魔王とシン・伝説の四勇士と襲撃
「な――ッ?」
イータツからの報告を聞いたギャレマスは、目を大きく見開いて息を飲んだ。
「そ、それは真か? “シン・伝説の四勇士”が、我が魔王城に参っただと……ッ!」
「は……はっ! 左様に御座ります!」
上ずった声で聴き返すギャレマスに、イータツは紅潮した顔で大きく頷く。
それを見たギャレマスは、落ち着かない様子で玉座から立ち上がり、興奮した顔でイータツに命じた。
「むう、こうしてはおれぬ! 取り急ぎ、“シン・伝説の四勇士”たちを丁重に出迎えてやる準備をせねば……っ!」
「もう遅いみたいよん、雷王ちゃん」
意気込むギャレマスの声を遮ったのは、ヒールの音を鳴らしながら優雅に大広間へ入ってきた四天王のひとり・癒撥将マッツコーである。
彼は、白粉をふんだんに塗りたくった顔に苦笑を湛えながら、今しがた自分が入ってきた大扉を指さした。
「もう、勇者ちゃんたちは、正門どころか、すぐそこまで近づいてきてるわよん。――ほら」
そう言うと、彼は掌を耳の横に添える。
「噂をすれば影……ううん、この場合は“足音”ねん」
「なっ……?」
マッツコーの言葉に、ギャレマスも慌てて聞き耳を立てた。
……とてとてとて
確かに……マッツコーの言う通り、廊下を駆ける可愛らしい足音が――!
「い……いかんっ! 早過ぎる! ま、まだもてなしの準備が――!」
足音に気付いたギャレマスが焦燥の声を上げた次の瞬間――、
「――あしゃく・しゃめいぶ・ちゅー!」
大扉の向こうの廊下から、舌足らずな子どもの声が上がり、それと同時に青白いスパーク光を放つ小さな球雷がパチパチと音を立てながら大広間の中に飛び込んできた。
球雷は、まるでシャボン玉のようにフワフワと漂いながら、大広間の中をゆっくりと飛ぶ。
「「「「「……」」」」」
大広間に居合わせた一同が見守る中、相変わらずゆっくりと漂う球雷が、階の上に立つギャレマスの元に近付いた。
このままでは、魔王は球雷の直撃を受けてしまう――。
とはいえ、ここまで遅いスピードで近付いてくる球雷など、容易に対処できるかに思えたが……なぜかギャレマスは、接近した球雷を避けも弾きも打ち消しもせず、そのまま胸に受けた。
「ぐ、ぐわあああ――っ!」
飛来してきた球雷をまともに食らった雷王は、全身を青白い稲光に包まれながら、大げさに苦しむ。
「な、なんて強力な攻撃だぁ――! こ、これはたまらぁ~ん!」
そう、棒読みで苦悶の叫びを上げたギャレマスは、足が縺れるフリをしながら階を下りると、最下段に敷かれたビロードの絨毯の上にごろんと寝転がり、ジタバタと手足をばたつかせた。
「く、苦しい~! ま、参った! 降参だぁ~っ!」
「はっはっはっ!」
片手で喉を押さえ、もう片手を天に向けて伸ばしながら苦しむ演技をしているギャレマスに近付き、高笑いしたのは――軽革の小さな鎧とマントを身に着け、手にはおもちゃの“勇者の剣”を携えた、まだ幼い煉瓦色の髪の男の子だった。
男の子は、絨毯の上に寝転がった魔王ギャレマスの顔を上から見下ろしながら、可愛らしい声で言う。
「じいじ……あ、ちがった、くしょまおうぎゃれます! “でんせちゅのよんゆうし”のぼくのちからをおもいしったか!」
「おお、おお! もちろんだともさ!」
男の子の言葉に、これ以上なく緩んだ顔で大きく頷いたギャレマスは、ムクリと身を起こすや、その小さな体を高く持ち上げた。
「この雷王イラ・ギャレマスは、“シン・伝説の四勇士”勇者ソースケには決して敵わぬ! お前こそが最強だぞハッハッハッ!」
そう上機嫌で叫びながら、嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ男の子を肩車する。
「おお……この前よりも随分と重くなったな、ソースケ!」
「そう? ぼく、おっきくなった?」
「うむ、大きくなったぞ! この分では、このように肩車してやる事が出来なくなる日も近いかもしれぬな……」
「え、やだぁ! ぼく、じいじにかたぐるましてほしい!」
「はっはっはっ! そーかそーか! なれば、余も可愛い孫をいつまでも肩車できるよう、頑張って身体を鍛えねばならぬの!」
「うん! じいじがんばって!」
魔王としての威厳はどこへやら、久方ぶりに目の中に入れても痛くないくらいに可愛い孫に出会えたギャレマスは、これ以上なく緩み切った顔をしていた。
――と、
「お父様!」
「!」
不意に背後からかけられた声に、その顔は更にだらしなく蕩ける。
「おお、サリア! 久しいな!」
「久しぶりです、お父様!」
嬉しそうなギャレマスに負けず劣らず再会を喜びながら、彼の娘にしてソースケの母親でもあるサリアは、十年前よりも大人びて美しくなった顔を綻ばせた。
「お元気そうで安心しました」
「はっはっはっ! お主とソースケも健勝のようで何よりだ!」
サリアの言葉に、ギャレマスは満足そうに大きく頷く。
そんな彼の肩の上で、急にソースケが暴れ出した。
「じいじ、おりるー。ぼく、ままにだっこしてもらうー」
「お、おお……そうか……相分かった」
ギャレマスは、少し名残惜しげな顔をしながら、孫の要求に応じた。
祖父の肩から下りたソースケは、サリアに向けて手を伸ばす。
「ままー、だっこー」
「はーい、おいで、ソーくん!」
優しい微笑みを浮かべながら頷いたサリアは、小さな息子の身体を抱き上げた。
ソースケも、嬉しそうな顔で母の首に腕を回してしがみつく。
そんな仲睦まじい母子の様子に顔を綻ばせていたギャレマスだったが、ふと表情を曇らせると、恐る恐る娘に尋ねた。
「の、のう、サリアよ……」
「はい? 何ですか、お父様?」
「その……し、“シン・伝説の四勇士”のお主らが来たという事は……」
彼は、まるで誰かに聞きつけられては困るというように声を潜める。
「あ、あの男も――?」
「なーにコソコソ陰口叩いてんだよ、クソ魔王!」
「ぎゃああああああっ!」
唐突に上がった罵声と共に飛来した赤いエネルギー弾をまともに食らったギャレマスは、悲鳴を上げながら吹き飛んだ。
「ぶべしっ!」
「んだよ。そのくらいで吹き飛んでんじゃねえよ。“地上最強の生物”(自称)のクセによぉ!」
悠然とした足取りで大広間に入ってきた黒髪の男――“シン・伝説の四勇士”シュータ・ナカムラが、不遜な薄笑みを顔に湛えながら、床に顔面を打ちつけて悶絶しているギャレマスに向けて辛辣な挨拶を浴びせる。
「よぉ、久しぶりだな、クソ魔王……いや、クソ義父!」




