魔王と勇者と最終回
「な……何をするのだ、シュータよ!」
無精髭の生えた顔に十年前から変わらぬ皮肉げな薄笑みを浮かべ、自分の事を冷ややかに見下ろしているシュータに、ギャレマスは床に強かに打ちつけて赤くなった額を擦りながら声を荒げる。
「い、いきなりの不意打ちはやめよと、前から何度も言うておるであろうが!」
「うるせえなぁ」
アラサーになった勇者シュータ・ナカムラは、魔王の抗議に面倒くさそうな顔をしながら、吐き捨てるように言った。
「今のは、不意打ちでも何でもない、ただの穏やかな挨拶だよ。『邪魔するぜ』っていう、な」
「普通、急所の鳩尾を正確に打ち据えるエネルギー弾を『穏やかな挨拶』とは言わんわ!」
白々しく開き直るシュータの態度に憤慨しながら立ち上がったギャレマスは、渋い顔をしながら不満を漏らす。
「というか……サリアと結婚したお主にとって、余は義理の父だろうが。義理の父は、あいさつ代わりに攻撃を与えていい存在ではないぞ!」
「何言ってんだよ。実の親子でも、普通に対立したり戦い合うもんだぜ。斎藤道三父子しかり、範馬勇〇郎父子しかり、三島平〇父子しかりな。ましてや、義理の関係ならなおさらだ」
「……だ、誰なのだ、そのなんとかドーサンとかハンマなんとかとかって……?」
シュータが並べた聞き慣れぬ名前に、思わず当惑の表情を浮かべるギャレマス。
そんな彼に薄笑いを向けながら、シュータは肩を竦めてみせる。
「婿だ義父だ以前に、俺は勇者で、テメエは魔王だ。勇者は魔王をブチのめすもんだって、古今東西を問わず決まってるだろが」
「い、いや、それはそうだが……もう少しこう何というか、手心というか……」
「分かってねえなぁ。手心は十二分に加えてるじゃねえか。現に、前は十分の八殺しくらいだったのに、今はせいぜい半殺し程度に抑えてやってるだろ?」
「……」
涼しい顔のシュータを前に、思わず絶句するギャレマス。
と、
「あ、魔王さん、おひさー」
遅れて、“シン・伝説の四勇士”最後のひとりが現れた。
その姿を見た途端、スウィッシュは顔を綻ばせる。
「ひさしぶり、ジェレミィア!」
「あ、スッチーもおひさー!」
シン・伝説の四勇士ジェレミィアは、頭の三角耳をピョコピョコさせながら、自分の名を呼んだスウィッシュの元に駆け寄り、勢いよく抱きついた。
「キャッ、ビックリした! ……でも、元気そうで嬉しいわ、ジェレミィア」
「スッチーこそ、相変わらず若くて羨ましいなー」
スウィッシュの顔をしげしげと見つめながら、十年前よりだいぶ艶っぽく……大人びたジェレミィアは苦笑する。
「いいよねぇ、長命種は。いつまで経ってもピチピチでいられるんだもん。獣人のアタシなんか、もうそろそろおばちゃんだよー」
「いや、おばちゃんって……全然そんな事ないわよ!」
ジェレミィアの言葉に大きく頭を振ったスウィッシュは、プロポーションの整った彼女の体を眩しそうに見てから自分の体に目を落とし、肩も落とした。
「むしろ、羨ましいのはあたしの方よ。もう十年も経つのに、全然変わらず子どもっぽいまんまだし……」
「まあまあ」
落ち込むスウィッシュに苦笑いしたジェレミィアは、チラリと魔王の方に目を遣りながら言葉を継ぐ。
「……別に、スーちゃんには優しい旦那様が居るんだからいいじゃん」
「でも……」
「だいじょうぶだよ、スーちゃん!」
ジェレミィアのフォローでも表情が晴れないスウィッシュに、明るい声をかけたのはサリアだった。
「胸はこれから大きくなるからー! 『経験者語る』だよっ!」
「あっ……!」
サリアの言葉に、スウィッシュはハッとして、お腹を押さえる。
そんな妻の様子を見たギャレマスが、怪訝な表情を浮かべながら首をひねった。
「ん? どうかしたか、スウィッシュ?」
「あ、い、いえ……」
「あれ?」
訝しげに妻に問いかけたギャレマスと、それに対して困ったように言い淀むスウィッシュを見て、今度はジェレミィアが首を傾げる。
「ひょっとして、知らないの、魔王さん? スッチーは今――」
「わーっ! ミィちゃん、しーっしーっ!」
ジェレミィアの言葉を、サリアが慌てて遮った。
彼女の胸に抱かれているソースケも、人差し指を唇の前に立てて「しーっしーっ!」とジェスチャーしている。
「あっ、そっか……」
それに気付いたジェレミィアは、慌てた様子で口元を手で抑える。
――と、
「そういえば……お前んとこに嫁いだ元・伝説の四勇士様はいねえのか?」
さりげなく、シュータが話題を振った。
その問いかけに、階の上に立っていたアルトゥーが小さく頷く。
「……ああ。ファミィは家で安静にしている。そろそろ予定日だからな」
「またかよ」
アルトゥーの答えを聞いたシュータは、思わず呆れ声を上げた。
「もう三人目だっけか?」
「……四人目だ」
シュータの言葉を、アルトゥーは恥ずかしそうに頬を染めながら訂正する。
それを聞いたシュータは、ニヤニヤ笑いを浮かべた。
「マジメそうなツラをしてる割りに、随分と励んでるじゃ――あぶなッ!」
「コラ、シュータ! ウチの子どもの前でそんな下ネタほざいてんじゃねーよ!」
下品な冗談を言いかけたシュータに無詠唱の光球雷起呪術を投げつけた彼の妻は、さっきまでのゆるふわな雰囲気が嘘のように、その紅い髪を炎のように逆立てながら怒声を上げる。
一方、間一髪のところで球雷の直撃を避けたシュータは、顔を引き攣らせながら怒鳴り返した。
「あ、あぶねーだろうが! っていうか、シームレスに人格交代してんじゃねえよ、ツカサ!」
「うっせえよ! 悪ノリしてるお前が悪いんだよボケ!」
サリア――否、ツカサ・G・ナカムラは、シュータに倍する乱暴な口調で言い返す。
そして、ソースケを胸に抱いたまま、大きな溜息を吐いた。
「はあ……。まったくさあ、サリアが甘いからって調子に乗りやがって……。ソースケが真似するようになったらどうするんだよ」
「だいじょぶだよー、ま……じゃなくてかーちゃん!」
ソースケは、ぼやくツカサにニコニコと笑いかける。
「ぼくは、そんなへんなことをいったりしないからー」
「おっ! 良く言ったぞソースケ! さっすが、ウチの息子だねっ!」
ツカサは、ソースケの言葉に喜びながら、彼の身体をギュッと抱きしめた。
「うふふ」
そんな彼女の様子を見ながら、マッツコーは楽しげに微笑む。
「あの親バカっぷり、昔の雷王ちゃんにそっくりねん」
「確かにのう……」
マッツコーの言葉に、イータツも顎髭をしごきながら、感慨深げに頷いた。
「サリア様と違って、ツカサ様は随分と気性が荒いから、ちゃんと子育てが出来るのか心配しとったが……案外大丈夫そ――」
「おいハゲ! 誰の気性が荒いってぇ?」
「ひ、ひぃっ!」
こっそりと呟いたつもりだったイータツは、ツカサの一喝に思わず首を竦める。
そんな彼の事を一睨みしたツカサは、肩で大きく息を吐いてからスウィッシュの方に顔を向け、「……っていうかさあ」と切り出した。
「もういい加減、オヤジにバラしてもいいんじゃないか、スウィッシュさあ?」
「ふぇっ?」
ツカサの言葉に、スウィッシュは意表を突かれた様子で目を丸くする。
そして、困ったように体をモジモジさせながら、目を泳がせた。
「え……で、でも……えっと……」
「いい機会じゃん、ちょうどみんな揃ってんだしさ」
「そうだねぇ」
躊躇するスウィッシュにかけたツカサの言葉に、ジェレミィアも大きく頷く。
「まあ、エラリィだけは、人間族領の聖戦で忙しいから居ないけどさ。ファミっちも呼んで、みんなで大々的にお祝いしよ!」
「お、お祝い?」
ジェレミィアの言葉に、ギャレマスは戸惑いの声を上げた。
「なんだ、お祝いとは? なにか、めでたい事でもあったのか?」
「あったあった! とってもいい事がね!」
ギャレマスの問いかけに意味ありげなウィンクで応えたジェレミィアは、おもむろにスウィッシュの背中を魔王の方へ押し出した。
「ほら! 言っちゃえ、スッチー!」
「ちょ、ちょっとっ、ジェレミィア……?」
押されたスウィッシュは、慌てた様子でジェレミィアに声を上げる。
「い、言っちゃえって……そんないきなり……まだ心の準備が……」
「だいじょうぶだよ、スーちゃん! どーんといこっ!」
怖気づくスウィッシュを、再び人格交代したサリアが励ました。
「どーんといこー!」
その胸に抱かれたソースケも、キャッキャッと笑いながら、スウィッシュにエールを送る。
ふたりの応援を受けたスウィッシュは、
「……うん」
と、決意を固めた表情で頷いた。
そして、ポカンとした顔で立っているギャレマスの顔を見上げながら、意を決して口を開く。
「陛下……いえ、イラ」
「お、おう……な、なんだ、スウィッシュよ?」
「その……あたし、あなたに言わなければいけない事があるの」
「う、うむ……」
ただならぬ妻の様子に、ギャレマスはゴクリと唾を飲み込み――それからみるみる顔が青ざめた。
「ま、まさか、スウィッシュ……! よ、余に愛想が尽きたと申すか……?」
「……え?」
ギャレマスの言葉に、スウィッシュは目を点にする。
呆気にとられる彼女を前に、ギャレマスは大いに狼狽しながら言葉を継いだ。
「た、頼む、思い直してくれぬかっ?」
「……あ、い、いえ、そうじゃなくって……」
「よ、余は、お主の良き夫であろうとしているつもりだが、それでも至らぬ点が多々あるのだろう? ならば、それを遠慮なく言ってくれ! 出来る限り改めるから――!」
「そうじゃないってばぁ!」
スウィッシュは、勝手に誤解しているギャレマスを一喝する。
そして、頬を大きく膨らませると、更に声を荒げた。
「あたし……出来たの!」
「で、出来た? な、なにが……?」
「何がって……決まってるでしょ!」
そう叫ぶと、彼女はギャレマスの手を強引に掴み取り、自分のお腹に当てる。
「赤ちゃんよっ!」
「ふぁ、ファアアアアアッ?」
スウィッシュの言葉を聞いたギャレマスは、素っ頓狂な声を上げながら、目を飛び出さんばかりに見開いた。
「あ、あ、赤ちゃん……? そ、それは真かっ?」
「うん……!」
「でかしたああああっ!」
歓喜の叫びを上げたギャレマスは、恥ずかしそうに小さく頷いたスウィッシュを固く抱きしめる。
「この年齢になって、新たな子に恵まれるとは……これ以上に嬉しい事は無い! スウィッシュよ、ありがとうっ!」
「えへへ……それは、あたしの方もよ、イラ……」
ギャレマスの胸板ににやける顔を押しつけながら、スウィッシュはそう呟いた。
そんなふたりを見て、その場にいる面々にも笑顔が満ちる。
「ほら、だからだいじょうぶだって言ったでしょー、スーちゃん」
「ほんそれ! 魔王さんが喜ばない訳無いじゃんねー」
「うふふ、じいじたち、うれしそう」
「……というか、本当に気付かなかったのか、王よ……。鈍感にも程があるのではないか?」
「まあ、そう言うでない、アルトゥー。所詮、男なんてそんなモンじゃ」
「うふふ、“そんなモン”だったから奥さんに愛想を尽かされて出て行ったおハゲちゃんが言うと、重みが違うわねぇん」
「こ、コラァッ! わ、ワシの私生活は関係無いじゃろうが! よ、余計な事を言うでない、マッツコーッ!」
「……ちっ」
和気藹々とする一同の中で、ひとりシュータだけが舌打ちをした。
「このままクソ魔王に子供が出来なければ、いずれはソースケが魔王を継いで、俺は“魔王の実父”として今以上に左団扇で暮らせるところだったのに……」
「おいいいいいいっ! 聞こえておるぞシュータぁっ!」
シュータの独り言を耳聡く聞きつけたギャレマスが、上ずった声で怒声を上げる。
そして、眉間に深い皺を寄せ、ポキポキと指を鳴らしながら言った。
「……やはり、我が魔王国と生まれ来る我が子の為、お主には今のうちに身の程を知ってもらった方が良さそうだな」
「……へえ?」
ギャレマスの言葉に、シュータも不敵な薄笑みを浮かべながら応じる。
「ガキが出来たからって、いつになく強気じゃねえか、クソ義父殿よぉっ!」
「義父上と呼ばぬか、この愚義理息めがぁ!」
そう怒鳴り合いながら、ギャレマスとシュータは同時に両手を掲げた。
「いくぜ、クソ魔王おおおおおおおっ!」
「覚悟せよ、勇者シュータ! 舞烙魔雷術ああああああっ!」
――――――――
――魔王ギャレマスと勇者シュータ。
決して相容れぬ関係であるふたりは、この後も、事ある毎に壮烈で壮大でハタ迷惑な最終決戦を繰り広げる事になるのだが――
これから先は、あなたたち自身の目で、そっと彼らの事を覗いてみて下さい。
けっこう楽しいかも……。
……という訳で、最終回で――
「……おい、クソ作者。なに最後の最後でとんでもない作品パクってんだよ」
げぇッ、孔め……もとい、シュータ!
い、いや! これは断じてパクリではなく、オマージュ……いや、リスペクトというもので……
「まったく……よりにもよって、そちらの世界の聖典にも等しい作品に手を出すなんて、ヘタしたら消されてしまうのではなくって? ――まあ、最終話で不動のヒロイン枠のわらわを出さない愚鈍極まる創造主に存在価値なんてありませんから、消えても全然構いませんけど。ねぇ、シュータ殿?」
「そうかもな……」
な……待て! 待つのだシュータ!
偉大な私の頭脳を、この世から消してはならない!
「いや、どこの蛮野だよ」
“イッテイーヨ!”
「逝っていい……ってさ」
い、いや、どこから持ってきた、そのシンゴウアック……!
“フルスロットル!”
ぎゃああああーーッ!
ーー『雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~』・完ーー
ーー朽縄咲良先生の次回作にご期待下さい!
……という事で、
今回をもちまして、『雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~』は完結となりました!
「そんなになろうテンプレが流行ってるのなら、朽縄咲良なりに解釈したなろうテンプレを書いてやる!」という浅はかな動機だけで、ほぼノープロットで当作品を書き始めたのが、2021年4月3日の事。
それから3年2ヶ月を費やし、ようやく完結に到る事が出来ました……。
書き始めた当初は、まさか400話・100万字超えするような超長期連載作品になるとは思いもしませんでしたよ、マジで……(;'∀')
途中、展開に悩んだり(プロット組んどけ定期)もしましたが、エターナルする事なく最後まで書き切る事が出来ました。
様々な名作をパク……オマージュやリスペクトしてネタにしたり、地の文とキャラを会話させたりと、商業作品じゃ怒られて出来そうもない事も好き勝手書く事が出来て、本当に楽しかったです。
主人公でありながら、なろう系チートガン積み性格極悪勇者に虐げられまくる不遇な魔王様ではありましたが、何だかんだで最後は幸せになれた……のかな?
読者の皆様からの温かい声と足跡(PV)が無ければ、とてもここまで走り切る事は出来ませんでした。
そんな皆様のご期待に、少しでも応える事が出来たのなら幸いです。
本当に力を頂きました、ありがとうございます!
最後になりますが、こんなに長い作品を最後まで読み切って頂きまして、本当に本当にありがとうございましたぁっ!
2024年6月30日
朽縄咲良




