャニスターを並べた。
橘さん:「もう一度、匂いを嗅いでみて。目を閉じて。」
ルナは言われた通りに目を閉じた。フルーティーな香りは、明るい黄色の円、ウッディな香りは、濃い色の板のように。彼女は、そういった少し不器用なやり方で、頭の中に印を付けていった。
橘さん:「覚えるのは、お客様に説明するためじゃない。あなた自身が、軸を持つためだよ。」
彼女は頷いた。「軸を持つ」というその言葉が、歌う時の息遣いと同じくらい重要だと感じた。
彼女はまた、スチームノズルの音を真似てみた。穴が浅すぎると甲高くなり、深すぎるとこもる。正しい音は、まるで静かに口笛を吹いているようだ。彼女は何度も、ミルクをぬるめに熱し、手のひらで金属の温度を感じ取りながら、「もう少し」と「これで十分」の間で止めることを学んだ。橘さんは時折、彼女の手首をそっと支える。力は強くないが、その瞬間、彼女の動作は安定した。
店内のコルクボードには、店員や常連客との集合写真が何枚か貼られていた。一番上には、少し黄ばんだ写真が貼られており、「美優—卒業おめでとう、いってらっしゃい」と書かれていた。とても綺麗な字だ。ルナは二秒間それを見て、視線を自分の小さなメモ帳に戻した。彼女は余白に、とても小さな文字で一行書き込んだ。「今日の最初の一つは、自分へのいいね。」
夕暮れが近づいた頃、いつものおばさんがホットカプチーノを注文した――テイクアウトではない。ルナは一度試してみようと思った。
彼女はミルクを絹のように滑らかにし、ゆっくりと中心に注ぎ入れる。手首はわずかに震えるが、心の中で拍子を取り、自分を落ち着かせた。
カップの表面に、小さなハートが浮かび上がった。両側が少し不揃いだが、輪郭は整っている。彼女はそれを運び出すとき、大きな笑みではなく、口元に極めて小さな微笑みを浮かべるだけだった。
おばさんは一口飲み、目を上げて彼女にサムズアップ(グッドサイン)をした。ルナはその仕草を心に刻み込んだ。それは、どんな言葉よりも長く心に残るものだった。
夕焼けが店内を温かく染め、テーブルの反射が薄い砂糖衣のようだった。都市の音は外で鳴り続けているが、店内はまるで安全なポケットのように、人々の呼吸を少しゆっくりにさせた。
六時半、最後の客が店を出た。橘さんは札を裏返し、「CLOSED」にした。彼女は布巾を絞り、尋ねた。
橘さん:「今日はここまで。まだ元気がありそうだけど、この後は何か予定がある?」
その一言は、軽くノックするようで、敷居の向こうの世界を一歩前に進ませた。
ルナはギターストラップを背負い、話す時の目はまるで磨かれたように輝いていた。「代々木公園で少し練習して、夜は友達のライブを見に行くつもりです。」
橘さん:「情熱があるのは良いことだ。夜道には気をつけて。」
ルナ:「はい、ありがとうございます。」
ルナは深々とお辞儀をし、店の光と香りを背後に残して、ドアを押して出た。角の風は少し冷たかったが、彼女の体は温かい。空は夕焼けに染まり、まるで誰かが手のひらで雲をそっと撫でたかのようだ。彼女は前へ歩き、その一歩一歩が次の一歩を準備しているかのようだった。
(ユラのノート・あとがき)
彼女はその小さなメモ帳を、後で私に見せてくれたことがある。隅に書かれたあの小さな文字――「今日の最初の一つは、自分へのいいね」――それは、彼女が東京で書き残した、最初のお祝いの言葉だった。
彼女は、初日に最も重要だったのは、いくら稼いだかではなく、手をしっかりと置ける場所を見つけることだった、と言っていたのを覚えている。今でも彼女は、あの頃の話をする時、店主を「橘さん」と呼ぶ。一方、近所の人たちは彼女を「風鈴さん」と呼んでいた。どちらの呼び方も正しいと思う。一方は敬意、もう一方は帰属意識から来ている。
私と言えば、あの空の部屋のポラロイド写真を本の間に挟んでいる。うっかり落ちるたびに、彼女が初めて安らかに眠ったあの朝のことを思い出す。それは物語のクライマックスではなかったけれど、私たちの全ての始まりの中で、最も静かで、最も必要な瞬間だった。
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第二幕・黄昏の不協和音
夕暮れ時、代々木公園の芝生は、夕陽に染められ、温かいオレンジ色に輝いていた。
ルナはギターを背負い、慣れた足取りでいつもの練習場所へと向かい、アコースティックギターと、小銭入れ代わりの帽子を置いた。彼女は深呼吸をし、座って、弾き語りを始めた。
彼女の歌声とアコースティックギターの弦を弾く音は、アンプを使わず、生音だけで夕暮れの中に響き渡った。歌声にはまだ未熟さが残り、息遣いも不安定だが、メロディの中にある不安と頑なさが、まるで雑草のように夜の闇に強くぶつかっていった。何人かの通りすがりの人々が足を止め、遠巻きに彼女を見ていた。
ちょうどその時、公園の外側の道路に、磨き上げられた黒のベントレーが音もなく滑り込み、停車した。流線型の車体は、夕暮れの中で身を潜める黒豹のようで、公園ののんびりとした雰囲気とは著しく異なっていた。
後部座席のドアが静かに開き、まず、一足の洗練された黒のハイヒールが地面に降り立った。降りてきたのは、シャープなダークカラーのスーツに身を包んだ女性だ。身長は172センチ近く、モデルのような長身で、艶やかな黒髪は完璧に整えられている。端麗な顔立ちだが、その眼差しは凍りついた湖面のようで、冷静に周囲を見渡した。
彼女は軽く会釈をし、続いて窓がゆっくりと下がり、後部座席に座る男の深い輪郭が現れた。彼は完璧に仕立てられた黒のスーツに黒のタートルネックを合わせ、すらりとした体躯に、やや長めの黒髪をしていた。
彼は公園から聞こえてくる歌声の方向に一瞥をくれ、淡々としているが反論を許さない口調で、前席の運転手に告げた。
男:「ここで降りる。公園を突っ切って少し気分転換する。十五分後、区役所の出口で待機だ。車が目立ちすぎる、長く停めるな。」
男性が言い終えると、秘書はすぐにその意図を理解した。彼女はほとんど儀式的な動作で、最小限の動きでドアを完全に開けるのを手伝う。長身の影が車から降り立ち、その一挙手一投足には、生まれ持った優雅さと、人を寄せ付けない孤高の雰囲気が漂っていた。街灯が灯り始め、かすかな光が彼の左耳にある小さな銀のイヤリングを捉え、細かく冷たい輝きを放った。
秘書は静かにドアを閉め、すぐに歩みを進め、常に数歩の距離を保ちながら、まるで沈黙の影のように彼の後ろに付き従った。二人は振り返ることなく、公園の奥へと歩き始めた。
二人は、黄昏の残光が差し込む公園の遊歩道を歩いた。その足取りは効率的かつ確実だ。彼らは、粗末なアンプを立てて演奏する二、三人のストリートパフォーマー――フォークソングを弾く学生や、ヒップホップダンスを練習する若者たち――のそばを通り過ぎた。男性は横目で見ることさえしなかった。まるで目標を定めた黒豹のように、彼の視線は出口へ一直線に進む道筋にのみ集中し、周囲の喧騒には耳を貸さない。彼の時間はあまりにも貴重で、非効率なものに注意を逸らされることを許さないのだ。
ルナはちょうどサビを歌い上げている最中で、感情を集中させていた。その時、長身の影が、少し離れた街灯の下で立ち止まり、両手をポケットに差し込み、峻厳な表情で彼女を見つめた。その眼差しに、賞賛はなく、ただ査定するような冷たさだけがあった。
彼女が一曲歌い終え、**目を開けると、そのスーツ姿の長身の影が、すぐ近くに立っているのに気づき、思わず息を飲んだ。**彼女は考える間もなく、反射的に、深くお辞儀をした。息遣いはまだ整っていなかった。
男は動かず、ただ軽く顎を上げ、その視線は高いところから降り注ぐ。その声は、冬の夜の氷柱のように、空気を鋭く切り裂き、わずかに見下すような冷淡さを帯びていた。
男:「呼吸が浅い。ビブラートもきれいじゃない。リズムは……まだ不安定だ。テクニックは未熟で、歌い方は上辺だけ。人を感動させる力は…運頼み、というところか。」
彼は一拍置き、最後に一言付け加えた。
男:「……まあ、全く価値がないわけではない。」
言い終えると、彼は踵を返し、その足取りは重々しく、冷たい。秘書はいつの間にか彼の傍に戻っており、二人は並んで木立の奥へと進み、すぐに夜の闇の中に消えていった。まるで最初から存在しなかったかのように。
ルナは呆然と立ち尽くしたまま、胸が激しく上下し、ギターを握る手は微かに震えていた。屈辱と困惑が二つの激流のように心の中で衝突し、彼女は二人が去った方向をただ見つめるばかりで、一言も言葉が出なかった。
(ユラのノート・あとがき)
ルナが後で私にあの男性について話した時、彼女が何度も口にしたのは「あのスーツの男」「あのイヤリングの奴」だった。彼女はその時の感情を上手く言葉にできなかった。それは単なる批判ではなく、まるで別世界から来た、全く異なる基準によって完全に否定された感覚だったのだと。
彼女は、あの高価な黒い高級車を覚えていたし、身長172センチ近く、モデルのような容姿を持ちながら、人形のように精巧で温度のない女性秘書――**香坂理沙**のことも覚えていた。
彼女にとって、あれはストリートライブのありふれた一幕ではなかった。彼女が初めて、ある人々の目には、自分が誇りに思っていた「情熱」や「夢」が、これほど容易に数値化され、分析され、「未熟」というレッテルを貼られるものなのだと気づいた瞬間だった。
彼女は相手の名前さえ知らなかった。しかし、あの男性の姿は、彼女の心に最初に刺さった、抜き取れないトゲとなった。
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第三幕・倉庫のミラー
その夜、ルナは代々木公園から慌ただしく立ち去った。心臓は冷たい刃物で切り裂かれたようで、情熱だけでなんとか保っていた自信は、ガラガラと崩れ去った。彼女はカフェ風鈴の静かな屋根裏部屋には戻らず、ギターを背負ったまま、**メイ(広瀬芽依)**と待ち合わせしていた古い倉庫へと足を踏み入れた。
「4号倉庫」の照明はぼんやりとした黄色で、空気にはビールと金属の匂い、そして微かな錆の匂いが混ざり合っていた。ルナがその重い鉄の扉を開けた時、彼女はまるで雨に濡れた小動物のように、黙ってバーカウンターのそばに体を投げ出し、一言も発しなかった。
**メイ(広瀬芽依)**はバーテンダーのユニフォームを着て、手際よくカクテルを数杯調製していた。彼女はホールスタッフがトレイを受け取るのを待ってから振り返り、ルナの心境を見透かしたような笑みを口元に浮かべた。
メイ:「おっ、やっと来たね。」
ルナは俯いたまま、腕の中に顔を埋めて、くぐもった声を出した。「……気にしないフリをしようと思ったんだけど……でも、本当に腹が立って。」
ルナはあの冷淡な口調を真似て、まるで氷の欠片を吐き出すかのように、その言葉をぶちまけた。「『呼吸が浅い、ビブラートは甘い、リズムは不安定、テクニックも深みも足りない…』って、私を完全にゴミみたいに貶したあげく、最後に『まあ、全く価値がないわけではない』ですって!あの、世界で自分だけが音楽をわかっているみたいな、上から目線の態度が!」彼女は怒りで胸を上下させ、目元は微かに赤くなっていた。
メイは静かに聞き終えると、その鋭い批判が今日一番の面白い話だったかのように、思わず軽く笑い出した。
メイ:「はっ、ははは!あいつ、口悪すぎだろ。でもさ、あの人……きっと、あんたのこと、めちゃくちゃ評価してるよ。」メイはルナに氷水を差し出し、見抜くような口調で言った。「運任せで人を感動させるって言ったんだろ?それはつまり、あんたの声には、何か潜在的な力があるってことだ。ただ、あんた自身がまだそれを使いこなせてないだけだ。」
ルナがその言葉にハッとさせられた時、店のドアが「ガラッ」という音を立て、活気に満ちた力で押し開けられた。
強烈なインパクトを放つ人物が、瞬時に薄暗いドア枠を占拠した。彼は身長182センチの長身で、引き締まった体躯をしている。鋲が光る黒のレザージャケットをまとい、髪は黒い炎のように逆立ち、首にかけた金属のチェーンが光を反射して微かに輝いている。彼は桐谷伸夫。下北沢のインディーズバンド界隈で活動する「NAjNA」というバンドのギタリストだ。ダークロックのスタイルを身に纏っているが、その顔立ちは明るく親しみやすい、まるで太陽のような青年で、この情熱と硬派な外見が魅力的なギャップを生み出していた。
メイは驚いて叫んだ。「伸夫!もう向かったと思ってたよ!どうしたの、戻ってきて?」
伸夫は早足で入ってきて、その声は明るく、まるでギタリストが最初に弾くコードのようだ。「忘れ物だ。ギターのワイヤレストランスミッターをここに忘れたみたいで、取りに戻ってきた。」
メイは白目を剥いたが、その目には笑みが宿っていた。彼女はバーカウンターの奥にある、コードや工具がごちゃ混ぜになった雑然とした場所を指差した。「あんたねぇ、毎回酔っぱらうと物を落とすんだから。この前、店の整理を手伝った時に適当に置いてたから、盗まれてなきゃ、その辺にあるはずだよ。自分で探して。」
伸夫は頭を掻き、さらに困ったような笑みを浮かべ、素早く雑然とした物の中から探し始めた。それを見つけると、彼の顔にはすぐに、伝染するような、屈託のない笑顔が咲いた。「ふう……危ねぇ。今日はメインのライブもあるんだ。それに、ベースの代役も頼まれてて。」
ルナはNAjNAのギタリストを驚いて見つめ、尋ねた。「え?あなたはギターを弾いているんじゃないんですか?」
伸夫は笑い、困惑と誇らしさが入り混じった表情を浮かべた。「ああ、NAjNAではギタリストだよ。でも、友達のバンドがちょっと問題があってね。元々のベーシストが今日出られなくなって、代役が見つからなかったから、俺みたいな古い友人が出なきゃならなくなったんだ。」
伸夫は続けてルナに視線を向けた。その探求心に満ちた、好奇心旺盛なミュージシャンの眼差しに、ルナの頬は微かに熱くなった。「君がルナちゃんだね?やっと本人に会えた。」
ルナは慌てて頷いた。「あ…初めまして…」
伸夫:「メイが、君の歌声は魂がこもってるって言ってたよ。次回、ぜひライブで聴かせてくれ。」
メイが口を挟む。いつもの口喧嘩のような口調だ。「やめなよ。調子に乗るから。」
ルナは慌てて反論した。「そ、そんなことないです!まだまだですよ!……でも、そう言ってもらえると……ちょっと嬉しいです。」
伸夫:「じゃあ、俺はもう行くよ。君のライブ、楽しみにしてるよ。頑張って。」伸夫はそう言って、颯爽と振り返り、黒い楽器ケースを提げて、あの焦燥と熱気を残したまま、倉庫のドアの向こうへ急いで消えていった。
伸夫が去った後、メイはバーカウンターのエプロンを脱ぎ、壁に掛けてあったレザージャケットを手に取り、ルナに顔を向けた。
メイ:「いいものを見せてやる。ジャーン!」
メイは青いチケットを二枚取り出し、ルナの前に押し出した。
ルナはきょとんとした顔だ。「ブルーノートって、何ですか?」
メイは信じられないといった様子で眉を上げた。「え?まさか、初めて聞くの?ブルーノートだよ。今夜、すごいライブがあるんだ。コネを使って招待券を手に入れた。ちょうどいいだろ。あんた、今日かなり打ちのめされたみたいだし、『本物のプロ』の演奏がどんなものか、見に行ったって損はない。」
ルナはテーブルを見つめ、心の奥底にある悔しさを小さな声で口にした。「……もう一度、あの人に歌を聴かせたい。たった一度でいいから。今日よりもっと上手くなってから。」
メイの口調は穏やかだが、揺るぎない決意がこもっていた。「だったら、今日からもっと必死に練習しな。地下道でも倉庫でも、どこでもいい。でも、あんたはあいつを恐れちゃいけない。」
メイは振り返り、倉庫の隅にあるオフィススペースに向かって大声で叫んだ。「源さん!お先に失礼します!今夜のライブバーはお願いしますね!」
高田源一。六十歳近いこの店主は、老眼鏡をかけてビールの仕入れ伝票をチェックしているところだった。
源さんは顔を上げず、しかし、父親のような慈愛に満ちた声で言った。「わかったよ、メイ。気をつけて行ってきな!」
メイは返事をし、珍しく穏やかな笑顔を顔に浮かべた。「はい!」
彼女はルナに振り向いて、「行くよ」と言った。メイが先にドアを出ると、ルナは目的地を尋ねることもなく、彼女について倉庫を出て、東京の深夜の交通の流れの中に飛び込んでいった。彼女たちの目的地は、南青山のジャズの聖地、ブルーノートだった。
(ユラのノート・あとがき)
私はずっと、メイはルナが東京で出会った最初の鏡だと思っている。
彼女(広瀬芽依)はNAjNAというバンドのドラマーで、ギタリストの桐谷伸夫と恋人だ。下北沢のインディーズバンド界で名が知れたNAjNAは、ダークロックとゴシック・スタイルを得意とする。メイは甘い言葉を言えず、外見は常にクールで近寄りがたいが、彼女の気遣いは、周到に考えられた実際的な行動の中に隠されており、他人には気づかれにくい。
ルナが後に私に話してくれたことだが、この「4号倉庫」はメイにとって特別な意味を持つ場所だった。四年前、ここが彼女が大阪から東京に来た時の最初の拠点だったのだ。店主の高田源一(源さん)は、この風変わりで賢い「メイ」が、ステージパフォーマーから、暇な時にバーでテーブルを片付けたり、カクテルを習ったりするのを見てきて、既に彼女を半分娘のように思っていた。メイのあのクールな外面も、源さんに別れを告げる時だけは、珍しく少しだけ穏やかさを覗かせる。
彼女とルナとの出会いは、優しく慰めるよりも遥かに価値のある、強力な導きを始めた。
ルナが後で言ったように、あの瞬間、彼女は完全にメイの勢いに引きずられていたのだ。メイは恐らく、ルナに「悔しさ」という感情には二つの使い方があることを理解させた最初の人だろう。一つは、その場で怒り続けること。もう一つは、立ち上がって外へ出て、真の世界との距離を自分の目で確かめることだ。
あの夜、メイは口先だけの慰めではなく、密かに手に入れたブルーノートの招待券を差し出すという、衝撃的な実際の行動で、ルナに後者を選ばせ、彼女をさらに遠いスタートラインの前に連れ出した。
これこそが、彼女たちを繋ぐ最も特別な絆なのだろう――メイは決してルナに優しい慰めを与えないが、彼女が最も支えを必要とする時、彼女独自のやり方で、最も確かな尊重と空間を与えた。彼女たちの友情は、お互いを慰め合うことではなく、**「私はあなたを理解しているから、多くは尋ねない」**という阿吽の呼吸の上に築かれていた。
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第四幕・ブルーノートの聖域
「4号倉庫」の鉄の扉がルナの背後で重く閉まり、倉庫に残るアルコールと汗の匂いを遮断した。夜風が裏路地に吹き込む中、ギターを背負ったルナはメイの後ろに続いて外に出た。彼女は、目の前に停められた光景に、たちまち呆然となった。
そこにあったのは、一台の黒い大型二輪、ヤマハ MT-09だ。流線型の車体は、薄暗いネオンの下で浅く光を反射し、精悍な骨格は、夜の闇の中で潜む黒豹のようだ。二つのヘルメットが、しっかりと後部座席のグラブバーに掛けられていた。
メイは黒い革手袋をはめ、手慣れた動作で屈み込み、タイヤをチェックし、ヘッドライトやメーターを確認する。その一つ一つの手順は、疑う余地のないプロフェッショナルな感覚に満ちていた。
ルナは目を大きく見開き、その声は微かな震えを伴っていた。「えっ……これ、これに乗って行くんですか?」
手袋をはめたメイは、格好良く短い髪を後ろに払い、口元に極めて薄い嘲笑を浮かべた。「じゃあ、自転車でも出してくると思ったの?」
ルナは立ち尽くし、その顔全体に**「人生初体験」**と書かれていた。彼女はゆっくりと予備のヘルメットを手に取り、それから少し不安そうに被った。
メイがエンジンをかける。重厚で力強い低音が鼓膜を痺れさせ、車体が微かに振動する。まるで猛獣が目覚めたかのようだ。
ルナはどもりながら言った。「私……こういうの、乗ったことないんですけど……転倒したりしませんか……?」
メイは横を向いて笑い、その眼差しには「お上りさん」という四文字が書いてあった。「大丈夫。私が転倒した回数の方が、あんたが歩いた道より多いよ。初めて乗るあんたが、いきなりそんな目に遭うわけがない。」
ルナは歯を食いしばり、意を決して後部座席に跨った。
メイは振り返って一言付け加えた。その口調は淡々としている。「しっかり私の腰を掴んでな。じゃないと、あんたのギターが先に飛んでいくかもよ。その大切なギター、落ちても私は責任取らないから。」
ルナの顔は強張り、バツの悪そうな表情になった。彼女はゆっくりと両手をメイの腰に回した。
革手袋をはめたメイの右手は、しっかりとスロットルを握り込んだ。彼女はルナに何の心の準備もさせず、スロットルを捻り切り、クラッチが一瞬で弾かれた!
MT-09は、その強大なCP3エンジンのトルクによって、野獣のような、耳をつんざく咆哮を上げた。ルナは、抗うことのできない巨大な力で体が後ろに引っ張られるのを感じた。彼女が反応する間もなく、バイクの前輪が猛然と持ち上がり、地面から離れたのだ!
その瞬間、ルナは全ての支持点を失い、全世界が後ろに傾いたように感じた。彼女の視界には、真っ暗な夜空と、頭上で猛スピードで後退していく街灯の光しかなかった。突然重力から解放され、制御を失いかける極度の不安定感が、彼女の恐怖を頂点に達させた。
ルナ(悲鳴。声はエンジンの轟音と風の音で引き裂かれる):「あっ!ヤバい!ヤバいよ!」
彼女の両手は本能的に強く締まり、正確にメイの胸を掴んだ。
メイ(この突然の親密さを感じ取り、すぐに低い声で怒鳴る):「おい、止めろ止めろ!そこ胸だ、ちげーよ!」
ルナの頭の中は一瞬で真っ白になり、極度の恐怖と驚きが頂点に達した。彼女はバイクの狂暴さとメイの怒鳴り声に怯え、思考停止に陥る。彼女の手は反射的に下に動いたが、口からは本能的な謝罪の言葉が、制御不能に絞り出された。
ルナ(声は風の音にかき消される):「ご、ごめんなさい!」
バイクはメイの正確なコントロールのもと、金属の澄んだ音と共に前輪が地面にしっかりと降り立った。ルナはメイのジャケットの背中に頬をきつく押し付け、全ての抗議と謝罪は風の音に飲み込まれた。
バイクは漆黒の稲妻のように、東京の冷たい夜の闇へと合流していく。ルナはメイの腰をきつく抱きしめ、自分が極度の制御不能と極限の刺激が入り混じった状態にあることを認識した。彼女の頭の中は混乱していた。代々木公園でイヤリングをしていたあの男の批判、ユイとの約束、そしてこの猛スピードの狂奔が、全てが絡み合っていた。
(ユラのノート:第三幕終章・運命の疾走)
彼女がメイのバイクの後部座席に座っていた時のことを書くたび、私は思わず笑ってしまう。あの時の彼女は、ただのスリル満点の夜のドライブを経験しているだけだと思っていた。彼女は知らなかった。自分が二人のイカれた女によって、最速で人生の次の運命の交差点へと押し出されていることを。
ルナの人生は、常に優しい束縛に満ちていた。一方、メイは、彼女の全ての束縛を断ち切った最初の、荒々しい風だった。
今振り返ると、メイがこのMT-09でルナを迎えに行ったことを本当に良かったと思う。このバイクは、メイが大阪時代、必死にバイトで貯めたお金で買った最初の愛車だった。当時の彼女は、日本縦断に挑戦するという固い決意を胸に、大阪から東京まで走り続け、ただ自分のステージを見つけるためだけにこの街へ来た。このバイクが運んでいたのは人ではない。運命に屈しない彼女の挑戦と決意そのものだった。
ルナはメイの腰をきつく抱きしめていたが、彼女が抱きしめているのが、同じく故郷を離れ、全てを顧みず、「挑戦」という炎を燃やす、確固たる魂だとはまだ知らなかった。
私はどれほど彼女に伝えたかっただろうか。しっかり掴まって、親愛なるルナ。あなたは今、私たちの物語が始まる場所へと向かっているのだと。
ルナの頭の中は混乱していた。代々木公園のあの男の言葉がまだ耳元で反響し、その一言一句が鋭いガラスの破片のようだった。彼女は屈辱と怒りを感じながらも、反論する力がなかった。そして今、彼女はメイに連れられ、完全に未知の目的地へと向かっている。彼女は前方のメイの真っ直ぐな背中を見つめた。いつも気まぐれに見えるのに、肝心な時には誰よりも果断なこの女性は、一体何を彼女に見せたいのだろう?
街の景色が目の前で猛スピードで変わっていく。渋谷の混沌とした喧騒の交差点から、表参道の両脇に整然と並び、ブティックの光を放つショーウィンドウへと。空気までが変わったようだ。ストリートの匂いから、もっと洗練された、希薄な香りへと変わっていった。
そしてついに、ヤマハMT-09のエンジン音は、南青山の広い骨董通りでゆっくりと止まった。メイはプロのライダーとしての本領を発揮し、バイクを正確かつスムーズに、ダークカラーのガラス張りのビルの前に停車させた。
メイはエンジンを切り、キーを抜いた。「着いたぞ、降りな。」
ルナはヘルメットを脱いだ。彼女はまだ猛スピードで走った後の、ぼうっとした状態にある。顔を上げると、目の前には広い道路と、夜の帳が降りて静まり返った巨大なビル群があった。
その中の、濃い色の壁の建物の地階に、彼女は控えめでありながら力強いシンボルマークを見つけた。深青色の光を放つ長方形のファサード、中央には、オレンジがかった黄色いバックライトで縁取られた、ジャズミュージシャンのシルエットがいくつかあり、そのポーズは誇張され、力強さに満ちている。シンボルの下には、濃い茶色の木製の分厚い観音開きドアがあり、その上部には暖かい黄色の光を放つクラシックな照明が三つ埋め込まれていた。
エントランスのデザインは、派手なネオンの海ではなく、落ち着きと内向的な豪華さを湛えている。深青色の冷たい光とバックライトの温かい光が交錯し、この建物は夜の闇の中で、まるで現代美術館のようでもあり、古代の音楽の聖殿のようでもあった。それは静かに南青山の広い通り沿いに佇み、ルナの汗とオイルの匂いが染み込んだジャケットとの間に、息が詰まるような、異質な距離感を生み出していた。
彼女が見上げると、その小さな、深青色の光を放つ文字――「Blue Note Tokyo」――が、今、どんなスポットライトよりも眩しく目に映った。
この名前は、ルナが最も高価な音楽雑誌でしか見たことのないものだ。それはジャズの聖殿であり、世界で最もトップクラスのミュージシャンだけが立つことを許されるステージ。彼女が夢にすら見ることのできなかった場所だった。
メイは素早くキーを抜き、バイクに寄りかかりながら、ルナの方を振り返った。
メイ(少し自慢げだが、当然といった口調で):「着いたぞ、降りな。どうだ?すげーだろ?」
ルナの目は、その深青色の看板に釘付けにされた。その衝撃は、彼女がこれまでに経験したことのないものだ。自分の履いている古いブーツと汗臭いジャケットが、ここの優雅で洗練された空気とひどく場違いな気がした。
メイは前に進み、顎で入り口を指し示した。「行くぞ。今夜はあんたの目を覚まさせてやる。何が本物の音楽か、ってことをな。」
入り口では、身なりの整った制服のスタッフが、分厚いドアを彼女たちのために開けてくれた。高級なウィスキー、香水、そしてウッディな香りが混ざり合った温かい空気が、顔に押し寄せてきた。
ルナは緊張で手のひらに汗をかき、メイの後ろに付き従い、一歩一歩、細心の注意を払った。
メイはカウンターに進み、青いチケットを二枚、レセプショニストに手渡した。レセプショニストは黒の制服を着た、プロフェッショナルな表情の若い女性だった。彼女は素早くチケットを確認し、顔を上げてメイに丁寧な微笑みを向けた。
案内係:「広瀬様、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ。」
メイはルナの背中を軽く押し、得意げな口調で言った。「行くぞ。VIP待遇だ。」
ルナが着席した時、体全体がまだ硬直した状態だった。彼女は、自分とステージとの距離が、三メートルもないことに気づいた。ステージ上のグランドピアノの木目さえも、はっきりと見ることができた。
メイはノンアルコールのドリンクを二杯注文した。彼女は急いでルナに話しかけず、ただこっそりと、バーカウンターの下で、革手袋をはめた手でルナに勝利の「イェイ」サインを送った。
ルナの元々緊張で硬直していた顔は、メイの子供じみた「密かな喜び」を見て、思わず軽く笑みがこぼれた。極度の緊張感は、メイの可愛らしさによって一瞬で薄められた。彼女もまた、こっそりと、膝の上で、メイに同じように小さな「イェイ」サインを返した。
メイ(満足そうに手を引っ込め、ルナの硬直した横顔を見る):「緊張何してんだ?あんたが今座ってる席は、東京の金持ちだってなかなか取れない席だぞ。」
メイはテーブルの上のキャンドルスタンドを手に取り、火をいじるフリをしながら、その眼差しは澄んで鋭かった。
メイ(わずかに口を尖らせ、ルールを蔑むような口調で):「リラックスしろ。ここはあんたが寝る場所じゃなくて、目を覚ますための場所だ。あんた、今、試験会場に来たみたいな顔してるぞ。」
ルナ(声を潜め、プレッシャーを感じながら):「わ、私、ちょっと緊張してるんです。こんな場所、息も大きくできない気がして。」
メイは振り返り、ルナの驚いた顔を見て、肘で軽くルナを小突いた。口元にはいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
メイ:「はっ?ここが貴族の舞踏会だとでも思ってるのか?ここはブルーノートだ。奴らはあんたの耳しか見てない。さっさとそのお上りさんの顔を直して、本物の音楽にぶっ飛ばされる準備をしな!ここからが本番だ。」
ルナは理解した。メイの強気な態度は、彼女自身の技術への自信から来るものであり、彼女は本物の音楽に対して絶対的な信仰を持っているのだ。彼女は深呼吸をし、全ての衝撃、好奇心、そして緊張を、これから始まるパフォーマンスへの期待へと変えた。
言い終わると同時に、会場の照明が落ち、一筋のスポットライトがステージに当たった。司会者が流暢な英語で今夜のパフォーマーを紹介する。
司会者:「Ladies and gentlemen, please welcome tonight's performers, the incredible French jazz fusion band, Étoile Nomade!」 (皆様、今夜のパフォーマー、素晴らしいフレンチ・ジャズフュージョンバンド、『エトワール・ノマド』にお迎えください!)
熱烈な拍手の中、司会者はバンドメンバーを一人ずつ紹介し始めた。
司会者:「On Guitar, the great Louis Duvet!」(ギター、偉大なルイ・ドゥヴェ!)
司会者:「On Bass, Marc Bonnaire!」(ベース、マーク・ボネール!)
司会者:「On Piano, Émile Laurent!」(ピアノ、エミール・ローラン!)
司会者:「And on Drums, Darnell Jackson!」(ドラム、ダーネル・ジャクソン!)
ルナは、この異国情緒あふれる名前の連続を聞きながら、強烈な衝撃を感じた。彼女はスーツを着た四人のミュージシャンがステージに向かうのを見た。彼らの表情は実に落ち着いており、地下道で歌っていた自分の未熟さと不安とは、大きな対比を成していた。
拍手が鳴り止み、音楽が流れ始めた。ルイ・ドゥヴェ(LOUIS Duvet)のギターから最初の音符が流れ出した瞬間、ルナは自分の心臓が、見えない手で強く握りしめられたように感じた。それは『夜の底で静かに』という曲名で、ハ短調、スウィングのリズム、BPMは驚くほど速い。
これは、彼女が慣れ親しんだ、情熱に駆り立てられた音楽ではない。これは、極度に精密な機械であり、全ての部品が完璧な状態で動作している。ルナは呆然とステージを見つめた。
彼女の頭はついていかなかったが、体は既にこの極限の正確さに反応し始めていた。ピアニストのエミール・ローランのアルペジオは流星群のように、密で華麗。ドラムブラシがドラムヘッドを擦る微細な音は、複雑なリズムの網を織り上げていた。そして、ルイのギターは、この星空の中の支配者だった。
彼の指先はネックの上を猛スピードで舞い、残像すら見えないほど速かった。全ての音符がクリーンで、豊かで、力に満ちていた。ルナは本能的に彼のコード進行を分析しようとしたが、三小節目で完全に道を見失った。その複雑なハーモニーと即興は、彼女の理解の範疇を完全に超えていた。
代々木公園で会ったあの男が言った一言一言が、今、彼女の頭の中で実体化していた。
「呼吸が浅い…」――彼女は、ピアニストが三十二拍にも及ぶ、感情が何層にも深まる華麗なパッセージを弾き出すのを見た。そのリズムとダイナミクスは地平線のように安定している。ルナはめまいがするほどの興奮を感じた。音楽がこれほどまでに自由で、それでいて規則正しいものであることを、彼女は初めてこの目で見たのだ。
「リズム…相変わらず不安定だ。」――彼女は、ドラマーのダーネル・ジャクソンとベーシストのマーク・ボネールの間の、寸分の狂いもない連携を耳にした。彼らは曲全体の心臓であり、毎分238の速度で、正確に鼓動していた。ルナのアドレナリンが急上昇した。彼女は、自分がこれまで追い求めていた「自由」が、実際には「緩慢さ」の同義語に過ぎなかったと気づいた。
「テクニックは未熟で、歌い方は上辺だけ…」――彼女はルイ・ドゥヴェを見た。彼の指は冷酷な暗殺者のように、一回のピッキング、一回のチョーキング全てが、正確に目標を捉えていた。それは練習の結果ではなく、筋肉と魂が一体化した本能だった。
ルナは強烈な挫折感を覚えた。だが、この挫折の中には、この極限の技術に対する狂おしいほどの渇望が混ざり合っていた。彼女は単に否定されたのではなく、より高い基準によって目覚めさせられたのだ。
一曲が終わると、雷鳴のような拍手が沸き起こった。ルナは、まるで全ての力を吸い取られたかのように、ただそこに呆然と座っているしかなかった。会場の照明は非常に薄暗く、客席はテーブルの上のキャンドルの光だけが揺らめいていた。
ちょうどその時、台上のルイ・ドゥヴェは、探していた人物を見つけたようだ。彼はマイクをスタンドに戻し、直接マヤの方向へと歩み寄った。
ルイは再びマイクを手に取り、情熱的な英語で語りかけた。
ルイ:「Ladies and gentlemen, we have a very special friend joining us from Tokyo. He is an old friend of ours, and trust me—this guy is a genius. Please welcome—MAYA-san!」 (皆様、東京から非常に特別な友人が私たちに加わってくれました。彼は私たちの旧友であり、信じてください――こいつは天才です。お迎えください――マヤさん!)
この名前が呼ばれると、「マヤさん」という響きが、ルナの脳裏で大きな音符のように弾けた。彼女が顔を上げると、あの長身の影がステージに向かっているのをはっきりと見た。
ルナ(声を潜め、驚愕で声が震えている):「……あの人だ……!」
メイ(横を向き、戸惑いの表情):「誰?あんたの知り合い?」
ルナ(低い声で、光の中にいるその男を凝視し、信じられないほどの恐怖を込めて):「あの……代々木公園で、私のリズムが不安定だなんて言った……あ、あの男!」
メイ(目を見開き、その後、口元を邪悪そうに歪める):「わ、これ、面白くなってきたな~楽しみだ~」
マヤはルイの前に進み出た。ルイの顔には抑えきれない興奮と喜びがあり、その温情に満ちた瞳は、マヤに釘付けになっていた。
ルイは何も言わず、すぐに両手でマヤの肩を掴むと、フレンチスタイルの挨拶で、親しみを込めてマヤの左右の頬にキスをした。
ルイ(フランス語):「Ça fait longtemps, mon frère.」 (日本語訳:久しぶりだな、マイ・ブラザー。)
マヤの口元は微かに上がり、その眼差しには、非常に珍しい、ルイにだけ見せる温かさが一瞬だけ見えたが、すぐに氷のように引っ込められた。ルナは息を詰めた。その非常に異国情緒あふれる親密な挨拶に、彼女は圧倒された。ルイは単なる同業者ではなく、マヤの「兄弟」であり、彼らの間にはかけがえのない阿吽の呼吸と信頼があることを、彼女は悟った。
ルイは続けてマヤにギターを手渡し、同時にフランス語で何かを囁いた。
ルナは一言も聞き取れなかったが、ルイがギターを手渡す際、その指先がギターのやや古びたボディをそっと撫でるのを見た。その動作は、芸術品に対する最も深い敬愛と、託すという想いに満ちていた。
マヤは軽く頷き、フランス語で簡潔に応えた。彼はチューニングに時間をかけず、コードを試すこともなく、ただ数回弦を軽く弾いた。まるで、このギターがとっくに彼の記憶の奥深くに刻み込まれていることを確認するかのように。マヤはステージの中央へと歩み、バンドのベーシストやピアニストと、短く素早いアイコンタクトを交わした。
言葉を必要としない、この上なくスムーズなステージ登場の過程が、ルナに理解させた。これは単なるアドリブではない。これは、長年共演してきた二人のトップミュージシャンが、お互いの技術と音楽の方向性に対して持っている、絶対的な信頼だということを。
マヤはチューニングに時間をかけず、コードを試すこともなく、ただ数回弦を軽く弾いた。まるで、このギターがとっくに彼の記憶の奥深くに刻み込まれていることを確認するかのように。続いて、彼はドラマーと短いアイコンタクトを交わした。誰も反応するのを待たずに、彼の指が弦の上に落ち、ブルーノート全体が持つ空気が瞬時に燃え上がった。
それは、極めて速いジャズサンバで、曲名は**『Bésame en Mi Menor』(ホ短調でキスをして)**。BPMは間違いなく250を超え、情熱的で、ワイルドで、まるでブラジルの海岸を席巻する夏の嵐のようだ。ホ短調のメロディは、どこか妖しい魅惑を帯び、全ての音符が、聴衆を危険で甘い深淵へと誘っているようだった。
しかし、この曲を演奏する彼の顔には、何の表情もなかった。マヤの体は、ほとんど無駄な動きがなく、ただ静かに立っているだけだ。だが、彼の右手は白い稲妻のように速く、左手はギターのネックの上を、物理法則に反するかのような動きで移動していた。その感覚は非常に奇妙だった――最も激しい感情が、最も冷たい理性を介して、完璧に表現されていたのだ。
ルナは完全に硬直した。彼女はステージのそばに座っているにもかかわらず、何の熱も感じなかった。マヤの演奏には、微塵の瑕疵もなく、全ての音符のダイナミクス、音価、音色が、まるでスーパーコンピューターによって計算されたかのように正確だった。彼女は、彼の猛スピードで変わるコード進行を頭の中で捉えようと無駄に試みたが、二小節ついていくのが精一杯で、完全に思考を置き去りにされた。
これはもはやテクニックではない。これは一種の**「支配」だった。彼は手の中の楽器を完全に支配し、ステージ上のバンドを支配し、その場にいる全ての人々の呼吸を支配していた。ルイのパフォーマンスが、彼女に自分と「プロ」との格差を明確に見せつけたとするならば、マヤの演奏は、彼女に「神」の領域**を垣間見させたのだ。それは、彼女が一生かかっても到達できないかもしれない高みだった。彼女は単に否定されたのではなく、より高い基準によって目覚めさせられたのだ。
一曲が終わると、雷鳴のような拍手が沸き起こった。ルナは、まるで全ての力を吸い取られたかのように、ただそこに呆然と座っているしかなかった。会場の照明は非常に薄暗く、客席はテーブルの上のキャンドルの光だけが揺らめいていた。
(ユラのノート・あとがき)
ルナが後にあの夜のことを話してくれた時、彼女が最も多く語ったのは、マヤの神業のような演奏ではなく、彼女が解き明かせなかったある光景だった。彼女によると、マヤはステージで全てを焼き尽くすほどの情熱的な曲を弾いていたが、その顔は絶対零度。一方、観客席にいたあの冷たい秘書は、その一瞬、極めて微細で、ほとんど捉えられない動揺を露わにしたというのだ。
ルナはそれがどんな感覚だったのか、はっきりとは説明できなかった。ただ、その数分間、ブルーノート全体が、まるで彼ら二人だけのために存在しているように感じたという。その曲の一音一音が、明確な方向性を持って、全ての喧騒を貫き、二階のあの隅の席に真っ直ぐに射抜かれているようだった。それはパフォーマンスではなく、彼ら二人だけが理解できる儀式のようなものだった。
この出来事は、後にルナの心の中に一つの謎として残った。彼女は、もちろんそのメロディの背後にある物語を知らなかったし、私たち誰一人として知る由もない。しかし、あの矛盾に満ちた光景は、その夜のどの楽曲よりも深く彼女の心に焼き付いた。当時のルナにとって、彼女は音楽の頂点を目の当たりにしただけでなく、複雑な人間性のうちに、彼女には全く理解できない深淵を垣間見たのだ。
彼女は、歩き始めたばかりの子供が、オリンピックの短距離走の決勝戦に迷い込んだようなものだった。その絶望感は、夢を抱くどんな若者をも打ち砕くに十分だった。
楽曲は続行中だ。ルナの視線は、無意識のうちにマヤの秘書へと向けられた。彼女は、**香坂理沙**の背筋が、先ほどよりもさらにピンと伸び、膝の上に置かれた両手が無意識に握りしめられているのを見た。その眼差しには、驚きと、懐かしさが混ざっていた。ルナは、彼女が確かに見たと確信した。あの元々冷静で、凍りついたようだった瞳が、メロディを聞いた瞬間、深遠で、捉えられない動揺を極めて微かに瞬かせたのを。彼女の唇はごくわずかに震え、まるで、ある時間の記憶に無言で留まっているかのようだった。
それは一瞬の取り乱しに過ぎなかった。次の瞬間には、その秘書は既に平穏を取り戻していた。しかし、その一瞬の動揺は、ルナの心の湖に石を投げ入れたように、波紋を広げた。
曲は、荒々しいアルペジオの中で突然終わりを告げた。数秒間の静寂の後、ブルーノート全体が、狂乱に近い拍手と歓声に包まれた。
マヤはただ軽くお辞儀をし、ルイにそっと頷いた。
ルイは顔に抑えきれない興奮と喜びを浮かべ、ステージ脇のギタースタンドに向かい、素早く彼のもう一本のエレキギターを手に取った。彼はマヤに軽く頷き、その眼差しには、これから始まる次の勝負への期待が満ちていた。マヤは変わらず、手の中のギターをしっかりと握り続けている。
ルナが見たのは、ルイがクリアで流れるような主旋律を担い、マヤが複雑で緊張感のあるハーモニーの旋律を担当している姿だった。彼らの間の音符は絡み合い、単純な重ね合わせではなく、精密で、互いを包み込むような構造を成していた。ルイのメロディは優雅で、マヤのハーモニーは氷山の下に潜む暗流のようだった。
その後、演奏は即興のセクションに入った。ルイが最初に比較的長いフレーズのソロを展開し、それはフレンチらしい情熱に満ちたものだった。マヤはシームレスに引き継ぎ、彼のソロは構造が厳格で音符が密集しており、ルイのフレーズを正確に解体していく。
二人はこのようにして、何度も相互に問いかけ、答えるような応酬を繰り広げた。続いて、交代のスピードが猛烈に速くなり、音符は短く、密になった。
ルナ(声を潜め、混乱と理解不能に満ちた口調で):「ねぇ、メイ、彼ら……彼ら、何をしてるの?彼らが弾いてるの、一体何なの?どうして彼らはフレーズを交換するスピードが突然こんなに速くなったの?彼ら、コントロールを失ってない?」
メイ(視線はステージに釘付けのまま、口元には隠しきれない誇りが浮かぶ):「シーッ!静かに!これこそがジャズの醍醐味だ!」
メイ(解説を始める):「彼らは**『即興対話』**をしているんだ。音符はまるで野球のボールみたいに、投げ合って、相手がそれを受け止められるか、そしてもっと強烈な球で打ち返せるか、ってね!これはアーティスト同士の、言葉を必要としない心の対話なんだ。」
即興の応酬が頂点に達した後、マヤはソロ権をドラマーのダーネル・ジャクソンに渡した。ドラマーのソロは瞬時に爆発し、全てのリスム、ダイナミクス、そして激情をクライマックスへと押し上げた。
ドラムソロが終わると、音楽はスムーズに主旋律へと戻った。マヤとルイは、最後にもう一度完璧に主旋律をユニゾンし、二人のミュージシャンは同時に深々とお辞儀をした。
ルイは顔に極度の満足感を浮かべ、観客に視線を向け、再びマイクを手に取った。今度は、流暢で情熱的な英語を使った。
ルイ(英語):「Ladies and gentlemen, thank you! Thank you! I want to give a massive thank you to my brother, Maya Kujo! Many years ago, he was playing with us in Lyon, in Paris... It's a great honor to have him join us tonight. He is the best, isn't he?!」 (日本語訳:皆様、ありがとうございます!ありがとう!私のブラザー、マヤ・クジョウに心からの感謝を捧げたい!何年も前、彼はリヨンやパリで私たちと一緒に演奏してくれました…今夜、彼が加わってくれたことは本当に光栄です。彼は最高ですよね?!)
ルナは英語の全ての単語を理解できたわけではないが、「brother」、「Lyon」、「Paris」といった言葉、そしてルイの口調に込められた「誇り」と「光栄」を聞き取った。ルナは思った。この男性は、偶然現れた天才ではない。彼は、既にこの世界の常連なのだと。
会場の観客は、さらに熱烈な拍手と歓声を送った。
ルイは続いてステージ脇にいる、黒い制服を着た会場スタッフに頷きかけた。スタッフは素早く前に出て、マヤの手からギターを受け取った。
マヤはルイに会釈をした。彼の視線はルイと素早く交錯し、二人だけが理解できる感謝の気持ちが込められていた。彼は踵を返し、ステージ左側の自分の席に戻った。ルイは自分のギターを手に、バンドを率いて最後のセットの演奏を続けた。
ルナは、今が最高の観察時間だと知っていた。彼女は視線を完全にマヤに集中させ、この男性の細部に至るまで読み取ろうとした。
彼女は、マヤが手にした琥珀色のウィスキーを、いかに冷静に味わっているかを観察した。そのゆったりとした、世俗から隔絶された佇まいは、まるでステージ上の喧騒が彼とは無関係であるかのようだ。マヤは薄暗闇の中で、一貫して、彫刻のように微動だにしない姿勢を保っていた。この極限の落ち着きと、彼が先ほどステージで爆発させた狂熱は、大きな矛盾を形成していた。
ルナは思った。この男は一体どんな経歴を持っているのだろう?なぜ彼は、あの才能を、これほどまでに落ち着いた態度で抑え込めるのだろう?彼女は、彼の常人を超えた、絶望的な演奏技術を説明できる手がかりを、彼の中に見つけ出そうとした。
バンドの最後の音符が鳴り止み、会場は再び熱狂的な拍手に包まれた。ルイはバンドメンバーと共に観客に深くお辞儀をし、今夜のパフォーマンスが終了したことを告げた。彼は顔に極度の満足感を浮かべ、ギターをバンドのアシスタントに手渡したが、他のメンバーと一緒にバックステージへは向かわなかった。
ちょうどその時、ルイは抑えきれない興奮と喜びを露わに、マヤと香坂理沙がいる小さなエリアに直接向かって行った。
ルイはまず香坂理沙に挨拶をし、情熱的なフレンチスタイルの挨拶で、この美しい秘書の左右の頬に親しみを込めてキスをした。
ルイ(フランス語):「Risa ! Toujours aussi élégante.」 (日本語訳:リサ!相変わらずエレガントだね。)
ルナが見たのは、ルイが話す時、その温情に満ちた瞳がマヤではなく、香坂理沙に釘付けになっていることだった。その口調は、冗談というよりも、賞賛と愛慕を帯びた探りのようだった。
ルイ(フランス語):「Dis donc, Maya a de la chance. Mais s’il ne te garde pas… envoie-la chez nous, daccord ?」 (日本語訳:いやはや、マヤは運がいいな。もし彼が君を手放すようなことがあったら…ぜひ、うちに来てくれよ、いいかい?)
香坂理沙(表情は変えず、口調は穏やかだが鋭い):「C’est gentil… mais vous savez, les plus précieux ne sont jamais mis en vente。」 (日本語訳:お気遣い、ありがとうございます…ですが、ご存知の通り、最も貴重なものは、決して市場に出ることはございません。)
ルイは理沙の答えを聞くと、まず大げさに自分の顎鬚を触り、続いて朗らかな、自嘲的な笑い声を上げた。
ルイ(英語。笑いながら首を振る):「Ah, Risa, Risa! Always the diplomat! My heart is broken, but I understand. A diamond like you must be protected, non?」 (日本語訳:ああ、リサ、リサ!いつだって外交的だな!心が砕けるようだが、理解している。君のようなダイヤモンドは、守られるべきだ、そうだろう?)
ベーシストのマーク・ボネールが続いて彼らの会話の輪に加わった。彼はマヤに苦笑いをしながら首を振り、過去のバンド時代を懐かしみ始めた。
ベーシスト Marc Bonnaire(フランス語。自嘲的なおどけを含んだ口調で):「Chaque fois que je vois Maya, je me souviens de ce concert à Lyon. Mec, j'étais déjà bourré, et je sentais que mon timing était si lâche. Mais quand j'ai regardé Darnell, il était encore plus bourré que moi ! J'étais en train de me battre pour trouver le temps !」 (日本語訳:マヤに会うたびに、リヨンでのあのライブを思い出すよ。なぁ、俺はもう酔っぱらってて、タイミングがめちゃくちゃだった。でも、ダーネルを見たら、あいつは俺よりもっと酔ってたんだ!俺は必死にテンポを取り戻そうとしてた!)
一同いた人々は一瞬固まり、その後、大声で笑い出した。マヤは、この自嘲的な失敗談を聞き、ついに抑えきれない、本当の笑顔を口元に浮かべた。
香坂理沙(その瞳に一瞬、面白みが閃き、口元を微かに上げながら、旧友たちに総括した):「ご存知なかったんですか?あの時の皆様三人の表情は、私まだ覚えていますよ。誰よりも滑稽でした。」
ルイ(英語。笑いながら首を振る。マヤへの称賛に満ちた口調で):「But that’s the Maya magic! You guys were surfing, and he was still dropping perfect solos, adjusting his pace to yours, not letting the set collapse. Man, I was sweating just watching him!」 (日本語訳:でも、それがマヤマジックだよ!お前たちは波に乗って遊んでるのに、彼は完璧なソロを決め続け、お前たちのスピードに合わせて調整して、セットを崩壊させなかった。なぁ、横で見てるだけで汗だくだったよ!)
マヤはルイの賛辞を聞き、彼に軽く頷いた。顔の笑みは半分になり、事後的に正直な姿勢を示すような穏やかな口調だった。
MAYA(英語):「It wasn't magic, Louis. I was very nervous, I just learned to hide it.」 (日本語訳:魔法なんかじゃない、ルイ。僕はとても緊張していたんだ。ただ、それを隠すことを覚えただけだよ。)
ルイはマヤの正直な「緊張論」を聞き、旧友としての理解と敬意を込めて、まさに口を開こうとしたその時、明らかにアフリカ系アメリカ人特有の熱意を帯びた声が彼らの後ろから響いた。
ダーネル・ジャクソン(英語):「Yo, Louis, what the hell are you guys doing? Talking about the good old days without your main man?」 (日本語訳:よう、ルイ。お前ら何やってんだ?メインの俺抜きで昔話か?)
ドラマーのダーネル・ジャクソンは、その奔放なオーラをまといながらやって来た。彼は先ほどステージ裏で自分のドラムセットを素早く片付け終えたばかりで、今は顔中に汗をかいているが、その眼差しは演奏後の高揚感で輝いていた。彼はマヤの前に進み出ると、手を差し出し、その力強い手でマヤと固く握手した。その口調にはプロとしての確信が満ちていた。
ダーネル・ジャクソン(英語):「Maya, man, that set was fire! Seriously, I thought you were tied up with a top band here. You got a regular gig in Tokyo or what? Don't tell me you're just sitting on that gift!」 (日本語訳:マヤ、マジで、あのセットは最高だったぜ!本気で、お前は東京のトップバンドに引き抜かれてると思ってたよ。東京でレギュラーギグやってんのか?その才能をただ寝かせてるなんて言うなよ!)
ルイはダーネルの言葉を聞いて笑い出し、その口調はわずかにからかいと惜しさを帯びていた。
ルイ(英語):「Nah, Maya’s a free agent. He’s like some kind of ninja, man. He just appears, blows our minds, and disappears back into the shadows.」 (日本語訳:いや、マヤはフリーエージェントだ。あいつはまるで忍者のようなもんだよ。現れて、俺たちの度肝を抜いて、また影の中へ消えていくんだ。)
メイはまだ先ほどのギターソロの余韻に浸っており、その目には強者への限りない崇拝が宿っていた。彼女は無意識のうちに小声で呟いた。
メイ:「や~~~伸夫もあいつみたいに強かったらなぁ!」
メイが彼氏に残念がる中、ルイが言った「Maya’s a free agent」という一言が、まるで爆弾のように、少し離れた場所で観察していたルナに衝撃を与えた。
ルナの脳は瞬時に爆発した。彼女の元々拙い英語の翻訳システムは、ダーネルの言葉をこう解釈したのだ。マヤはここで公にバンドメンバーを探している!そしてドラマーは、みんなに彼を見つけに来るよう大声で呼びかけている!この巨大な錯覚が、「彼と交わることなど永遠に不可能だ」という彼女の心の中の絶望を、一瞬で打ち砕いた。
ダーネル・ジャクソン(英語):「Oh hell no! We got a free agent over here! A diamond on the market! Somebody better lock him down before he gets snatched!」 (日本語訳:マジかよ!ここにフリーエージェントがいるぞ!市場のダイヤモンドだ!誰か彼が取られる前に、早く契約しろよ!)
ルナの脳は既に停止していた。残っているのは、恐怖と悔しさによって駆り立てられる本能だけだ。早く!今だ!
これが唯一のチャンス!今、掴まなければ、私は永遠に外側に立ち続けるしかない!
ルナは心の中で低い唸り声を上げた。「私、決めた……!」
彼女はギターのストラップを握る指の関節を強く締め付けた。その力で指先は白くなっている。彼女は振り返り、視線をマヤの背中に固定した。
メイはルナを愕然として見ていた。その顔は困惑と心配に満ちており、手を伸ばしてルナを掴もうとしたが、空を切るだけだった。
メイ:「え、何!?何!?おい、どこ行くんだ?」
ルナは答えず、まるで磁力に引き寄せられる鉄片のように、隣の人混みを縫って、外国語に囲まれた小さな輪へと向かっていった。
ルナは部外者のように感じた。周囲は彼女には理解できない流暢な外国語ばかりだが、彼女の心の中の衝動は、全ての社交的な不安を突き破った。彼女はついに、マヤから二歩と離れていない場所で立ち止まり、深呼吸をし、緊張しながら軽く会釈をした。
ルナ:「あの……初めまして。私、**月村結月**と申します……」彼女の声は小さく、明らかに震えを伴っていた。
ダーネルとルイは振り返り、突然現れた、少し顔色の悪い日本の少女を、好奇心を持って見た。ダーネルがまず笑い出し、アメリカ人特有の気さくさを見せた。
ダーネル・ジャクソン(英語):「Oh, a fan, right?」 (日本語訳:ああ、ファンだね?)
ルイ(明らかにフランス語訛りを持ちながら、この言葉を日本語に訳した):「おお、ファンかい?」
ルナは立ち尽くし、頬が瞬時に熱くなった。彼女はファンとして来たかったわけではないが、今の場の雰囲気では否定できなかった。彼女は曖昧に一言を絞り出した。「ち、ちょっとだけ……」
マヤがついに振り返った。彼の視線は二本の冷たいサーチライトのように、淡々と彼女を一瞥した。彼の元々静かで、ほとんど波のない瞳は、ルナの顔を見た後、ごくわずかに認識の光を瞬かせた。
マヤ:「……ああ、代々木公園の、君か。」彼の口調は穏やかで、驚きや熱意は全くなく、ただ一つの事実を淡々と述べただけだった。
彼に認識されたという事実は、ルナに大きな励みとなった。これは、彼女が彼の心の中に微かな痕跡を残したこと、彼女の演奏が全く無価値ではなかったことの証明だ。彼女は全身の全ての勇気を奮い立たせ、生涯で最大の力を使って、今回の最も重要な目的を口にした。
ルナ:「あの……もし、機会があったら、いつかあなたと一緒に……演奏とか……」
マヤはそれを聞くと、顎を微かに上げた。薄暗い光の中で、彼はすぐに話さず、ただ、彼女を見透かそうとするかのような、極度に真剣な眼差しで、ルナに釘付けになった。
そしてマヤが言った。「一緒に演奏できるのは、選ばれた者だけだ。」
ルナの顔色は瞬時に強張り、まるで氷の錐で心臓を刺されたかのようだ。彼女の全ての衝動、全ての勇気は、この一言で粉々に打ち砕かれた。
彼女がまだ反応できないでいると、マヤの傍にいた専属秘書、香坂理沙が、冷静に半歩前に出た。彼女はマヤのすぐそばに立ち、小さな声で口を開いた。その口調は丁寧だが、反論の余地がない。
香坂理沙:「坊っちゃま、そろそろお時間でございます。明日の朝一番で仙台へ向かう会議がございますので、この辺りでお引き上げいただければと存じます。」
マヤは微かに頷き、香坂理沙を見ることなく、簡潔に言った。「承知した。」彼はもう一度ルナを見ることもなく、一目で合図を送り、すぐに踵を返し、未練なく去っていった。
香坂理沙はテキパキと彼に続き、その足音はステージ脇の冷たい光の中で遠ざかっていった。
【沈黙】
ルナは、安物のギターを背負い、一人、青い光の下に立っていた。彼女の両手は震え、その背中に追いつくことは全くできなかった。まるで影すら残さなかったかのようだ。
彼女は自分が今、何を言ったのか、彼に聞こえていたのかどうかもわからなかった。
彼女が知っているのは、ただ一つ。この夜、彼女は夢に近づいたが、現実に真っ向からぶつかった、ということだけだった。
画面が暗くなり、彼女だけが出口のそばに立ち、一歩も動いていない。
ルナ:「「……これが、夜と、光の、距離感、か。」
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エピローグ
大型二輪MT-09のエンジン音は、カフェ風鈴の前の路地口で最後の低い溜め息を発し、すぐに静寂に包まれた。
メイはヘルメットを脱ぎ、潰れたショートヘアを振り、夜風に汗を乾かさせた。彼女はルナのヘルメットを外し、慣れた手つきでバイクの側面に掛けた。
ルナは黙って後部座席から飛び降りたが、足が地面につくと、まるでセメントに張り付いたかのように、なかなか手袋を脱がなかった。
彼女の体全体は、乱暴に放り出された荷物のように、俯き、言葉にできないほどの落ち込みを示し、立っている姿勢すら少し縮こまって見え、自分をジャケットの保護シェルの中に引き戻そうとしているようだった。
メイは横を向いて、彼女を一瞥した。彼女は余計な慰めを言わず、ブルーノートで何があったのかも尋ねなかった――なぜなら、答えはルナの張り詰めた背中に既に書き込まれていたからだ。彼女の口調は相変わらず大ざっぱでさりげないが、そこには一種の強い優しさが含まれていた。
メイ:「……どうした?ちょっと、ショックが大きすぎた?」
ルナは返事をせず、ただ喉から微弱な「うん」という言葉を絞り出した。その瞳は虚ろで、足元に街灯で長く伸びた影を見つめていた。
メイは後部座席のボックスを開け、ゆっくりといくつかの物を取り出した。彼女の声は低く、自分に言い聞かせているかのようだ。だが、その言葉には、現実に対する透徹した理解と、境界線を示す感覚が滲み出ていた。
メイ:「あの神様みたいなレベルのやつは、無理だよ。」
メイ:「平常心、平常心。」
ルナは顔を上げ、口元に苦々しい、崩壊しないように努めた、礼儀正しい笑みを浮かべた。それは慰めに対する返答ではなく、優しさに対する精一杯の配慮だった。彼女は頷き、細い声で言った。
ルナ:「……乗せてくれて、ありがとう。」
メイは振り返らず、ただ適当に手を振って合図を送った。
メイ:「さっさと二階に上がって風呂入ってこい。神様にビビった後は、汗をかいてると冷えるぞ。」
ルナは小さく「うん」と言い、あの安物のギターを背負った。彼女はゆっくりとカフェ風鈴の脇のドアへと入っていった。温かい光が廊下に沿って差し込み、彼女の背中を細く長く引き伸ばした。
(ユラのノート・日付不明)
ここまで書いた時、私はルナとメイの友情を振り返り、メイのあのざっくりとした外見の下に、どれほど強力な力が隠されていたのかを真に理解した。
ルナはいつも、メイのことを口が悪い、おっちょこちょいの姉御肌だと言っていたが、あの夜、ルナが拒絶された時の彼女の対応は、誰よりも繊細だった。
彼女は、ルナが全身を縮こまらせた心の痛みを一目で見抜いたが、何も多くを尋ねなかった。「無理だよ」「平常心」という言葉で、ルナの心に防衛線を築き、悲しむことは許したが、溺れることは許さなかった。
それは、彼女特有の**「リスペクト(尊重)」**だったのだろう。彼女が与えたのは優しい抱擁ではなく、最も現実的な「受容」だ。終始無言で、あのバイクと彼女の背中は、ルナが極度の制御不能状態に陥った後で、唯一しっかりと掴まることのできた安定した錨となった。
メイはめったに優しい抱擁を提供しないが、彼女が最も支えを必要とする時、彼女独自のやり方で、最も確かな尊重と空間を与えた。彼女たちの友情は、お互いを慰め合うことではなく、**「私はあなたを理解しているから、多くは尋ねない」**という阿吽の呼吸の上に築かれていた。
【屋根裏部屋・夜】
ルナは自分の屋根裏部屋に戻り、一言も発しなかった。空気中にはまだコーヒーと焼き菓子の微かな香りが残っているが、それは彼女のジャケットに染み込んだ汗と冷たい風の匂いと混ざり合っていた。
彼女はジャケットを脱ぎ、ギターをそっと壁の隅に立てかけた。余計な音は一切立てない。薄い毛布を引き、体全体の骨が抜き取られたかのように、ベッドに倒れ込んだ。
泣きもせず、呆然ともしなかった。彼女はただ枕を抱き、横向きになり、体を胎児のような姿勢に丸めた。
それは疲労ではなく、悔しさだ。まるで子供が世界に強く叩きのめされ、痛みが急激すぎて、反応する間もなく、自分自身を強制的に休眠させるしかなかったかのように。
部屋は静まり返り、壁掛け時計の音だけが、一つ、また一つと鳴り響いている。それは、彼女の言葉にできないこの挫折を記録しているかのようだ。
画面静止。電気は消されず、夜はまだ明けない。
第二話 完
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最初は心の中に、小さなバンド物語の“種”のようなものが芽生えました。
それが少しずつ膨らんでいくうちに、かつて音楽をしていた頃の記憶がよみがえり、
その想いを重ねながら、この物語を形にしたいと思うようになりました。
私はプロの作家でも映像制作者でもありません。
ただ、音楽と物語への愛情だけで、この作品を紡いでいます。
また、この物語のアニメ版も YouTube で公開しています。
AIによる映像表現はまだ試行錯誤の段階で、小説版に比べると一部省略や濃縮された部分もありますが、
もしよければご覧いただけたら嬉しいです。
▼WEB
https://www.lunarexit.com/
▼第一話 シネマティック版
https://www.youtube.com/watch?v=APuI1fJjfvE
▼第二話 シネマティック版
https://www.youtube.com/watch?v=HnaTDK-W4hU&t=26s
▼第三話 シネマティック版
https://www.youtube.com/watch?v=krvLniYtBaY
応援や感想をいただけると、とても励みになります。
これからも少しずつ、心を込めて創作を続けていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。




