余談。あるいは、これからの話
鈴ノ美山高校。
日が沈み、どこかで銃声が響いた頃。
るみねと春壱は、体育倉庫の中にいた――いや、隠れていた。
そこに身を潜めていた。
――時間は少し戻り、場所も少し変わり。
炎の魔術師・フレアが、野々原市への放火に失敗し、学校から逃走した後。
春壱の鼻血の理由を、理解した直後。
「……あ」
と、るみねはそれに気付き、振り向いた。
彼女の視線の先には――第七実験棟。
暗くなった空へと煙を上げる、骨組みだけの建物。
春壱の方式から放たれた風で、炎は消えていた。彼の消火活動(そのつもりはなかったかもしれないが)は、確かに効果があった。
だけど炎が消えても、燃えたという事実は消えない。一瞬で燃えてしまったところは、しっかりと黒く焦げていた。
だから第七実験棟からは、白く輝く月を目指す灰色の煙が立ち昇っていた。
そう、それはまるで狼煙のように――この場所を誰かに知らせるように。
「…………」
るみねの状況整理タイム。
放火され、煙を上げる第七実験棟。熱で溶け、陥没した地面。
グラウンドの方からは、火事だと騒ぐ声が聞こえる。
そして、そんな場所にいる二人の高校生。
一人は、頭脳明晰・容姿端麗を自他共に認める女子高校生――袴田るみね。
もう一人は、幸せそうに鼻血を流すパンツ一丁の男子高校生――藤春壱。
ちなみに春壱の体の方式はもうすでに姿を消し、そこにいるのは純粋なパンツ一丁の男の子である。
「…………」
状況整理タイム終了。
だから彼女は落ち着いて、穏やかな声で
「アンタ。脱いだ制服、今の内に拾っときなさい」
「ん? うん、分かった」
春壱に準備を整わせる。
そして、彼が言う通りに制服を拾い集めたところで。
最初に脱ぎ捨てた右の靴を、拾い上げたところで――
「――とりあえず逃げるわよっ!」
るみねは、デジャヴのような言葉を口にした。
放火と、変態。
その二つの状況証拠が、二時間サスペンスも真っ青なくらいに揃っていた。しかも後者に至っては現行犯。
いくら『女子高生探偵・袴田るみね』でも解決できない事件はあるし、説明し切れない事情がある。
だから、裸足――というかパンツ一丁のままの春壱を連れて、るみねは逃げ出した。
人のいない方へ、声が聞こえない方へ、春壱の格好が目立たない暗がりの方へ。
逃げて、逃げて、逃げ回って。
そしてようやく――今現在。
るみねと春壱は、体育倉庫に逃げ込んでいた。重たい扉を閉め、とりあえず誰にも見つからないように隠れていた。
ふう、と安堵の息がるみねから漏れる。
逃げ切れた安心感から――そして、非日常からの解放感から。
はっきり言って、さっき起きた出来事が夢のように思える。というか、むしろ夢だったといった方が、現実味があった。
しかし頬をつねらなくても、高鳴る心臓が現実だと教えてくれている。
――魔法と魔術師。
そんな世界が本当に存在している――とは、正直まだ信じられない。
でも確かに魔法科学の範囲を超えた現象が、自分の目の前で起きていた。あんな小さな指輪であれだけの炎を操るなんて、今の魔法科学では不可能だ。
だけど。
だけど、とるみねは考える。
もしも昔の人が、今の科学を――魔法科学を見たらどう思うんだろうか、と。
やっぱり『魔法』みたいに見えるんじゃないか、と。
今日は『魔法』のように見えるものも、明日には『科学』になっている可能性がある、と。
――だったら案外、『魔法』と『科学』ってあまり変わりないのかもね。
と、そんな風に思って。
るみねは、魔法みたいな体を――未だパンツ一丁の春壱を見た。
「アンタ、早く制服着なさいよ。いつまでその格好でいるつもり?」
今のところただの露出狂よ、とるみねは預かっていた彼のブレザーを投げ渡す。
すると、それをしっかり受け取り「むむ、それは心外だな」と、不服そうな春壱。
「何を隠そう、僕は見られるより見る方が好きな人間だ」
「アンタは基本的に全て隠しときなさい! こっちは見たくも聞きたくもないわよ!」
「なるほど。それじゃあ、僕が隠すかわりに、袴田が見せるというのはどうだろう?」
「その提案を、真剣な顔でできるアンタがどうだろう!?」
――というかよく考えれば、アンタが着るのをわざわざ待ってる必要はなかったわね。
それに気付いて、るみねは体育倉庫の扉に手を掛ける。そして、
「外に出たら、さっきの『魔法』も『科学』で解明されてるのかもね」
なんて、心のどこかで思いながら。
彼女が扉を開けた。
開けた――ときだった。
「――あ」
「――む」
「――え?」
都合良く、あるいは都合悪く。
二人を探して体育倉庫の目の前に、崎守幸路にいたのは。
言われた通りに服を着ようと思った、藤春壱がいたのは。
パンツ一丁の男子高校生を残して、体育倉庫を出ようとした女子高校生。
つまり、袴田るみねが――絶叫したのは。
「ちがああああああああああああうっ!」
例えば、それからの話。
あるいは、これからの話。
この世界がどう変わっていくかは、私には分からない。
この世界で彼らがどう生きていくかは、私には分からない。
だけど、だから、だからこそ。
私はこの世界の行く末を、見届けなければならない。
愛すべきバカ息子の成長を、ちゃんと見届けたい。
――正直、自信はある。
以上、『ただまほ。』でした。
12日間という連日連載にお付き合い頂き、大変ありがとうございました。
尚、今拙作は去年に続いての電撃大賞落選作ですので、お見苦しい点が多々あったと思います。ですが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しい限り。
また、ご意見・ご感想など頂けたらありがたい限りです。
ではでは、ここまで読んで下さった貴方に最大級の感謝を!




