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十年後と魔王と妃

 ――それから、十年の月日が流れた。



 真誓魔王国の心臓部である魔王城。

 その更に中心にあたる謁見の間に通されたひとりの男が、(きざはし)の下で恭しく膝をついた。


「――王よ。陰密将アルトゥー、今帰参した」


 顔を伏せ、いつも通りの昏い声で階の上に向けて奏上する男――アルトゥー。

 ……だが、それに対する返事は返ってこなかった。


「……はぁ」


 その反応……否、()反応を十分に予測していたアルトゥーは、小さな溜息を吐きながら顔を上げる。

 そして、階の上に据えられた大きな玉座を見上げた。


「やれやれ……」


 玉座に座り、肘掛けの上で頬杖をついている黒髪の中年男の弛緩し切った顔を見たアルトゥーは、呆れ顔をしながらズカズカと階を昇る。

 遂に階の最上段まで昇り、玉座の前に立ったアルトゥーは、相変わらずボーっとした間抜け面を晒している中年男の顔の前で、おもむろに手を打ち合わせた。

 “パァンッ!”という甲高い音が大広間に響くと同時に、中年男はビックリした表情を浮かべる。


「ッ? な、何事だっ? 何か爆発でも起きたの……痛たただッ?」

「……(おれ)だ、王」


 激しく狼狽しながらキョロキョロと周囲を見回す中年男の襟を引っ掴んだアルトゥーは、ずいッと顔を近付けながら憮然とした顔で言った。


「……確かに、影の薄い己も悪いのかもしれないが……もう王に仕えて随分と経つのだから、さすがに少しは慣れてほしいところだぞ」

「あ、アルトゥーか……す、すまぬ」


 中年男――雷王イラ・ギャレマスは、アルトゥーに胸倉を掴まれ、目を白黒させながら、素直に詫びる。

 ――と、その時、


「ちょっと! 陛下に対して何やってんのよ、アルッ!」


 若い女の鋭い怒声が、大広間に響き渡った。

 その声を聞いたアルトゥーは、首を竦めながらギャレマスの胸元から手を放し、声のした方に振り向く。


「べ……別に何もしていない。ただ、王が俺の存在に気付かなかったようだから、分かりやすくしてやっただけだ」


 アルトゥーは、自分に険しい目を向けている蒼髪の美女に向け、慌てて弁解した。


「……だから、そんな怖い顔で睨むな、氷牙将――いや、()よ」

「睨むに決まってるでしょうが!」


 元・真誓魔王国四天王のひとり――そして、今や真誓魔王国の王妃となったスウィッシュ・()()()()()は、薄い水色のロングドレスの裾を翻して早足で歩きながら、辟易する幼馴染を一喝する。


「あなたは四天王でしょ! 臣下の身で、主である陛下の胸倉を掴むなんて、やっちゃいけない事なのよ! それに、今のあたしは陛下の妻だもん! 旦那様に対してそんな事するヤツは、幼馴染のアル(あなた)といえども許さないんだから!」

「……そういう妃の方こそ、氷牙将だった頃は、王の事を何度も氷漬けにしていたではないか」

「う……た、確かにそうだけど……あ、アレは不可抗力というか、物の弾みというか……」


 アルトゥーに痛いところを衝かれたスウィッシュは、しどろもどろになりながら、目を激しく泳がせた。

 そんなふたりのやり取りに、ギャレマスが苦笑いを浮かべながら間に入る。


「……そのくらいにしておけ、ふたりとも。別に、余は気にしておらぬから」


 そう、宥めるように告げたギャレマスは、軽く咳払いをしてからアルトゥーに尋ねた。


「で……どうであった? ヴァートス殿には会えたのか?」

「ああ……」


 ギャレマスの問いかけに、アルトゥーは頷く。


「一年半ぶりに会ったが、御老体は相変わらず、半人族(ハーフヒューマー)の村で長をしながら矍鑠としていたぞ。あの分だと、まだまだ長生きしそうだ」

「まだまだ長生きしそうって……もう三百十歳くらいでしょ、ヴァートス様。まあ、お元気そうで何よりだけど」


 アルトゥーの言葉を聞いたスウィッシュは、老エルフの生命力に呆れつつも安堵の息を吐く。


「あの森の中で、ヴァートス殿に初めて会ってから、もう十年か……」


 ギャレマスは、当時の事を思い返しながら、感慨の声を上げた。


「月日が経つのは早いな。……あれから、本当に色んな事があった」

「そうですね……」


 スウィッシュも、夫の言葉に深く頷く。


人間族(ヒューマー)の街で変なコンテストに参加させられたり、サリア様とツカサが入れ替わったり……あたしと陛下が変な異世界に飛ばされちゃったりもしましたね。あの時は、本当にどうなる事かと……」

「そんな事もあったな……」


 ギャレマスも、スウィッシュの言葉にしみじみと頷き返した。

 そして、傍らに寄り添う妻の手を優しく握りながら微笑みかける。


「だが……確かに大変だったが、あの数ヶ月の出来事が無ければ、余が王としての立場や年齢差などの(しがらみ)を越えた正直な気持ちをさらけ出して、お主と連れ合う事など出来なかったであろう。……そういう意味で、余……俺は、あの数ヶ月に感謝している」

「陛下……いえ、イラ……それは、あたしも同じ」


 ギャレマスの言葉と温かい掌の感触に頬を赤く染めながら、スウィッシュは言った。


「前のままだったら、あたしはあくまでも四天王のひとりとして務めを果たすだけで、あなたへの想いを胸の奥に押し籠め続けて苦しんでたと思うわ」

「スウィッシュ……」

「……泣いた事もいっぱいあったけど、あなたと一緒になれたから、本当に良かった」


 そう言うと、彼女はギャレマスの手を握り返し、指を絡める。

 そして、最愛の夫の金瞳を潤んだ紫瞳で見つめながら、囁くように告げた。


「――愛してるわ、イラ」

「……俺も、お主の事を心から愛しているぞ」


 愛の言葉を囁き合いながら、ふたりはゆっくりと顔を近付ける――。


「……王と妃が仲睦まじいのは、魔王国的には実に歓迎すべき事なのだが、そういう事は己が帰ってからにしてくれると助かる」

「「――ッ!」」


 アルトゥーの冷め切った声に、すっかり二人だけの世界に浸っていたギャレマスとスウィッシュは現実に立ち返り、トマトよりも真っ赤になった顔を慌てて背けた。


「えー……ご、ゴホンゴホンッ!」


 誤魔化すように咳払いをしたギャレマスは、精一杯の威厳を取り繕いながら、仮面のような無表情でジト目を向けているアルトゥーに言う。


「で、で……では、ヴァー……ヴァートス殿は御健勝であったという事だな! う、うむ! それは重畳であった! ハッハッハッ!」

「そ、そそそうですね! お、オホホホホ……っ!」

「……」


 引き攣った顔で馬鹿笑いする魔王夫婦を前に大きな溜息を吐いたアルトゥーは、気を取り直して「それで――」と言葉を継いだ。


「御老体から伝言を預かっている。伝えていいか?」

「お、おお! もちろんだ! ヴァ、ヴァートス殿は何と?」

「……『こりゃギャレの字! 土産が足りんぞい! 来年は発泡酒(バル)とワインの樽をもう一ダースずつ増し増しで持って来させい、良いな!』――だそうだ」

「……あれでも足りんのか……」


 ヴァートスからの伝言を聞いたギャレマスは、口の端を引き攣らせながら呆れる。

 それから、大きく溜息を吐いてから、しぶしぶ頷いた。


「……相分かった。来年はもっとたくさん用意するとしよう」

「それを古龍種の背に載せて、あの森の中まで運ぶのは己なのだが……了解した」


 ギャレマスの指示に、アルトゥーが諦め顔で頷いた――その時、

 唐突に大広間の巨大な扉が勢いよく開け放たれた。


「しゅ、主上――っ! 一大事に御座りますぞ!」


 と、野太い声で叫びながら、ドタドタとやかましい足音を立てて大広間に入って来たのは、四天王のひとりである轟炎将イータツである。


「――どうした、イータツよ? 何事かあったか?」

「は、はっ!」


 ギャレマスに問いかけられたイータツは、禿頭に滲んだ汗を拭う間ももどかしげに、上ずった声でギャレマスに緊急事態を告げた。


「た、たった今、魔王城の正門前広場に……し、“()()・伝説の四勇士”一行が――っ!」

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