表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

第一話 好感度、上限突破

 朝のホームルームが始まる前の教室というのは、たいていうるさい。


 友達と喋る声、椅子を引く音、廊下を走る足音。それが全部混ざって、ちょうどいい感じの騒がしさになっている。私、水城ひよりはその空気が嫌いじゃない。普通の朝だ。今日も普通に始まって、普通に終わるはずだった。


 はずだったのに。


 席についた瞬間、視界の端に何かが見えた。


 ポップアップ、みたいなもの。ゲームのUIみたいなやつが、空中にふわっと浮かんでいる。


「……え」


 思わず声が出た。


 周りを見る。誰も気にしていない。私にしか見えていないらしい。


 もう一度、そのポップアップを見た。


 それは、一つの席に向かってついていた。窓際の、後ろから二番目。黒髪ロングで、いつも静かにしている女の子の頭の上に、ぷかぷかと浮いていた。


 表示はこうだった。


【星野紗良 好感度:999(上限突破)】


 は?


 意味がわからない。


 私は三回まばたきした。消えない。四回まばたきした。消えない。目をぎゅっとつぶって開いた。


 まだある。


「なにこれ」


 小声で呟いたけど、誰にも届かなかった。


 星野紗良は私のクラスメイトだ。地味で、おとなしくて、いつも一人でいる。悪い子じゃないと思う。ただ、特別仲がいいわけでもなかった。名前を知っている程度の関係。


 なのに好感度が999。


 しかも「上限突破」ってどういうことだ。上限を突破したら何が起きるんだ。


 ひとまず見なかったことにしようとしたけど、どうしても視界に入ってくる。


 朝のホームルームが始まって、担任の先生が連絡事項を読み上げている間も、ずっとそのゲージが浮いていた。


 紗良は窓の外を見ていた。横顔が静かだ。黒い髪が肩に落ちていて、地味と言えば地味なんだけど、ちゃんと見ると顔は整っているな、と初めて気づいた。


 いや、そういうことを考えている場合じゃない。


 なぜ彼女だけにゲージが見えるのか。なぜ999なのか。なぜ上限を突破しているのか。


 謎が三つあった。


 授業が始まっても、ゲージはついてきた。紗良が廊下に出れば廊下に見えるし、移動教室に行けばそこでも見える。どうやら私の目に焼き付いているらしい。


 二時間目が終わった休み時間、私は思い切って紗良の席に近づいてみた。


 何か話しかければ、何かわかるかもしれない。そう思って。


「あの、星野さん」


 紗良がゆっくりこちらを向いた。


 大きな目だった。黒くて、静かな目。


「水城さん」


 静かな声だった。でも、どこか柔らかい。


「えっと、なんか、話しかけてごめん。授業のノートなんだけど、ちょっと聞いてもいい?」


 一番無難な話題を選んだ。


 紗良は少し間を置いてから言った。


「いいよ」


 それだけだった。


 にこりともしない。でも嫌そうでもない。ただ静かにそう言った。


 私はとりあえず数学のノートのことを聞いた。紗良は丁寧に答えてくれた。授業中のノートが綺麗で、説明もわかりやすかった。


「ありがとう、助かった」

「うん」


 そこで会話が終わった。


 紗良はまた窓の方を向いた。


 何もわからなかった。でも、話しかけた間、ゲージがずっとそこにあって、999という数字が変わらなかったのは確認できた。


 私の席に戻りながら、隣の席の友達、中田あかりが声をかけてきた。


「ひより、星野さんと話してたじゃん。仲良かったっけ?」

「仲良くはないんだけど、ちょっと聞きたいことがあって」

「へえ。星野さんって、なんか近づきにくい雰囲気あるよね」

「そう?」

「あんまり喋らないじゃん。クールっていうか」


 確かに、クラスの中でもあまり目立たない存在だと思う。友達がいないわけじゃないけど、ぐいぐい前に出るタイプでもない。


「でも、話すと普通だよ」

「ひよりはそう思うんだ」


 あかりが面白そうな顔をしたから、私は話を終わらせた。


 昼休みになった。


 私はあかりたちとお弁当を食べようと荷物を持ったとき、誰かが隣に立った気配がした。


 振り返ると、紗良だった。


「え、星野さん?」


 紗良は小さなお弁当箱を持っていた。


「一緒にいい?」


 静かな声で、そう言った。


 え。


「え、私と?」

「うん」

「い、いいけど」


 なんで急に。


 あかりが私の後ろで「えっ」という顔をしていた。私も同じ顔をしていたと思う。


 紗良は当たり前みたいに私の隣に座って、お弁当箱を開いた。


 綺麗なお弁当だった。彩りがよくて、手が込んでいる。


「自分で作ったの?」

「うん」

「すごいね」

「練習した」

「お弁当を、練習?」

「うん」


 淡々と答えながら、紗良はお弁当を食べ始めた。


 私もお弁当を開いた。あかりが後ろから「ひよりー、こっち来ないの?」と声をかけてきたので「ちょっと待って」と返した。


 しばらく沈黙が続いた。


 紗良は喋らない。ただ静かに食べている。でもなんか、居心地が悪いわけじゃない。不思議な間だ。


「星野さんって、前から私のこと知ってた?」


 思い切って聞いてみた。


 紗良が少し手を止めた。


「知ってた」

「そうなんだ。どこで?」

「小学校、同じだったから」

「え! そうだっけ?」

「ひよりは覚えてないよね」


 当たり前みたいに言ったけど、その声がほんの少しだけ揺れた気がした。


「ごめん、覚えてなくて」

「いい。私が覚えてるから」


 また静かに食べ始めた。


 私はその横顔を見ながら、頭の上のゲージを見た。


 999。変わらない。


 小学校が同じだったのか。でもそれだけで好感度が999になるものだろうか。何かあったのかもしれない。でも今すぐ聞くのは違う気がした。


「星野さんって、お弁当いつも一人で食べてるの?」

「最近は違う」

「最近は?」

「ひよりがいるから」


 さらっと言われた。


 え。え?


 今日が初めて隣に座ったのに、最近は違うって、どういう計算なのか。


「今日、初めて一緒に食べるんだけど」

「これから毎日一緒に食べようと思って」


 一方的な宣言だった。


 否定する間もなかった。


「……私が嫌だって言ったら?」

「嫌?」


 紗良がまっすぐ私を見た。


 黒い目で、真剣な顔で。


 嫌かどうかで言えば、嫌じゃなかった。嫌じゃないけど、なんか怒濤の展開すぎる。


「嫌じゃ、ないけど」

「じゃあいい」


 また食べ始めた。


 私は少し呆然としながら、ゲージを見た。


 999。


 これは、バグだ。絶対バグだ。


 こんなに一方的に好かれる理由が私にはない。小学校が同じだったとはいえ、覚えていないくらいの接点しかなかったはずなのに。


 でも。


 紗良が静かにお弁当を食べている横顔を見ていたら、なんか、悪くない気がしてきた。


 不思議な子だな、と思った。


 怖くはない。むしろどこか、落ち着く感じがある。


 それが何なのかはわからなかったけど、私は自分のお弁当に箸をつけながら、ゲージのことをもう少しだけ考えることにした。


 999の理由。


 きっと、何かある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ