第一章「極道農家、ただ畑を耕しただけで三国を無血制圧する」
「女神とヤクザとUR農具 ~俺はただの農家だ~」
「あー、猫を庇ってトラックね。はいはい、テンプレ乙。次どーぞ」
コタツに入り、ピンク色の芋ジャージ姿で缶ビールを煽る女。
自らを世界神・女神ルチアナと名乗ったその女は、健康サンダルをペタペタと鳴らしながら、俺の調書のようなものを適当にめくっていた。
俺の名前は鬼神 龍魔呂。
東京で関東一円を震え上がらせた武闘派集団『鬼龍爆速愚連隊』の総長にして、しがない農業系大学生(二十歳)だった男だ。
だが、血生臭い抗争にはもう飽き飽きしていた。
俺が求めているのは、静かな大地と美味い飯。ただそれだけだ。
「今世は静かに土を弄って生きていく。カタギに手は出さねぇし、女子供は泣かさねぇ。美味い飯を食って静かに暮らす。それが俺の流儀だ」
俺がドスの効いた声でそう告げると、女神は「あ、そう。じゃあ農業でもやれば?」と欠伸混じりに返し、俺に二つのものを押し付けてきた。
一つは『エンジェルすまーとふぉん』という、ネット通販ができるらしいスマホ。
もう一つは、無駄に神々しい光を放つ『UR農具セット』だ。
「農業系大学生なら、異世界で畑耕してスローライフでもしててよ。あ、通販代は私のカードから引き落とされるから、上限百万円以内で適当に使って。じゃ、達者でねー」
そう言って、俺は健康サンダルで思い切り蹴り飛ばされ、異世界へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
「俺はただの農家だ」
そう言い放ちながら、俺は真鍮製のオイルライターを取り出し、咥えたマルボロ・赤に火をつけた。
カチッ……カチッ……。
風の吹きすさぶ荒野に、冷たい金属音が響く。
かつて、俺がこの音を鳴らした時、他の族の連中は「処刑の合図だ」と震え上がったものだ。
目の前には、馬車を引いた行商人を食い殺そうとしている巨大な魔獣がいた。
体高は五メートルを超え、岩のような角と分厚い皮膚を持つ。ロックバイソンの突然変異体といったところか。
「グルォォォォォ!!」
「ひ、ひぃぃぃ! 誰か、助けてくれぇぇ!」
腰を抜かした中年の行商人が悲鳴を上げる。
俺はゆっくりと紫煙を吐き出し、ルチアナから貰った『URスコップ』を肩に担いだ。
「おい、デカブツ」
俺が低く、腹の底から響く声で呼ぶと、巨大な魔獣がピタリと動きを止め、こちらを振り向いた。
「カタギの商人を襲うなんざ、筋が通ってねぇな。それに……そこは俺が畑を作ろうかと思ってた場所だ」
ズズズズズ……ッ!!
俺の全身から、赤黒い闘気が立ち昇る。
柔道、空手、合気道。すべて黒帯まで極め、数々の修羅場を潜り抜けてきた俺の闘気は、この異世界において青天井の破壊力を持っていたらしい。
空気が軋み、周囲の小石が重力に逆らってフワフワと浮き上がり始める。
「俺の畑の予定地を荒らす『害虫』は、駆除する」
魔獣が本能的な恐怖を覚えたのか、目を血走らせて咆哮とともに突進してきた。地響きが鳴り、大木すらへし折る勢いだ。
だが、俺は一歩も退かない。マルボロを咥えたまま、URスコップを上段に構える。
「土均しだ、オラァッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
スコップが地面に叩きつけられた瞬間、爆発的な衝撃波が吹き荒れた。
クレーターのような大穴が開き、突進してきた魔獣の巨体は、一瞬にして粉微塵に吹き飛んだ。
血一滴残らず、文字通りミンチになり、大地の養分と化したのだ。
「……ふぅ。石っころが多くて、耕しがいがありそうじゃねぇか」
俺はスコップをポンポンと叩き、土を払う。
振り返ると、助けた行商人が白目を剥き、口から泡を吹いてガタガタと震えていた。
「だ、大地の、神、よ……! 山が、消え、た……!」
「おい、オッサン。大丈夫か。俺はただ害虫駆除をしただけだ」
「ひぃぃぃ! お、お命だけは! 荷物なら全部持っていってくださいぃぃ!」
土下座して震える行商人に、俺はため息をついた。
どうやら俺の顔面偏差値(強面)と、さっきの農作業(無双)は、この世界の住人には刺激が強すぎたらしい。
「安心しろ、俺はカタギからは奪わねぇ。それより、オッサン。この辺りで、静かに農業ができそうな土の良い場所を知らねぇか?」
俺が尋ねると、行商人は震える指で北の方角を指差した。
「あ、あの山を越えた先に……ルナミス、レオンハート、アバロンの三国の緩衝地帯となっている『ポポロ村』という場所が……。そこなら、気候も穏やかで、土も豊かだと……」
「ポポロ村か。いい名前じゃねぇか」
俺は行商人を立たせると、背を向けて北へと歩き出した。
「行くか。俺の極上農園を作るために」
これが俺、鬼神龍魔呂の異世界農業スローライフの始まりだった。
この時はまだ、俺がただ畑を耕すだけで、世界中の国々が震え上がり、覇王として祭り上げられることになるとは、微塵も思っていなかったのである。
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